ノスタルジアへ
人間の全身サイボーグ化が可能になって200年が経った。テレビのニュースでそんなことを言っていた。
昔は寿命も短く、病気の苦痛や恐怖と闘いながら人間は生きていたらしい。今以上に悩み事が多そうでぞっとする。
そう考えて、最近の俺の悩みも似たようなことであると気がついた。悩みというのは、寿命のことだ。
俺の寿命はあと80年あるはずだった。全身サイボーグの寿命はサイボーグ化から120年だ。これは衛星上の管理データベースとサイボーグ自身に埋め込まれた寿命回路によって定められている。
基本的にサイボーグは衛星からオンラインで監視されている。犯罪行為や禁止行動を取ると、即座に機能制限がかけられる。寿命が来ると稼働停止し、回帰施設へ移送される。
ところが、無線通信機器を取り除いた野良サイボーグはオンラインの監視から解放される。寿命も120年ぴったりではなく、数ヶ月の誤差が生じるという。およそ40年稼働する寿命回路が3本あり、それらがすべて機能停止するまで稼働できる。
俺はこの寿命回路うち、2本を奪われた。すでに40年稼働している回路が停止次第、俺は稼働限界を迎える。
寿命回路の抜き取りや移植は、重大な禁止事項である。オンラインのサイボーグは、抜き取ることも、抜き取られることも、もちろん移植されることもできない。
そう、俺も野良サイボーグである。
オンラインの支援や警察も頼りにできない。自分の力で回路を取り戻す必要がある。
無線通信機器を取り外したとき、一緒に未使用の寿命回路も抜き取られたようだ。油断というほどいつも気を張って生活しているわけではない。普通のサラリーマンだったのだ。間抜けなことに、残稼働時間の減少に気がついたのは術後数週間も後のことだった。
40歳を機に、常に監視されるのが嫌になり、野良サイボーグとなることを決めた。真面目で質素な生活をしていたので、貯金はそれなりにあった。掲示板で高い紹介料を払って見つけたオフライン化業者だった。
今俺はオフライン化業者の入っている雑居ビルの前にいる。手には完全に違法のパルス銃が仕込んである。残りの全財産を使って取り付けた。足がつくと終わりだが、あとどのくらい時間が残されているか分からないので躊躇しなかった。小型ではあるが、サイボーグを破壊するのには十分な出力がある。
エレベーターでオフライン化業者のフロアへ移動する。表向きは普通のサイボーグ修理会社になっている。
インターフォンを押して中へ案内される。インターフォンの声は、俺に手術したやつの声だった。
「よう、どうした」
奥から男が出てくる。確か須藤という名だったはずだ。
作戦などはない。俺は人差し指を伸ばし、相手に向けた。指がパルス銃に変形する。
「俺の回路を返してもらおう」
須藤は俺のパルス銃を見つめる。やや間があって、振り向いて店の奥へ歩き出した。
「待て、どこへ行く」
須藤は振り返らずに、ついて来いと言った。俺は慌てて後を追う。
着いた部屋には別の男がいた。その男が腕を上げ、俺に向ける。男の腕は大型のパルスキャノンに変形した。
俺は咄嗟に身を捩る。次の瞬間、相手のパルスキャノンが光り、俺の左腕はバラバラになった。
そのまま入り口のある部屋まで吹き飛ばされる。
俺は右手を見る。まだパルス銃は使える。追って現れた男に向けてパルス銃を連射する。撃たれたショックのおかげでためらわずに済んだ。男の顔から胸にかけて表皮が弾け、金属のフレームがあらわになる。
胸にはメイン演算チップがある。パルス銃の電磁波は演算チップの動作を妨げる。男はその場に崩れ落ちた。
俺は這って男に近づき、至近距離でパルス銃を男の頭に撃ち込んだ。サイボーグの頭は記憶回路がある。頭がなければ動くことはできない。男の頭は破壊され、動作を停止した。
ややあって須藤がやってきた。俺はパルス銃を須藤へ向けた。
「死にたくなければ俺の回路を返せ」
須藤は手を挙げてわかったと頷いた。先ほど俺が破壊した男に、今日移植したばかりとのことだった。
「悪いな。俺も脅されてやっただけなんだ」
