公爵家転生者の視察
こちらのお話は『公爵家転生者の暇つぶし事業』という短編の続きとなります。そちらをお読みいただいてからの方がお楽しみいただけるかと思います。
短く拙いお話ではありますが、お暇つぶしに読んでいただければ幸いです。
この忙しい時に…。
なんて考えながら広い公爵家の廊下を父の執務室に向かって大股で歩く。おおよその喚び出しの理由は、先日話していた視察の件だろうと当たりをつけている。あの日…俺が勝手に暗部を使い創刊していた新聞事業を知って以降、父は容赦なく引き継ぎを行ってきているため今現在は目が回るような忙しさでそれどころではない。
全てを完璧にこなしてこそ、他の家門からも公爵家の跡継ぎとして認められるだろうからヘマはできない。暗部もいる為、屋敷内には少ないが足を引っ張ろうと手ぐすねを引く輩は後を絶たないのだ。
それに俺のミス1つで公爵家の利益、延いては領民の今後の生活がかかっているとなると責任は重大だ。かわいいが素直過ぎる弟に後継者の座を奪われるなんて冗談じゃない。今後の成長次第でどうなるかはまだわからないが、どちらかというと脳筋な弟が継ぐと傀儡になっている未来しか想像できない。
そんな事を考えながら視察に伴う会議や期限がある書類作成の日程調整等も軽く考える。俺が父の立場なら他の予定が許すなら2、3日後には視察を入れたいところだ。公爵家にとってどのような利益に繋がるのか、どういった技術があるのかなど早い段階で知っておく事で今後の行動を考えておきたいからだ。
それに後継者とはいえ、他人がしている工房の管理などどこかに穴があるのではないかと怖すぎて気が気ではない。
考えが纏まる前に父の執務室の前に到着した。
ふぅ、と一息ついてから気合いを入れ、軽くノックをする。
「父上、お喚びと伺いましたが…。」
「…入れ。」
すぐに返事があり、中から父の侍従が扉を開ける。
「失礼します。」
「例の工房の視察についてだが、6日後の午前なら予定が空く。」
入室早々、父が伝えてきたのはやはり視察についてで、想像していたよりも先の日程に少し驚きはしたが、やはり公爵という役職上日程調整には時間がかかるのだろうと考え直す。
「承知しました。工房の者にもそのように伝え準備しておきます。」
「なに、引き継いだ業務が大変そうならもう少し後でもいいぞ。」
見下したようなニヤケ顔がムカつくが貴族たる者感情を顕にするなどあり得ない。
「2、3日後ぐらいかと当たりをつけ調整しようとしていたので、やはり父上はお優しいと胸打たれたところです。」
「…………我が息子ながら鬼のような思考回路だな。
あまりに急な予定変更は、この地位になると中々難しい。
お前もそのうちわかるだろう。」
「お忙しいのは見ていて理解しているつもりです。
お身体にお気をつけください。」
……父が倒れたら俺に一遍に仕事が降りかかってくるんだ。新聞事業ができなくなるなんて嫌だから、本心に決まってるだろう。
何が「明日は毒でも呑まされるのかな…。」だ。
最後の最後で今日1番苛つきながら父の執務室を後にした。
――――――――――――――――――――――――――――――――
活版印刷の実用性をアピールする為に工房に製本作業の指示を出したり、記事を書いたり仕事をしたりと忙しくも充実した日々を過ごしていると6日なんてあっという間に過ぎてしまった。
今現在、父と共に魔法で姿を変え領地にある工房前に来ている。居抜きで見つけたこの工房は、元の持ち主が平民だった割に2階建ての広々とした建物で使いやすく中々気に入っている。この地のメインストリート……商店街は少し離れていて周りは同じような工房が多い場所の為、通勤時以外は周囲の道の人通りは少ない。
「……ここは、王都ではないのか?」
魔法で転移してきた為、キョロキョロと目線だけで現在地を確認していた父がそう尋ねてくる。
転移用に用意していた小さな物置小屋に着いた時は「なんだこの小汚い場所は!」と怒っていたのが嘘のように落ち着いている。
「えぇ。グーデンベル領のヒショウ地方辺りですね。」
長年公爵領の領主をやっているといっても中々全地方を周ることはないのだろう父に場所の説明をする。
タウンハウスから近い王都に工房を作らなかった細かい理由等は中に入ってからでいいだろうと要点だけだ。
「それより中に入りましょう。
ここに手をかざしてください。」
あまり道端で話していても情報漏洩するだけでいいことなど何もない。いくら姿形を変えているとはいえ、父の存在感までは消せなかったようで通り過ぎる通勤途中の領民からチラチラ見られている。普段着ている服の生地より粗悪な物を渡して着せてきたが無意味だったようだ。やはり生まれながらの貴族、立ち居姿が平民と違い目立つのだろう。俺1人だけならこんなに目立つ事はない。
