魔人
ジルオラから南へ200キロ。大陸の南端にサザンクロスがあるという。12月に入りますます寒くなった。海沿いのサザンクロスは特に寒いとのことだった。
サイボーグも寒いのかというと、もちろん寒い。サイボーグが寒さと無縁だと服か売れないからだ。
俺たちはジルオラで分厚いマントを買った。歩き始めると暑くなりそうだったがマントはそのあたりも調整がしやすかった。なかなかに便利だった。
ジルオラからサザンクロスまでは街道がない。一定の距離おきに道しるべがあるので、それを見失わないように進む。冒険者協会で聞いたところ、およそ70キロおきに、宿場町とは行かないまでも、寝泊まりができる冒険者キャンプがあるはずだという。とりあえずは今日はそこを目指す。
20キロほどは進んだだろうか。遠方の岩陰から現れた人影を見つけた。ありがたい。冒険者キャンプとやらが今もやっているのかを聞ける。
わずかな違和感を感じ、目を凝らす。
浅黒い肌、角のようなものが生えている。魔人だ。
「魔人だ!!」
俺が叫ぶと同時に、魔人がチカッと光ったように見えた。
伏せろ、の叫びは言葉にならなかった。俺とカガミが伏せる。頭上を赤い光弾が薙ぐ。アランが炎上した。
「水球!!」
すかさずドロンが叫ぶ。巨大な水球が転がるアランの体を包む。
「氷壁!!」
一拍遅れてなんとか俺も詠唱姿勢を取り叫ぶ。
2メートルほどの氷の壁が現れる。
パルスキャノンを構えるが、激しい頭痛と嫌悪感に襲われる。駄目だ、あいつは生身だ。俺のセンサーが生体反応を捉えていた。
魔人の第二射により氷の壁が砕ける。
崩れる氷の影でカガミが詠唱姿勢をとっていた、
「光弾!!!」
赤い光線が横に薙ぐように動き、回避の動きを見せていた魔人を襲う。魔人が赤い炎に包まれた。
しばらく後、魔人は黒い霧となって消えた。
皆すぐにアランに駆け寄る。
「が…………ぐ…………」
「癒水!」
ドロンの手の平から粘度のある水が溢れ出す。全身に塗るが、果たして効果はあるのだろうか。露出しているアランの肌は赤く変色しており、ひどい火傷を負っているのは明らかだった。
俺達は急ぎジルオラヘ引き返す。ドロンと俺が交互にアランを背負い、ひたすら来た道を歩く。ジルオラには治療院があったはずだ。医者が診て薬を処方してくれる。
長い道のりだった。日が暮れてからジルオラについた。アランの意識ははっきりしており、命に別状はないように見えた。
夜のジルオラで治療院を訪ねる。魔法学園内にあり、1日中人はいることはいる。扉は閉まっていたが事情を話すと教師兼医者の先生がアランを診てくれた。
全身に火傷を負っているものの、適切に処置すれば命にかかわるほどの重度のものではない。しかし、軽傷でもない。3ヶ月程度は安静にすべきとのことだった。魔法の炎による火傷は、軟膏による治療よりも癒水による治療が効果的だという。
その日は治療院に泊まることにした。金はかかるがそのほうが安心だ。カガミとドロンと話し合った結果、ジルオラでしばらくアランの様子を見た後、馬車でモレナに戻りアランとドロンの故郷の村へ戻ることにした。
「悪いな、みんな。これからって時に下手こいちまった」
ベッドの上からアランが呟いた。
「気にするな。皆命があるんだ」
ドロンが答える。俺もカガミも頷いた。初めて魔人と対峙して、皆生きている。冒険者になって半年も経たない者だけのパーティーで魔人を倒したのだ。誇るべきことだろう。
その後10日ほどジルオラの宿屋で様子を見た。ドロンの看病の甲斐があり、アランの火傷も落ち着いてきたように見えた。
そして、予定通り馬車を手配してモレナに戻った。モレナに戻るということは、一旦冒険を中断するということだ。もっといえば、一旦パーティーを解消するということだ。ドロンは魔人と対峙したことで、改めて最前線を目指すことのリスクを認識したようだった。もともとアランとドロンはサザンクロスを目指しているわけではない。いつか話し合うことにしていた旅のゴールについては、ついに話さずじまいのまま、ここで俺たちの旅は終わる。
馬車に乗せられる限りの保存食や果物、日用品や矢などの武器をモレナで買い集めた。それから俺たちはアランとドロンの故郷へ向かった。
「おばさん、悪い、アランに怪我させちまった」
出迎えてくれたアランの母にドロンは言った。
「いいよいいよ。元気そうじゃないか」
アランの母は随分若い。30半ばくらいか。アランは心配をかけないためか、歩いて村へ入っていた。
「おかえり、アラン。みんなもしばらくゆっくりしていきなさい」
「ただいま、ありがとう母ちゃん」
村で2泊させてもらい、俺とカガミは村をあとにした。馬車と御者は金を受け取って先に帰っていたので、モレナまで歩くことになった。
「なあ、カガミも故郷へ帰るのか」
何気なしに聞く。
「ん、私は帰らないよ。一緒にサザンクロスへ行こう。ハルトは行かなきゃいけないんだろう?」
意外であったが嬉しい返事だった。俺一人でサザンクロスを目指すのは流石に恐ろしくなっていた。
「そうか。助かるが、親に顔見せなくてもいいのか?」
念の為に聞く。たしかカガミもこのあたりの村出身だったはずだ。
「私はいい。途中で帰るのかっこ悪いし」
「そうか。それならいいが……」
まだ昼過ぎだったが、天気が悪く辺りは薄暗かった。5キロほど歩いたとき、ふとカガミが言った。
「やっぱり、少し顔見ていこうかな」
何のことかと思ったが、先程の故郷の村に行くという話のようだ。
「うん、そのほうがいいよ。ちょっと寄っていこう」
「悪いねハルト」
次の岐路でモレナとは反対の方向へ曲がり、カガミの故郷の村へ向かった。
鬱蒼とした森の中だった。この森の中に村があるという。
だんだんとカガミの口数が少なくなる。
ふと、カガミの足が止まった。
「ごめんハルト、やっぱりモレナへ帰ろう」
「どうしたんだ?もうすぐなんだろう?」
「やはり今は帰るべきじゃない。私はそれなりに覚悟を決めて村を出てきた。成果がないまま帰れないよ」
「成果出てるじゃん。スキルも魔法も覚えたしさ。猟師に戻っても村一番の腕前になれるさ」
「いや、狩りはそんなに単純じゃない」
言い合いになりそうな感じがしてきたが、そもそもそれほど故郷に帰ってほしいわけでもないのだ。むしろ逆だ。冒険をやめると言われる方が辛い。
「わかった。じゃあモレナに帰るか」
俺が踵を返そうとしたが、カガミは動く気配がない。
「まったく、どっちなんだよ」
カガミはしばらく黙ったあとに言った。
「ハルトが一人で行ってきてくれ。私ここで待ってるから」
なぜそうなるんだ。ここにきてカガミの様子がおかしくなってしまった。




