ノスタルジア
ささ、そこから有線接続できるぞ、とジョウが言う。
「いやいや、色々大丈夫なのか」
「なんだよ、色々って」
「いや、追手とか、サーバーの設置とかだよ」
「おう、サーバー設置したからノスタルジアにインできるんだよ」
確かにそうか。
「すごい早くできるんだな」
「急いでやったからな。スピード命だ。プレイヤーを不安にさせてはいかん」
一段落ついてからでもいい気がしたが、そうでもないらしい。ノスタルジアにはプレイヤーが必要だ。プレイヤーなしに今のバランスを保てない。プレイヤーが離れることは、ノスタルジアの崩壊を意味する。ジョウたちは夜通し復旧作業をしていたようだ。
「どこか壊れてた?」
「いや、サーバー自体は無傷だった。だが、データを抜き取ろうとした跡があって、AIの記憶に若干の乱れが出ていた。それを直してたんだ。須藤は結構前からAIに関するサーバーデータを抜こうとしてたみたいだな」
そうか。AIの記憶障害と聞くと、少し思い当たるところがある。
「直ったのか?」
「まあな。多分だけど。復旧プログラムがあって、だいたいそれで直る」
「そうか、それならよかった」
「今はもう、サーバーにも接続できる。一定の人数が戻るまでノスタルジアの時間を凍結しているんだ。皆開始の時を待っている。だからハルトもやるなら早くしろ」
乗りかかった船だ。それに少し楽しみでもあった。またあの世界に戻るんだ。
「ああ、俺も行くぞ」
気がつくと、目の前にカガミの顔があった。じっと見つめる。
「ど、どうしたんだよ」
狼狽した様子で顔を赤くしたカガミが言った。
ここは、どこだ。
俺は辺りを見回す。
サザンクロスの定食屋だ。
「いや、なんでもない」
ちょうど第一波を退けて、急いで飯を食っていた頃か。無事戻ることができ、ひとまず胸をなで下ろす。
空っぽの皿を見る。ちっ、食い終わった後だったか。そして俺達は定食屋を後にした。
城壁へ駆け上がるカガミを見る。今度こそ彼女を無事に村まで送り届けよう。
透き通った極寒の光に照らされ、カガミの髪は美しく輝いていた。意識しないようにしていたが、カガミはとても、美しい女性だった。
バーチャルの世界を美しいというと、おかしな奴のようだが、それでもまあいい。バーチャルとは現実と同じという意味だ。今この俺の感覚は、現実と同じだ。
すっかり見とれていると、城壁に登ったカガミが叫んだ。
「ハルト、早く来て!動きがあるみたいだ!」
そうだ。まだ仕事が残っている。俺は頬を叩いて城壁へ駆け上がった。
それからなんとか魔人の攻撃を防ぎ(ほとんどヨシダやロクサイや、ほかのプレイヤーのおかげだが)、なんとか第二波を防いだ。用心していたが、城壁を破壊する光弾も今回は発生しなかった。
強化人間たちはいつにも増して張り切っていた。世界の凍結が解かれる前、何もない空間でジョウは今回の騒ぎについて簡単にプレイヤーに説明した。騒然となったが素早く復旧した結果が皆を安心させた。大事件の余韻に興奮冷めやらぬ強化人間たちは大張り切りで、いよいよ俺の出番はなかった。
1日経ち、2日経ち、第三波は来ないまま、はや最終日だ。まだ暗いなか、見張りの交代のため城壁に上がる。
小さな焚き火に手を当てているカガミがいた。
「交代だカガミ」
「ああ、ありがとう」
カガミはそう言ってから、空を見上げた。つられて俺も空を見上げる。満天の星空だった。
「綺麗だね」
俺も、そうだな、と頷く。
「ここのところ大張り切りじゃないか」
「そうだな。皆どうしたんだろうな」
「いや、ハルトのことだよ」
「ん、俺がか?」
「そうそう。この前も血相を変えて、城壁の端に近づくな!とか言ってきたじゃないか」
「そうだっけ」
「そうだよ。せっかくのハードボイルドが台無しだよ」
少し笑いながらカガミが言った。
別にそんなのではないんだが。
「明日でいよいよ最後だね」
「ああ」
「約束、覚えてる?」
「覚えてる」
「そうか、ならいいや」
眠いから少し寝てくる、とカガミは立ち上がって城壁を降りていった。
サザンクロス防衛戦の3日目。正午を少し過ぎた頃、最後の攻撃が始まった。第一波のようにロクサイチームの攻撃ですべて終わりではなかった。
