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正体不明の略奪者  作者: 九月
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1話 出会いました

 視界は殆ど真っ暗だ。辛うじて見える大きな木の輪郭を避けながら私は逃走(はし)る。


 すぐ後ろから迫り来るのは数十匹のモンスター。今も増え続けている。


 地面に露出している木の根に何度も躓くが、彼らに捕まることはない。


 怪音奇音。彼らの悍ましい合唱が追いかけてくる。とっくに無残に餌にされている筈の距離感を無傷で保っていられるのは私の〈能力(スキル)〉故だ。


 「こんなのっ、調査どころじゃ、ないっ」


 ()()での調査命令を安請け合いした過去の自分を恨みつつも、心には少し余裕があった。逃げ続ける限りモンスターに傷を負わされることはないから。


 唯一持っていた光源であるランタンと、モンスター除けの匂い袋は大きな蜘蛛の巣に絡めとられた際に失ってしまった。あの時すぐに逃げるという選択肢を取っていなかったら鬼鬼蜘蛛(アラアラ)に食べられて人形にされていただろう。


 ここはこの国の北の領地を殆ど覆っている広大な森だ。モンスターだらけの森ではあるが、きちんと『道』もある。この『道』には結界が張られておりモンスターは通ることが出来ない。私はその『道』の外側を調査していたのだった。


 「流石に、疲れたっ」


 特別体力があるわけでもないのでそろそろ限界だった。耳を掠める風切り音。後続との距離も縮まりつつある。


 「!」


 灯りを見つけた。ぼんやりした橙が視界の左側に小さく。けれどもそれはわたしにとって大きな希望だった。


 走る。通過した老木が砕け散る。駆ける。後ろで断末魔が連なっていく。私の為に争わないで。なんてね。




 逃げた。逃げ切った。私の勝ちだ。『道』に戻ったことで背後から迫っていた音が潰えた。


 透明な結界を通り抜けた私をあたたかな橙が迎えてくれる。肌を刺すような冷気が『道』特有の暖気へと変わる。さながら春の訪れ。いや夏かも。


 光源の持ち主へと目を向けるとそこにいたのは少女であった。




 白いワンピースに麦わら帽子。下は半ズボン。持ち物がランタンでなく虫取り網だったら完璧。そんな感想を抱く、夏を感じさせる装い。


 いや確かに暖かいのはわかるのだがそれはこの『道』の中だけの話だろう。それに季節は晩秋。道草に霜が降りているような時期だ。『道』の外は普通に寒い。私だって少し厚着している。この子はなんだってこんな格好で?


 「えーと、驚かせてごめんね?私はアルノア教団って所の団員、なんだけど」


 しゃがんで、少女の瞳を見た瞬間。私は雷に打たれた。そんな衝撃を受けた。




 天使。一言でいうならばそれだ。橙に照らされた少女の表情はキョトンとしており大変愛らしい。


 そんな天使は「ん?」という表情で首を傾げた。純粋な瞳と目が合う。


 「あ、ごめんなさいっ!えっと、私の名前はアザミと言います。この森の、ちょっと調査をしてまして、はい」


 天使が相槌を打ってくれる。こくこく。可愛い。


 「貴女の名前は何というのですか?」


 尋ねると、彼女はきょろきょろと辺りを見回して、落ちていた枝を拾ってきた。


 彼女はしゃがんで、地面に文字を書く。喋ることが出来ないみたいだ。いやそんなことより距離が近い。この体制であるならばワンピースの胸元から柔肌が覗いちゃっている筈なのに、残念麦わら帽子で見えない。突き飛ばして襲っちゃおうかな。


 書き終えた彼女は、ぴょんっと後ろに跳ねて文字を見やすくするために距離を取ってくれた。そして枝でちょいちょいと文字をつつく。いちいち可愛いなこいつ。


 「レモ?」


 レモはこくりと頷く。はい可愛い。


 「貴族だったりします?」


 私が一番警戒しているのはそこだった。実はこの森には大きなホテルがあるのだが、そこには結構貴族が泊まるのでレモが貴族である可能性もあるのだ。貴族は面倒くさいので嫌いなのだ。


 レモの反応は否定。首を横に振る。麦わら帽子の下でふわふわした髪がきらきら映えた。




 貴族じゃないのならば敬語なんていらない。


 「よかった!レモのお陰で助かったよ~。ランタンの灯りだけが頼りだったからさー」


 レモは花が綻ぶように笑った。そんな笑顔を向けられたら、もう。


 「レモは、ホテル行くところだったの?」


 反応は肯定。一人で?何故?疑問はあるが取り敢えず。


 「私も一緒に行かせてくれる?ランタンはないし、それにお礼もしないとだから」


 レモはちょっと考える素振りをしてから頷きを返した。警戒心なさそー。そんな格好でうろついてたらダメだよレモ。




 レモの後ろをついて歩く。麦わら帽子から零れる髪。良い匂いがするに違いないと思い嗅いでみるも、無臭。もっとしっかり嗅がなければと鼻を鳴らしていたら、レモがバッと振り返って目を丸くしている。しまった。


