ゲンとラーちゃんの、オコメを探す旅
武頼庵様の『この秋、冒険に出よう!!』企画参加作品です。
ゲンは、手入れも何もされていない草原を歩いていた。空はよく晴れて、秋の優しい日差しが降り注いでいる。そんな中、自らの相棒がピョンピョン跳びはねたのを見て駆け寄った。
「あった!?」
ゲンの弾んだ声に変わらず跳びはねているのは、スライムだ。ゲンがテイムしているモンスター。白い色をした、変わった色のスライム。
まだ十二歳の少年であるゲンは、年相応の無邪気な笑顔でのぞき込む。一方のスライムは、なぜか不味そうなものを見つけた顔をしていた。
「――オコメだ! ラーちゃん、ありがとな!」
ラーちゃんと呼ばれたスライムは、褒められてやっとその顔が嬉しそうになった。ずっと跳びはねたままだ。
ゲンは荷物からスコップを取り出すと、周囲の土ごと一緒に、見つけた稲穂をすくってそっと袋に入れる。すでにボロボロだから、ここは慎重な作業が必要だ。
「よし、終了!」
とはいっても、ゲンにとってはすでに慣れた作業。簡単に終えて、袋とスコップをしまうと、相棒のスライムに手を出した。
「じゃあ帰ろうか!」
その声に、ラーちゃんはゲンの手に一度乗って、そこからさらに肩の上に飛び乗った。
***
「こんにちはー!」
ゲンが元気に挨拶して入っていったのは、所属している"冒険者ギルド"と呼ばれる場所だ。
モンスターをテイムするテイマーとしてギルドに登録して、得た成果を提出すると買い取ってもらえるのだ。
ゲンは見つけたオコメが入った袋を、受付のカウンターに提出する。カウンターにいたお姉さんは、袋の中を確認して感心した声をあげた。
「またオコメかー。ゲンくん、すごいねー」
「オレじゃなくて、ラーちゃんが見つけてくれるんだよ」
「……ええ、そうだったわね。オコメを見つけるスライムって、一体何なのかしら……」
ギルド職員である受付のお姉さんは、ラーちゃんを見て不思議そうにするが、ゲンにとってはもう今さらだ。なんで分かるのかなんてどうでもいい。見つけられるんだから、いいじゃないかと思っている。
「鑑定するから待っててね」
お姉さんの言葉に、ゲンは頷いた。鑑定についての詳しいことは分からないが、過去のデータと照らし合わせて確認できるナニカがあるらしい。
一旦席を外すお姉さんを見つつ、ゲンはラーちゃんに話しかけた。
「ラーちゃん、あのオコメも食べられない?」
すると、ラーちゃんは受付カウンターに載って、その体が上下にプルプル揺れる。これは肯定の意味だ。
「そっかー。今まで見たオコメとは違う気がしたけど、ダメかー」
再びプルプル上下に揺れる。それを見て、ゲンは頷いた。
「でもオレ、諦めないからね! 絶対、ラーちゃんが食べられるオコメを見つけるんだ!」
三度、プルプル上下に揺れる。だが今度は顔が嬉しそうだ。ジャンプすると肩に乗って、体を顔にこすりつけた。「がんばろーね」と言っていると、お姉さんが戻ってくる。
「お待たせ。これ、今までゲンくんが持ってきた中でも、古い種類のオコメね。今までのよりもさらに貴重な種になるけど、どうする?」
「もちろん、売ります!」
「あっさり言うわねー。まあギルドとしてはありがたいけど。――はい、ではこちらね」
カウンターの上にお金が置かれた。金額を確認する。ボロボロな稲穂を売っただけとは思えないほどの法外な金額だ。けれど、いつもそのくらいもらっているので、ゲンは気にしない。
「ゲンくん、これからどうするの? またどこかに出発するの?」
お金をしまっていると、お姉さんに聞かれてゲンは首を傾げた。他のギルドでも何度かこの手の質問をされたことがある。他の人に聞いている様子はないので、なんでなんだろうと思うのだが、ゲンは素直に答えた。
「うん、秋になったからまた遠くに行きたいなぁって。ラーちゃん、夏の強い太陽がニガテで、外にいると溶けたみたいになっちゃうから、夏の間は遠くに行けなかったんだ」
「……溶ける?」
不思議そうにお姉さんに反問されると、その言葉に応じるように、ラーちゃんがカウンターの上で、ベショッとつぶれたみたいになった。それを見てゲンが笑う。
「そうそう、こんな感じー」
「……こんな風になっちゃうのね。でもなるほど、それで夏の間はこの街にいたんだ」
「うん」
ラーちゃんが夏に弱いことを知ってからは、基本的に休むと決めている。近くを出歩くことはあっても、短時間だけだ。
