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第1話 グズ王子の国、滅びる

 私の兄は、少し変わり者だ。

 神聖イスパール王国第13王子カール。年齢18歳、王位継承権第21位。


 私たちは、現・国王シュバイン4世の側室の子供。母は、私を生んだ時に亡くなった。母方の実家は田舎貴族の娘だったから有力な外戚にもなれない。だから、王位継承なんて夢のまた夢。兄さんは、ずっと趣味の歴史書を読んでいる。将来はおそらく、わずかにもっている領土に立てこもって、政治とは関係ない学者にでもなって、ひっそりと歴史の表舞台から離れた場所で死んでいく運命にある。私だってそうだ。もうすぐ16歳。結婚適齢期。そろそろどこかの国や地方の貴族と政略結婚の道具になる運命。この歴史オタクの兄を残して、どこかに嫁ぐなんて心配でしかない。


 こちらがセンチメタルな気分でため息をついても、兄は紅茶と歴史書を握りしめて、顔すら上げない。こちらが不機嫌で、にらんでいると「どうしたんだい、マリア?」と楽しげな声が兄から聞こえてきた。


「何を読んでいらっしゃるんですか?」

 兄はいつもそうだ。学校生活でも、自分の興味がある分野には異常に詳しいのに、貴族に必要なマナーや作法などの授業は赤点ギリギリでしのいでいた。歴史の授業や戦略学は常に満点、マナーや魔力の授業は40点台でビリから数えたほうが早い。


「ん~、正統記だよ。我々、王族の祖先の話だ」

 勉強熱心でよろしいことで。嫌味を言おうとしたら、彼のオタクっぷりに火をつけてしまった。


「そもそもさ、ありえないよね。神聖な狼が人間を育てるなんて。それで、どこの誰かもわからない狼に育てられた男を、国王に任命してしまう教皇様。我が国の建国神話なんて、突っ込みどころだらけだよ。マリアもそう思うだろう?」


「言いたいことは、わかりますけどね。王族で一応、王位継承権もある兄上がそんなこと言わないでください⁉」


「だって、そうだろ。たぶん、この神話は、なにかを隠しているんだと思うよ。たとえば、初代は、当時の教皇様の落胤(らくいん)だったとかさ。そうなれば、神聖な狼は、教皇様の側近だったとすれば、彼が帝王教育を受けられて、初代国王に成れたのも納得がいくよ」

 王族でなければ不敬罪で、処刑すらあり得る内容の爆弾発言。頭は良いのに、こういう危なかしいところは、どうにかならないのか。


「兄上は、今後はどうなると思いますか?」


「ん~、どうだろうね。このまま、いけば教皇派と父上率いる国王派の衝突は不可避となるとは思うけど」


「でも、教皇様は、実際の軍事力はないに等しいじゃないですか」


「うん、宗教的な権威しか持ち得てはいない。だが、庶民から父上の配下の騎士まで信仰している人は大勢いる」


「誰かが裏切ると?」


「僕はそうなったら大変だなと思う。いくら直接的な軍事力を持つとはいえ、宗教的な権威をないがしろにしてうまくいった試しは、歴史上にはどこにもないよ。どこかで絶対に躓く。それほどまで、信仰という力は恐ろしいからね」


「兄上は、この教皇派と国王派の対立は何が原因だと思いますか?」


「積もりに積もったものだろうね。大陸歴1077年に起きたアウクスブルクの屈辱事件。当時の教皇がハイン2世を王太子にすることを拒否したことで、王国は教皇派に大幅な譲歩を迫られた。その復讐劇が、回り道をして国王位に就いたハイン2世が積年の恨みを晴らすべくロマネスク教皇を廃し、自らを支持するビスマルク大司教を教皇につけた1092年のロマネスク捕囚事件。そして、廃されたロマネスク前教皇派の反乱・教皇の乱となったわけだ」


「でも、それらは200年も前の事件ですよね」


「いや、その100年200年も前の事件が、いまだに傷跡となってくすぶっているんだよ。教皇の乱は、なんとか和平となったわけだが、その条件は今後の教皇就任人事は、ロマネスク派とビスマルク派のたすき掛け人事にするようになったわけだ。両統迭立(りょうとうていりつ)とはうまくいったものだけど、王権は明らかにビスマルク派に肩入れしている。それが、ロマネスク派の領袖である教皇猊下にはおもしろくない。彼は歴代の教皇の中でも特に英雄志向が強い。我慢はできなくなるだろう」

 やっぱりね。この歴史オタクは、歴史事実から鋭い分析を行う。まるで、物語の中の軍師様のように。


「やっぱり、お兄様も遠征軍に従軍なさった方がいいんじゃないですか」

 お父様の発案で、王太子であるシグルド第一王子率いる遠征軍が、軍事的な威圧の為に教皇領近くまで進軍し、軍事演習を行うこととなっている。何か嫌な予感がしていた。シグルド王子は猪突猛進型。そういう相手の抑え役に、お兄様は適任だと思っているんだけどな。


「グズでのろまなカールが戦場に出ても、仕方がないだろう。僕は剣なんて振れないぞ。王国きっての猛将と智将に任せておけばいい。本当に良い兄をもったものだ」

 兄は自虐して、そう言った。

 シン第三王子。文部両道、王国誕生以来の天才。若干25歳ながら、王国の副宰相を任せられている。男女ともに人気が高く、信頼されているが、私は苦手だ。まるで、他人を駒のように見ているどこか冷たいところがある。


「マリアは何か不安なのか?」

 兄は他人に興味がないようで、こういう機微を敏感に感じ取る。


「ええ、なにか今までのすべてが変わってしまうような気がして」

「大丈夫だよ。なにかあれば、僕がマリアのことは絶対に守る」


「剣も振れないのに?」

 私がそうからかうと兄は参ったなと苦笑した。


 オタク。グズ・カール。めんどくさがり屋。野心のない王子。世間からの評判は、さんざんだったけど、私はこの兄と一緒に過ごすのがどうしようもなく好きだった。ずっと、この幸せな時間が続けばいい。そう思っていた。


 その10日後。世界は一瞬にして変わってしまった。

 第三王子の謀反、王都陥落、神聖イスパール王国滅亡。そして、歴史の表舞台に立つはずではなかった兄が運命のようにそこに導かれる物語が始まった。

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