 「いや、何も。無臭だったから」


 私が変な言い訳をかますと、レモは両手で麦わら帽子をぎゅっと被り赤面した。レモ、ランタン持ってるから危ないよ。その手下ろしてついでに帽子も取った方がいいよ。




 ちらちら後ろを気にしながら歩くようになったレモ。警戒心を覚えさせることが出来た。少し残念。


 「レモは北の村から来たの?」


 後ろから話しかける。反応は否定。


 「じゃあもっと北の方?」


 レモはちょっと首をちょっと横に傾けつつ頷いた。違うけど大体合ってるって感じかなこの反応は。


 「私は隣の国から遠征で来てるんだ。アルノア教団っていう、えーと宗教団体があるんだけど」


 子供でも理解できるように話をするのは難しいな。今まで子供と話してこなかったからなー。


 「今はホテルで休んでて、明後日くらいに北の村に向かうんだ。そこで支援活動、仕事の手伝いとか炊き出しとか。そういうのとあと、断罪。アルノア教団って罪人を裁いて良いってこの大陸で認められてるんだよね」


 レモは相槌を打ってくれるが、ちょっと難しい話をしてしまったかもしれない。けれど何を話せばいいのかもわからない。


 「レモはどこに行くの?」


 レモはそんな問いに、ランタンを持つ右手を前に出した。後ろから覗くとその人差し指も前方を指さしていた。


 「ホテルが目的地なの?」


 反応は否定。レモはくるりとこちらを向いて、右手を右に出し左手を左に出し最後に両手を頭の後ろに持っていく。なるほど、東西南北の南ということか。可愛いなレモ。腋見えちゃってるよレモ。舐めたい。


 「あー、南?」


 レモは伝わって嬉しかったのか明るい表情を見せ、ぶんぶんと首を縦に振った。満足したのかくるりと前に向き直り歩き出す。もっと腋見せろ。




 しばらく歩いて漸くホテルにたどり着いた。広大な敷地を切り拓いて建てられたホテルはとても大きい。最近は主に貴族の利用が多いが、北の国々からこの国の首都に向かう際に森を通らなければならない為、行商人や冒険者なども頻繁に利用する。


 森の中で唯一空を拝めるのがここだ。仰ぎ見れば夕方。もう沈む太陽は私たちにその恵みを与えることなく次第に消えていった。ほんのり赤かった空が黒くなっていくのをホテルの前でじっと眺めているレモ。を、じっと眺めている私。段々と辺りが暗くなって、レモの顔もわからなくなって。


 バッとホテルに明かりが灯った。

 ホテルの黄金の外観。それをこれでもかと主張するド派手なライトアップ。入口の上部に電飾が躍った。【WELCOME TO THE FOREST!】。貴族の利用が増えだしてからはこんな調子らしい。




 自動ドアをくぐり受付へ。


 「レモ、今日のお礼に私が支払うからね」


 レモは首と手をぶんぶん。ボディランゲージにも慣れてきた。


 「駄目。大人しくお礼されて?」


 レモは渋々頷いた。そしてはにかみ。眩しすぎ。これはお礼のお礼、してもらわないとなぁ。




 「107号室の鍵です。あの、そちらにブティックもありますので是非。それではごゆっくりどうぞ」


 フロントさんがレモをちらりと見てそう言った。たしかにこんな格好でうろついてたら犯罪が起きちゃうからな。レモ、お着替えしようね。




 「これがいいんじゃない?」


 私はレモに、見繕った服をあてがう。薄青色の多分おしゃれな服。うん、多分似合ってる。


 レモの半ズボン。これもいけない。こんな生足を晒していたらこのホテルの犯罪率が跳ねあがる。


 「レモ、これも履いて」


 私はレモに服を渡して試着室に入れる。本当は一緒に入りたいけれど、どうなっちゃうかわからないので我慢。


 さり気なく試着室に寄りかかり耳を澄ませる。レモ、聞こえるよ衣擦れの音。




 着替えた服をそのまま購入して、レモを部屋に案内する。ちなみに麦わら帽子は被ったままだ。何か理由があるのかもしれない。


 「ここだね、107号室。夕飯はレストランがあるけどそこで食べる?あ、一緒に食べてくれる?」


 レモはこくり頷いた。


 「ありがとう。じゃあ19時頃迎えに行くね。私は今日のこと報告に行かなきゃ。またね」


 私がそう告げると、レモが小さく手を振ってくれた。その仕草の愛らしさといったらない。




 私は鼻歌にスキップで浮かれながら()()()()に調査活動の報告に行った。

 当然、怒られた。

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