気付けばラーちゃんは元に戻っている。用事はもうなかったかなと考えていると、またお姉さんから質問された。
「その子、ラーちゃんだっけ? 攻撃手段ってどういうものがあるの?」
「こうげき?」
「そう。旅をしていれば魔物に遭遇するでしょう? そういうとき、どうしているの?」
最初は首を傾げたゲンだが、すぐその意図を理解する。
自分は「テイマー」だ。つまりは魔物使い。自慢じゃないけど、剣も魔法も使えない。そして、ラーちゃんもお世辞にも戦えるように見えない。ようするに、お姉さんは心配してくれているのだ。
「魔物が寄ってきたらね、しばらく一緒に遊ぶんだ」
そして、そのままバイバイする。
剣や魔法で戦っている人を見たことはあるが、ゲンは大体の魔物と仲良くなれる。基本的にはそれで問題ない。
「たまにそれができない魔物もいてねー。そういうときは、ラーちゃんがカミナリを落としてくれるんだよ」
「かみなり!?」
「うん」
驚いたお姉さんの反応が面白い。カウンターの上のラーちゃんが、ドヤ顔を見せている。
「でも、いっつも自分の上に落ちてきちゃうんだよねー」
ゲンの言葉に、またベショッとつぶれて、体をプルプルさせている。ゲンはなんでかなぁと言いながら、指でつついてラーちゃんをプニプニしている。
「なんとか避けることはできてるんだ。それでカミナリが地面に落ちて魔物も逃げてくれるから、どうにかなってる感じ」
「……そ、そう。その、気をつけてね?」
「うん」
素直に頷いてから、つぶれたままのラーちゃんに話しかけた。
「またカミナリの練習しようよ」
すると、体が一瞬ブワッと広がったと思ったら、飛び退きつつ体が元に戻った。ゲンを見ながら今度は左右にプルプル震えた。これは拒否だ。
「ダメだよ。ラーちゃんがカミナリ浴びちゃったら、大変なんだから。自分に当たらないようにしないと」
それでも左右にプルプル震える。しょうがないなぁと思う。練習しようと言うと、いつもこの反応なのだ。
「あ、そうだ。ねぇお姉さん、この辺に、秋になると赤とか黄色とかキレイになるところがあるって聞いたんだけど、どこ?」
「え? ああ、紅葉の名所ね」
聞きたいことがあったのを思い出して聞くと、お姉さんは笑って紙を取り出した。そこに何かを書き始める。
「はい、簡単だけど地図よ。この辺って言っても、歩けば数日はかかると思うけど。今度はそこに行くの? 泊まれる場所はないけど、その後は?」
「行こうかなって思ってるけど、でもラーちゃんが行きたい場所が優先だから、もしかしたら行かないかも。泊まる場所は、野宿でもなんでもいいし!」
「……そうなのね」
お姉さんがなぜかガッカリしたような顔をした。どうしたんだろうと思って見たけれど、「何でもないわ」と笑顔で言われた。
それならいいかと思って、ゲンはカウンターにいたラーちゃんを抱き上げた。「じゃーねー」と手を振って、ギルドを後にする。
「ラーちゃん、準備したら出発しよう!」
その声に応えるように、ラーちゃんはジャンプしてゲンの頭に乗ったのだった。
***
ゲンが出て行くのを見送った受付のお姉さんは、踵を返して奥の部屋に入る。そこにいたのは、このギルドの長だ。
「どうだった」
ギルド長の主語のない言葉に、しかし迷うことなく返事をする。
「紅葉の名所に行くと。ただ、レアスライムが行きたい場所があればそこに行く、だそうです。泊まるのも別に野宿でいいと……」
「――そうか。これは参ったな」
ギルド長は腕を組んで考え込んだ。
ラーちゃんと呼ばれている白いスライムは、間違いなく希少種。レアスライムだ。色が違うだけでなく、オコメを見つけることができるスライムなど、聞いたことがない。
オコメは、最近研究が盛んになってきている、過去の食物だ。かつて世界中で育てられていたと言われるオコメ。しかし、気候変動で育たなくなり、ついには絶滅したと言われている。
それを復活させようという動きが見られている中で、そのオコメを発見したという少年の情報は、ギルド中に衝撃を与えた。彼が見つけたオコメを見せたのがギルド内であったことは、不幸中の幸いだ。おかげで、情報の流出を抑制できた。
そうでなければ、今ごろゲンとレアスライムの自由はなかったかもしれない。オコメの研究をしている者の中には、目的のためなら手段を選ばない人物だっているのだから。