入口で魔力登録をさせようと考え工房の外から来たが、不味かったかもしれないと思いながら登録を終わらせ急いで工房の中に入った。
「……今のはなんだ?」
工房内に入った途端、魔力登録について尋ねられる。疑問が尽きない方だ。
「立ち話も疲れるでしょう。応接室へとご案内します。」
そう伝えると父は何も言わず、作業中の従業員をやはり目線だけで確認しながら俺の後に着いて2階へと続く階段を昇った。
「それで、何から説明してくれるんだ?」
応接室のソファに腰を下ろした父はまだ来たばかりだというのに疲れた様子だ。この世界に生まれて17年程父の息子をしているがこんなにだらしなくソファに座る父の姿は見たことがないな、と少し面白く感じながらニヤケそうになる顔を抑え
「それではまず入口にある魔力登録装置についてお話しましょうか。」
軽くお茶でも飲みながら話そうと思っていたが、入室早々訊きたい事がたくさんある様子の父をこれ以上焦らすのはよくないだろうと本題に入る。
「あの装置は、人間の魔力は人それぞれ違い例え親子であっても同じ魔力の者はいないという事を家庭教師から聞いて思いついた魔道具です。
魔道具に触れる事で扉の鍵が開くようになっており、ここで働く従業員は皆魔力を登録しています。一度扉が閉まると自動で施錠するようにもなっています。父上もこれからここに来られる事もあるかと思い、魔力登録をさせて頂きました。
魔道具を設置した事で、登録した者以外はこの工房には入る事が出来ないようになっています。」
ちなみに登録した者以外が触れると公爵家の王都にあるタウンハウスの地下牢へと転送するように設定している。俺はほとんどタウンハウスにいるし、あそこの地下牢なら俺自ら尋問も出来ると考えての事だ。領地の家へ帰る時は念の為転送場所の設定を変えにここへ立ち寄ってから帰っている。
「平民の少ない魔力でも登録できるのか?」
「少なかろうが魔力が0の者は居ませんので。」
「なぜあの魔道具の事を報告しなかった?
あの魔道具が普及すれば王城の宝物庫などの警備に役立つだろう。」
「家庭教師にそんな物が出来る理由がないと馬鹿にされまして。それに出来たとしても子どもが創った物等信用される理由がないと。
それとその家庭教師から聞いたであろう第2王子殿下が私に会ったお茶会の時に俺が創るから他の者には伝えるなとも言われましてね。」
その事を知ったのは8歳頃で、その当時の魔法教師は確か第2王子派閥の母方親戚からの紹介で半年程世話になった。
世話になったといっても授業は遅々として進まず、問題がある教師だと思っていたので父に辞めさせられたと聞いた時はすっきりした覚えがある。
あの当時の俺は魔法がある事にテンションが上り、どう役に立てようかとそればかり考えて暇つぶしをしていたし、頭が悪い者の戯言など特に気にならなかったのだ。今同じような事を言う者が目の前に顕れたらせっかくだから暗部を使い、社交界で情報戦でもおこしてジワジワと甚振るぐらいの事はする。
「……お前にもかわいい時代があったんだな。」
しみじみと言われても苛つくだけだ。……俺は前世を合わせるといい歳をしているのだが、反抗期なのかもしれない。
「……次にここはどこかを説明しましょうか。
先程も言った通り、ここはグーデンベル領地のヒショウ地方のニユースという街です。この地は鉱山が主な収入源ではありますが、その鉱山から産出された貴金属類の加工職人も多くいる為この地に工房を創ろうと思いました。これを創る職人が欲しかったからです。」
そう言いながらこの日の為に近くに用意しておいた鋳造した活字を見せる。この国の文字は日本語の文字よりもアルファベットの文字に近く、文字数も少なくておよそ30字程だ。これが前世でよく使っていた日本語のように平仮名や片仮名、漢字を組み合わせて文章を作るとなるとここまで上手く活版印刷の再現は出来なかっただろうと考えている。常用漢字だけを入れても何千字もある文字の活字の鋳造など依頼すると職人に追い返されていたとしか思えない。俺が職人だったら造るのは嫌だ。いや、職人はプライドもあるし引き受けるかもしれないが、それを10セット程造ると考えると他の仕事がままならないだろう。
見出し用等で3種類の大きさがある活字のうち、記事用の小さな活字を手に取り、様々な角度から確認している父を見ながらそんな事を考えていると
「なるほど。これを並べてインクでも付けてあのような新聞ができていたのだな。道理で同じ字になるはずだ。
