第74話 漁火小町
何軒か飲み屋が集まってる通りの一番端の店に、『漁火小町』の看板が出ていた。
「ここですね、大将の奥さんの妹さんの店。ほんと、初めての店って緊張するんですよね、特にチェーン店じゃなく、常連さんメインの個人店だと。もう、このドアを開けるのがドキドキですよ。」
「そうなんですよね、今回は紹介してもらえて良かったですわ。」
「入りますか、開けますよ。」
年季の入った木製のドアを開けると、スナックらしく照明を落としてはいるけど、想像してたよりも明るい店内に細長いカウンターがあった。
カウンターに3人の客が居て、1人がカラオケを歌ってる。
「いらっしゃい。お電話もらったお二人ですよね? こっちの席で良いかしら?」
カラオケが流れてるけど、大きな音ではないので普通に会話も出来る。オレはコレくらいの音量のカラオケが好きだな。
「こんばんは。」
「飲み物は何にしますか? ウィスキー、焼酎、ビール、ワイン。水割り、ハイボール、サワー。」
「オレは焼酎水割りでお願いします。」
「わたくしも同じものをお願いします。」
「麦焼酎、芋焼酎、しそ焼酎、どれにしましょうか?」
「あ、北海道だからしそ、鍛高譚にします。」
「わたくしも。」
ママは鍛高譚水割りのグラスを2つカウンターに置くと、自分もグラスを持ち上げた。それにあわせて先客の3人もグラスを持ち上げる。
オレとジュンさんもグラスを持ち上げる。
「苫小牧へようこそ、乾杯。」
ママの音頭で全員が乾杯する。
これで店の空気が一気に和やかになった。これよ、この感じ、これがスナックのノリだよね。
「おなかいっぱいだって聞いてるから、軽いもの用意してみたけど、こんなのどうかしら、鮭とば、干し貝柱。」
ママが取り皿に2種類の乾き物を乗せて見せてくれた。
「内地の人らやったら、鮭とば、少し炙ったら柔らかくなるんで食べやすくなるんでないかい?」
カウンターの先客、がっしりした体型に角刈りのちょっと強面な感じの人が言った。
「そうね。ちょっと炙りましょうか。」
ママが取り皿ごと引っ込めて、コンロの火をつけた。
鮭とばを炙り始めたんだろう、パチパチという軽い音と共に、店中に鮭皮を炙った香ばしい香りが広がった。
「鮭とばなら、七味マヨネーズつけたらならま美味いべ。」
もうひとりの、少し恰幅が良い男性客が言った。
「はい、おまちどう。こんなものしか出せないけど。」
ママが取り皿に盛った炙った鮭とばと、七味がかかったマヨネーズを小皿に盛って出してくれた。
「これは美味しそうですわ。」
ジュンさんが鮭とばに七味マヨを付けて食べる。
「うん、旨味がすごい、たまりませんね。これ。」
そう言って、グラスの鍛高譚をグイっと飲んだ。
オレも鮭とばに七味マヨをつけて齧ってみた。
これは美味い、確かに旨味が濃縮されてるよ。あ、酒が欲しい。鍛高譚のグラスをグビっとやった。
「姉さん達の飲みっぷりは気持ちが良いねぇ。」
角刈り強面の人が、にこやかな笑みでグラスをこちらへ向かって持ち上げてる。
オレ達もグラスを持ち上げて、再度乾杯ポーズ。
「はいよ、次ね。」
恰幅が良い男性客から自然とデンモクが渡された。
初めて入った店なのに、馴染の店に戻ってきたみたいなまったりした雰囲気、この店、いや、このママ、凄いな。
自然な流れのままオレもジュンさんも何曲かカラオケを歌ってるうちに、道民、内地対抗歌合戦のようになってきた。お互いに、相手チームの次の曲がかかると、こうきたかー、やられたー、とか大騒ぎして大盛りあがり。
最終的に、オレとジュンさんで鍛高譚のボトルを1本空けてしまった。
とは言っても、ジュンさんは酒に酔わないっていうか吸収しないから、酔ってるのはオレだけなんだけどね。
そして最後、あんなに腹パンだったのに、2人共〆に焼きうどんを食べてホテルへ戻ってきた時には日付変更線を越えていた。
ホテルへ戻ってラウンジを覗いたが、流石に誰もいなかったので、そのまま部屋へ戻ってベッドへ潜り込んだ。
気持ちよく酔っ払ってそのままベッドへ潜り込む。夢のような生活だよね。
翌朝、アラームに起こされるのではなく自然と目が覚めて、スマホを見ると7時少し前だった。何かに起こされるのじゃなく、自分で目覚めた朝って気持ち良いな。
昨日は部屋へ戻ってそのまま寝ちゃったんで、まずはシャワーを浴びよう。
さっぱりしたところでラウンジに行ってみる。
「ユーさん、おっはよー。」
「おはよう、ユーさん。」
「おはようございます。」
お、3人組が居た。
「ユーさん、おはようございます。」
あ、ジュンさんも居た。なんだ全員揃ってるんだ。
「おはよう、皆早いね。あれ、なんか食べてるんだ。それ朝ご飯?ここってご飯も食べられるの?」
「本当は朝食はルームサービスなんだけど、わたし、ここの方が気持ち良いから、ここに持ってきてもらったんだー。そしたら、皆も同じことしてたのー。面白いよねー。へへへ。」
「ラウンジの方が気持ち良いし、どうせアタシ達しか居ないから、普段の艦内みたいで落ち着くしな。」