だが、結構な頻度でゲンはオコメを持ち込んでくる。持ち込まれたオコメは、研究者に回しているが、そろそろ怪しまれてきている。バレるのも時間の問題だ。
「護衛をつけられれば、本当はいいんだけどな」
「不要かもしれませんが」
「――なぜだ?」
貴重なオコメを見つけて持ち込んでくる少年。万が一にも害されることのないように、護衛をつけるかという話は、以前他のギルドで出たこともあったそうだが、却下されたという。
ものがものなので、護衛には信頼できる者じゃないといけない。それだけならまだいいのだが、期間も場所も全く不明という条件がつくと、護衛側が渋る。そりゃそうだよなと納得できてしまうだけに、強くも言えない。
何もなかったかのように、どこかのギルドに顔を出すので、まぁいいかと様子見をしているのが現状なのだ。
「ゲンくん、大抵の魔物と仲良くなれるそうで、魔物が寄ってきても一緒に遊ぶのだそうです」
「は?」
「それができない場合は、あのレアスライムが雷を落とすそうで」
「はぁっ!? なんだそれは!?」
ギルド長の驚きが、お姉さんにもよく分かる。
通常、野生の魔物をテイムするためには、戦って倒すなり力を認めさせることが必要となる。戦いもせずに仲良くなれるものではないのだ。
そしてスライムもだ。魔法を使えるスライムなど、聞いたことがない。
「自らに落としてしまうそうなので、コントロールはできていないのでしょうが、おそらく魔法であろうと思われます」
「……それは、大丈夫なのか?」
「一応、避けてはいるようですが……」
逆に心配になる情報ではあるのだが、実際ここまで無事でいる以上、本人の言うように"どうにかなっている"のだと判断するしかない。
「人が相手の場合は?」
「分かりませんが、非常に狙いにくくはあると思いますね」
「……確かにな」
何せ目的地が分からないのだ。情報を仕入れたとしても、レアスライム次第で容易に変更されてしまう。
仮に人気のないところでの襲撃に成功したとして、そういう場所には魔物もいる。魔物と仲良くなれるというゲンに、野生の魔物が味方をする可能性もある。
そこまで考えて、ギルド長の結論は結局こうなった。
「……まぁいいか」
どちらにしても、護衛をつけることができないのだ。であれば、自力で解決してくれそうな情報を知り得たということで、満足することにしたのだった。
***
もらった地図を見ながら進んでいたゲンは、肩にいたラーちゃんが跳びはねつつ降りたのを見て、地図をしまった。
「オコメ、見つけたの?」
ピョンピョン跳ねて、前へと進んでいく。地図にはない、道なき道へと進んでいく。
「よし行こっか。いつか絶対、ラーちゃんが食べられるオコメ、見つけるんだもんね」
そして育てて一緒にゴハンを食べるのだ。
ゲンの育った村には、オコメがあった。ごく小さいながらも稲作が失われることなく、続いていた。そんな小さな村の端に、ある日白いスライムが現れた。
最初は魔物に驚いた村人たちも、スライムがオコメに興味を示しているのを見て、緊張を緩めた。そしてすぐにゲンと一緒に遊ぶようになり、村の一員として迎えられた。
ゲンによってラーちゃんと名付けられた白いスライムは、オコメにも炊かれたゴハンにも興味は示すが、食べてみようかと差し出されても、食べようとしない。
それをゲンが「たべよーよ」と言って、かなり強引に食べさせたら、すぐに口から出した。人間でいう咳のようなものをして、しばらく止まらなかった。
なぜ咳をしてしまうのかは分からないけれど、そうなってしまうからラーちゃんは食べようとしなかったのだ。それなのに、自分が強引に食べさせてしまった。何とか咳は落ち着いてくれたけれど、苦しそうなラーちゃんにゲンは落ち込んだ。
けれどそんなゲンを余所に、ラーちゃんのオコメへの興味は続いていた。だからあるとき、「オコメ、食べたいの?」と聞いてみたら、体を上下にプルプルさせた。
でも食べられないのにと思っていたら、村の人たちが教えてくれた。昔はたくさんのオコメの種類があったこと、もしかしたらラーちゃんが食べられるオコメがあるかもしれないこと。
その話を聞いて、ゲンは旅に出ることを決めた。見つかったとしても、育つかどうか分からない。それでも、「ラーちゃんと一緒にゴハンを食べる」ことが、ゲンの夢になった。そんなゲンに、ラーちゃんも当たり前のようについてきたのだ。
ゲンはピョンピョン跳ねて進んでいくラーちゃんを見て、笑顔を浮かべる。そして、走って追いかけるのだった。