数こそ少ないが、城壁に取り付く魔人がいたり、光弾による攻撃を何度か受けた。劣勢というわけではないが、年々苦しくなっているのが分かる気がした。
しかしまだベテラン達は健在であり、今回も見事勝利を納めたのだった。弾切れまでパルスキャノンを放ち、俺もそれなりに戦ったのだが、あまり戦力にはなっていなかったと思う。来年には俺も光弾を覚えてこよう。
来年か。来年の今ごろはどうなっているだろうか。
その夜は防衛戦に参加した戦士たち全員での宴会だった。
翌日にはサザンクロスの修復作業、来年に向けての物資の補給などの会議を、これもまた全員で行った。
各々役割を確認し、次の日にはそれぞれの街へ帰るとのことだった。
ジルオラ行きの馬車が何台も連なって出る。乗りたい奴は皆タダだ。馬車というか、物資搬入用の馬橇だが、それが特別に出る。俺とカガミも空いている馬橇に乗った。
ジョウが見送りに来ていた。残ってサザンクロスの修復作業の音頭を取るらしい。皆と挨拶を交わしている。
ほどなく俺達のところにもやって来た。
「ようハルト。ちょっといいか」
「ん?シリアスな話?」
そうそう、とジョウが手招きする。
ジョウのそばに行って俺は言った。
「例の回路のことならもういいよ。ジョウにやる」
えっ、いいのか?と驚くジョウ。
「いいとも。俺もパトロンがいないとこの先心配だ。それにノスタルジアには指導者が必要だ」
うむ、そうか、とジョウが呟く。
「ありがとう。礼を言っておく。俺もまだ、もう少しここにいたいんだ」
何か照れたような顔でジョウが言った。
再び馬橇に乗りカガミの横に腰を下ろす。
馬橇は走り出した。
ジョウや、サザンクロスに残るメンバー達が手を振る。
「じゃあな。ハルト。カガミ。元気でな」
「ああ、ジョウも元気で」
俺もカガミも皆に向かって手を振った。
馬橇は軽快に飛ばし、みるみるうちにサザンクロスから遠ざかった。
それから、モレナへの帰路、なかなか言い出せずにいたが、故郷に帰るのをやめることをカガミに伝えた。
そうか、とカガミは頷いた。もしかすると怒るかと思っていたが、そんなことはなかった。
強化人間にはどこか遠いところに故郷がある。それがノスタルジアの人間に伝わる話だ。強化人間は出自は絶対に語らない。冒険者を引退する、故郷に帰るというような話をし始めると、あるときふっといなくなるのだと、そう聞いていたらしい。あくまで噂だけどね、とカガミは言った。
「まあ、話せないこともあるだろうけどさ、なんか悩みがあれば私が聞いてやるからさ」
そこまで言って、こちらを見る。
「なんだよ」
「ま、元気出せってこと」
二人きりでいつか来た森のなかの道を歩く。カガミの村まであと少しというとろで、カガミが振り返った。
「ここらへんでいいよ」
「そうか。じゃあここまでだな」
最後に握手でもしようかと迷っていると、カガミが荷物を置いて手を広げた。
「お別れのハグだ」
おずおずと手を広げると、がしっと抱きしめられて、背中をバンバンたたかれた。
「じゃあな!ハルト!」
「ああ、じゃあなカガミ」
こうして、俺達は冒険を終えたのだ。
それから俺はというと、初めてこの世界に来た時に訪れた、モレナ近郊の麦畑の村で宿の手伝いをさせてもらう事にした。と言っても宿には滅多に客は来ないので、周りの畑仕事やモレナへのおつかいを主にする事になったのだが。
毎朝起きて宿の主人と奥さんと朝食を食い、仕事の合間にパンをかじり、夜はまたみんなで晩飯を食う。俺はこの生活が気に入っている。
ふとした瞬間、宿の窓から夜の街道を眺めた時や、まさに今のように畑の中から夕日に染まった空を眺めた時、何とも言えない物悲しいような、人恋しいような気持ちになる。そういう時、知っている友人が訪ねてきてくれるととても幸せな気持ちになる。
「ハルトー!!」
畑の向こうから、カガミが手を振りながら歩いてくる。後ろにはアランとドロンもいる。
俺は満面の笑みを浮かべながら彼女たちに手を振るのだ。
きっと今の幸せな気持ちは現実のものだ。誰が何と言おうとも、俺にとっての真実なのだから。




