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第2話 王都陥落

 王宮に敵兵がなだれ込んできていた。いたるところで火が回っている。

 早く逃げなくちゃ。ずっと、兄にそう言っていたのに、兄は部屋を動こうとはしなかった。

「なに、いろいろ準備があるんだよ。マリアは、庶民が着るような服を用意してくれ。準備が整ったらすぐに逃げる。荷物は最低限でいいよ。どうせ意味がないからね。魔導士隊が奮戦してくれている。彼らのためにも、僕には準備がある」

 兄はこんな緊急時でも余裕を持って動いているように見えた。


 1か月前。第三王子率いる遠征軍が突如、反乱を起こした。シグルド王太子は、陣内で暗殺され、教皇による綸旨が第三王子に出された。国王を追討せよと。


 すでに、遠征軍に王国軍の主力を取られていたため、王都防衛部隊はほとんど時間稼ぎすることもできずに壊滅。王都と王宮に敵兵がなだれ込んでくる事態となってしまった。防衛部隊を率いていた父上は、あえなく首を取られた。軍のトップ陸軍尚書は、父上が討死した後、敵軍に突っ込んで玉砕したと聞いた。王宮ではすでに虐殺と略奪が発生していた。


「そろそろ、頃合いだね。逃げよう、マリア」

 兄は火災が徐々に大きくなっていくことを確認し、私にそう指示をする。


「どうして、ここまで王宮の中に? 外の包囲網は完成しているのでは?」

 不安になってそう聞く。兄は、女中室に隠されていた外へのルートの扉を開いて、私の手を握って走り出していた。執事のピエールが後ろに控えていた。こちらに気づいて追ってきた敵兵3人を一瞬で切り刻む。


「火災が大きくなるのを待っていたんだ。暴徒は、宝と女に目がない。火が大きくなれば、早く財宝を外に持ち出したり、確保したくなるだろう。人間、欲にはなかなか勝てないからね。それに……」


「それに?」


「今頃、王宮の外に脱出した王子や王女の掃討戦が始まっているはずだ。彼らは財宝や衣装をたっぷり持って馬車で逃げようとする。もしかしたら、変装もしていないかもしれない。こんな見すぼらしい衣装を着ている僕たちよりもそちらを優先的に狙ってくれるだろう。今、外は大混乱だ。最初は維持できていたはずの隊列も、欲望の色に染められてボロボロになっているはず。逃げるなら、今が一番だ」

 

 外に出ると、脱出口付近で待っていた屈強な猟師たちと合流できた。なんて手際の良さ。いままでグズ・カールと呼ばれていためんどくさがりはどこに行ったのよ。


 周囲を見回した。貴族や王族たちの遺体が散乱していた。王家の紋章が彫られた馬車も燃えている。貴重品や金品は、衣服も含めて持ち去られている。あまりの惨状に身がすくむ。


「大丈夫だ。今から僕たちは、この戦いに参加した雑兵だ。いくつばかりかの宝石を奪うことはできたが、対して利益が上がらず、不平不満を言いながら陣を離れようとしている。もし、他の雑兵に襲われたら、宝石を分けてやれ」

 私たちはフードを被り、森の中を移動する。


 ※


―第三王子陣営―


「諸君。これは正義の戦いである。私は、父殺しの汚名を被っても、神から与えられた教皇権をないがしろにする現・王国の方針は許すことはできない。この悪しき状態を見逃せば、王族だけでなく、国内すべてに神の怒りが降り注ぐであろう。私が敬愛し、諸君たちが愛してくれた我が兄、シグルド王太子は死んだ。それこそ、神の裁きが間近に迫っているという決定的な証拠なのである。さらに、王権の象徴たる神から与えられし聖剣は、いつの間にかどこかに消えてしまった。すでに、神の心は、王国から離れている。この戦に勝ったとしても、私は大きな罪を背負うことになる。しかし、諸君らが、私の屍を乗り越えて、神の意の赴くままに、正義を実現してくれると信じている。我々の正義を実現するために、あと少し私に力を貸してくれ」

 雷鳴と歓声があたりに響き渡る。


 すべて計画通りだ。こちらの計画の障害になるようなシグルド王太子は、なにもわからないまま死んだ。すべては、教皇猊下に対する不忠を働いた天罰。そういう筋書きだった。


 まさか、遠征軍の総大将も副将の弟に毒を盛られるとは思っていなかったようだ。そして、教皇猊下と会談し、彼の神秘性と正統性を担保に遠征軍を掌握。反乱を起こしたわけだ。


 武人として名をはせた御父上も、王国軍主力から離反されるとは思わなかったようだ。抜け殻となった王都防衛隊でなんとか反撃しようとしていたようだが、多勢に無勢。


 マリン川の会戦で、王国の残存部隊は壊滅。父上も、敗死した。


 王宮は陥落して、ほとんどの王族は死に絶える。


 ここからが、私たちの時代だ。

「弟に命じろ。討ち取った王族のリストを早急に作れ。地方にいる遠戚も含めて、徹底的に叩き潰す」


 ※


―教皇庁―


猊下(げいか)。クワンタ大司教より連絡が入りました。わが軍が、敵の王都を陥落させて、国王以下、王族は壊滅状態。神聖イスパール王国は滅亡しました」

「そうか」

 周囲では雷鳴がとどろいている。これが一つの時代の終わりを告げる鐘かもしれない。


「いよいよ、我が教皇庁200年の屈辱が晴らされる時だ」

 群衆たちは、すでに教皇庁に集まりつつある。私は、ゆっくりと観衆を見渡せるバルコニーに移動し、こう宣言する。


「悪魔の王国は、神の前に滅び去った。ただいまより、神の代行者として宣言する。教皇親政の再開を‼」



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