到底許す気にはならないが、無償で回路移植をし、前に払った移植手術代も返すとのことだったのでひとまず追求はやめた。移植手術ができるものはそうそう見つからない。
須藤は頭が破壊された男の胸部を、壁にかかっていた器具を使って開いた。
黒い回路が1つ、赤い回路が1つ、白い回路が1つ、並んでいた。須藤曰く、黒い回路が使用済み回路、赤い回路が使用中の回路、白い回路が未使用の回路とのことだ。赤い回路は抜き取ることはできない。
つまり、今俺に移植できるのは、破壊された男の白い回路1つであるということだ。赤い回路は元々この男が使用していたもので、俺の回路ではないらしい。俺のもう一つの回路は、すでに他のサイボーグへ移植したとのことだった。
俺にはほとんど時間が残されていない。今すぐ手術するよう須藤に言った。
目が覚めた。壁の時計では3時間が経っていた。長すぎる。
回路差し替えは30分もあれば十分なはずだ。
別室でコンソールを確認している須藤に声を掛ける前に、自身でバイタルチェックをし、残稼働時間が40年となっていることを確認した。そして、左腕が復元していることが分かった。バーチャルコンソールには以前の左腕とは違う情報が表示されている。
俺が目覚めたのに気がついたようで、須藤が振り向いた。俺は須藤に声をかけた。
「左腕は有り難いが、最初にひとこと言っておけ」
「回路1つ分の詫びだ。さっきお前が壊した男から移植しておいた。片腕だと警察に見つかったら終わりだからな」
確かに皆強制保険に入るため、正規のサイボーグで体の欠損があるものはいない。警察に不審がられて野良サイボーグであると分かると、その場で廃棄処分だ。これに関しては須藤に感謝すべきか。
ひとまずの戦果に満足し、俺は自宅へ戻った。須藤が店を構える雑居ビルよりも、さらに下、メガストラクチャーの最下層。一瞬も日が差さない地の底のような場所だ。
須藤に聞いたことをまとめるとこうだ。
須藤は今日俺が破壊したサイボーグに脅されて俺から回路を盗んだ。要求は回路1つであったが、手術時に俺の未使用の回路が2つあることと、1つ目の回路がまもなく終了することがわかったため、2つ回路を抜き取ったようだ。しばらく待てば俺が稼働停止し、後々の面倒が減ると考えたからだ。1つは男に今日移植したが、もう1つは2週間前に須藤の知り合いに移植した。その知り合いには須藤から連絡を取ることはできない。定期的なバイタルメンテナンスで向こうからやってくるのを待つしかない。1年で来ることもあれば5年来ないこともあるという。
そいつは違法のフルダイブゲームに夢中になっているらしく、ゲーム名とキャラクター名は知っているので、そちらで探したほうが早いかもしれないとのことだった。
悪いやつではないらしく、事情を話せば回路は返してくれるかもしれないとのこと。ただし、そいつの既存回路はあと1年程度で切れるので、急がねばならないとのことだった。俺の回路が有効になってしまっては取り返すことができない。
普通のフルダイブゲームはかなり規制が厳しい。ゲームの世界に入り込みすぎて戻ってこなくなる奴が多いためだ。度重なる規制の結果、フルダイブゲームは連続プレイ時間やひと月の最大プレイ時間、さらには内容に至るまでかなり厳しく制限されている。つまり、とてもつまらないものになり、俺が生まれた頃にはすでにそれほどプレイ人数もおらず、斜陽の産業だった。
違法フルダイブゲームの存在は知ってはいたが、実際にプレイしたことはない。オンラインのサイボーグの違法サービス利用はすぐ検知されてしまうので、興味はあったがそもそもプレイできない。
したがって、違法フルダイブゲームは野良サイボーグか、マイクロチップインプラントなどによりオンライン化していない生身の人間のみプレイできる。もともとオフライン化したらやってみたいことの1つだった。
当面の金は確保できたし、もう労働時間を監視されることはない。のんびりゲームしながら残りの回路を探すのも悪くないだろう。
そういうわけで俺は自宅の有線設備を使い、須藤から聞いたフルダイブゲーム『ノスタルジア』にアクセスした。




