大阪
3時間泳ぎ続けてようやく沿岸に着いた。辺りはうっすら暗くなっている。海の底は真っ暗だ。何かいそうで怖い。海底トンネル出口から離れようとして随分南に来てしまった。沿岸には朽ち果てた工場群が連なっている。
適当な小さな川の河口から、岸に上がる。
工場地帯のドブ川のように見えたが、ほとんど人が住んでいないためか、透き通った美しい川だった。振り返ると洋上に、脱出してきた2つのタワーが見えた。横幅のほうが広いため、タワーと言うよりむしろ平べったく見える。生まれてからほぼあのタワーで生きてきた。おそらくはもう戻れないだろう。不思議と何も感じなかった。
このあたりはほとんど人がいない。人口集中地域以外のインフラは実質見捨てられているため、建物も道路も自然に還りつつある。
大阪以東はもうほぼ人は住んでいない。神戸近郊と福岡近郊に人口は集中しており、インフラが整っているのはその間のみだ。
無人の街を指定地域に向けて走る。時間は明日の8時までたっぷりあるが、沿岸部には追手がいそうな気がして落ち着かなかった。
ジョウから渡された端末を改めて見る。指定地域は内陸へかなり進んだ旧八尾市のあたりだった。昔の空港跡のようだ。
それなりに距離はあるが、20キロもないだろう。ノスタルジアで途方もない距離を歩かされたので20キロは随分近く感じる。半分自然に還っているが、舗装された道路もある。
夜の市街地は野生動物の気配が至る所からした。街は崩壊しつつあり、人はすっかりいなかった。
日付が変わる頃には指定の空港跡地に着いた。適当な廃屋に身を隠す。腹が減っていたが、あまり出歩くのも危険な気がして食料調達はやめておいた。
内部タイマーを7時にセットして、古いベッドに横になる。
今日一日色々あった。野良サイボーグは違法ではあるが、まあまあ数がいる。生きていく方法も確立されている。社会とも最低限の繋がりはあった。しかし今はどうだ。完全にお尋ね者だろう。
「まあ、考えても仕方がない」
元々俺はそんなに図太いほうではない。寧ろ小心者だ。自分を落ち着かせるようにそう呟いた。初めて見る天井のシミが、嫌に不気味に見えた。
内部タイマーで7時丁度に目が覚める。肌寒いが外は快晴だった。朝の光は晴れやかな気分にしてくれる。人間でもサイボーグでも同じことだろう。また、サイボーグは風邪を引かない。3月の寒空の下、3時間泳いでも疲れるが平気だ。それだけは文句なく素晴らしいことだ。
外へ出る。辺りを見回して、追手はいないなぁと呑気に思い出した。まあここまで追いかけてくる熱心な警官がいたら、素人が少し警戒したところで無駄だ。
コンビニ跡を見つけて中にはいると、缶詰の類がまだ残っていた。世の中決して物資不足でもなければ皆が貧しい訳でもない。わざわざ盗る奴もいないんだろう。
サバ缶に桃の缶詰で朝食をとった。昨日の昼から何も食べてなかったので、腹にしみわたった気がした。
空港跡地にはいる。指定時刻まであと30分ほどか。空港跡地は至る所から木やら草やらが生えていた。
上空からヘリの音が聞こえてきた。遠く見えていたものが、だんだん近づいてきた。俺のところに来る。警察か、ジョウ達の迎えか、どっちかだろう。隠れて様子を見るべきかと思ったが、あれがジョウ達でなければ逃げたところで未来はない。
腹をくくって仁王立ちしていると、ヘリの扉が空き、ジョウが顔を出した。何か言いながら手招きしている。うるさくて聞こえないが、乗れということだろう。
ホバリングしたままのヘリに飛び乗ると、ジョウが拳を突きだした。なんとなくグータッチする。
「うまくやってくれたなハルト!こっちも無事サーバーを隠すことができた!」
そうか!よかった!と俺もヘリの音に負けないように大声でいった。
ヘリは高く飛翔した。俺は高高度から大阪を眺める。湾には巨大な建造物が変わらない姿で佇んでいた。大阪平野は自然に還ろうとしている。何ともアンマッチだ。ガラガラの地上に皆住めばよいのにと思うのだが、俺自身地上に住んだことがないので自分でも矛盾していると思う。
ヘリは30〜40分ほど飛んだだろうか。琵琶湖の東岸と思われる場所に着陸した。着陸した場所は地下にあたり、ヘリのエンジンが止まると、格納庫の天井が閉じた。外に出てみると巧妙に隠ぺいされており、遠目には地下基地があるとは思えない出来だった。
ジョウたちは相当金持ちのようだと改めて思った。
もともと過疎地というのもあるのだろうが、完全な原野と言ってもいい状態の土地が広がっている。
少し歩くと湖畔にログハウスが建っていた。
「あそこだよ。新隠れ家」
ジョウがログハウスを指差す。
「普通に建ってるんだな。いい建物だが、隠れてないけど大丈夫か」
「持ち主が有力者だからガサ入れは多分大丈夫だ。それに地下にシェルターがある。電力も太陽光やら風力やらで心配なし。ネット環境も完備。魚も釣れる」
なるほど、有力者というのがどういう人かよくわからないが、コソコソ隠れるより安全そうな気がする。
「ありがとう。安心したよ」
改めて見るといい感じのログハウスだ。湖畔のまばらな木々の合間にポツンとたっている。ヨーロッパに来たのかと思った。釣り人には確かに最高のロケーションだ。
ログハウスの中は食堂、リビング、ベッドルームなどがありまあまあ広かった。食堂地下のワインセラーには隠し扉があり、本当に地下シェルターがあった。
「さて、じゃあそろそろ始めるか」
ん?何を?と聞くと、ジョウはさも当然という様子で言った。
「決まってるだろ。ノスタルジアだよ」