……ここでコレを造らせて王都のタウンハウス近くの工房で新聞を創るというのではダメだったのか?」
なんて言われる。見ただけで大凡の使い方も理解してくれるのは説明が省けて楽だな、なんて考えながら質問に答える為口を開く。
「えぇ。ご想像通りの使い方です。後で工房を周って実際の使い方も見てください。
ここの従業員の給金は公爵家の俺への予算から出ているので領地の者を使わないのは勿体ないかと思いまして。
それにこの地なら怪我で働けなくなった鉱山労働者や冒険者など雇用に困りませんから。」
「……そこから給金を払っていたのか。
お前は公爵家の後継者なのだ。もう少し儲けようとは思わないのか?」
呆れたような父の言葉に工房責任者のリックを呼ぶ。
数分もしないうちに俺が呼んだら持って来いと伝えていた和綴りで綴じられた本を15冊抱えた体格のいい男、リックが扉をノックして顕れた。
「失礼します。
お持ちしました。」
「テーブルの上に。」
「はい。」
父の目はテーブルに並べられた15冊の同じタイトルの本に釘付けだ。まぁ、この事業がバレてから10日も日程が取れなかったのでページ数自体は40ページと少ない。表紙もビロードで装丁したかったが、如何せん時間がなかったのが惜しかった。
しかも活版印刷の特性上、この世界の技術の紙では穴が開く場合が多い為、両面印刷はまだ出来ていない。
「本当はもっと表紙にも凝りたかったのですが、数日程で急いで仕上げたもので…」
寸分違わず、いや、嘘だ。人の手で創っているので数ミリだが印刷がズレている物もあるな…。……まぁ、多少は仕方ないか。
同じ内容の本が短期間でこれだけ正確に創られているのは見たことがないのだろう。1冊ずつパラパラとページを捲りながら驚愕に目を見開いている父を見るのは少し滑稽だ。
この世界にだって本は存在する。それらはすべて手書きで、教会の聖書か各家で長年保管されていたその家の歴史書等だ。王家や我が家の様に暗部があるような高位貴族になるともう少し様々な種類の歴史書や本等も所蔵されているが…。
何が言いたいのかというと、本は貴重で1冊創るのにも時間がかかるという事だ。
ちなみに今回創った本の内容は聖書にしている。片面印刷の40ページなので、まだまだ完成とはいえないが…。
「……これを、10日以内で創ったのか?」
「えぇ。本用の糊を購入し、使用すると足が付く恐れがあると判断して今回は紐で綴るやり方で本を創りました。やはり新聞と違いページ数があるため活字を並べるのには骨が折れましたが。
これだけ創れる技術があればいつでも儲けられると思いませんか?」
まぁ、前世と違い識字率が低い世界だ。本のような娯楽が売れるのはまだまだ早すぎる。それを考えると今創っているほぼ貴族らのみの新聞はちょうどいい物だったのではないかと思う。
「……そうだな。特許料だけでもそれなりに儲けられるだろうな。
だが、秘密裏に活動しているという事はまだ特許は出していないのではないか?」
「あの従業員らの雇用主の関係上、この地のギルドには顔が効きます。」
この街中で怪我が原因で職が無くなり荒れていた従業員を全員引き取ってやったのだ。融通が利くように多少の交渉ぐらいはするし、それぐらいの役得があってもいいだろう。まぁ、従業員にはすごく尊敬や感謝されているので、工房内は居心地が良すぎるくらいで役得はたくさんあるのだが…。
「……なるほどな。」
そこから父は何か考えるように口をつぐんだので、リックに飲み物を用意させ退出させた。
「……そろそろ作業場を見せてもらおうか。」
用意したお茶もお互いに飲み終わった頃、しばらく考え込んでいた父が漸く本来の目的の視察を思い出したようだ。何を考えていたかはまだ共有しないのだろう、何も言わない。そんな様子の父からはそのうちこの事業にも口を挟む気なのだろうという事は察せられる。
社交や事業において百戦錬磨であろう父との化かし合いはそう簡単に勝てるとは思ってはいないが、また新しい良い暇つぶしが出来たようで楽しみで仕方がない。
だが、俺が始めた事業なのだ。そう思い通りにさせる気はない。
今後を楽しみに思いながら父と共に1階に降り、父の時間が許す限りゆっくりと工房内を見て回った。
当初考えていたよりも工房内の視察描写は短くなってしまいましたが、キリが良さそうなのでここまでとさせていただきます。
前作『公爵家転生者の暇つぶし事業』をたくさんの方に読んでいただき、大変嬉しく思っております。こちらのお話もまた楽しんでいただければ幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!