9話:秘密を知る夜①
イオラに連れられてシーラは、自室となる部屋へ案内される。
清楚な雰囲気の部屋は、全体的に白を基調にまとめられている。模様がほどこされた白い壁、等間隔の窓にも白いカーテンがかかり、暖炉の前にある一人掛けの椅子も白だった。奥にあるベッドももちろん白い。
通路側の壁一面が扉になっており、開くと、半分はすでに様々な衣装が並んでいた
「これ全部、もしかして、私のために用意してくだされたのですか」
「もちろんです」
「どうしましょう。こんな過分な品々を……。恐縮してしまいますわ」
「いいえ、シーラ様は王太子妃として我が国がお迎えした方です。これでも、まだまだ少ない方です。これから社交の場にも出られる時がくれば、もっと増えますわよ」
シーラは片頬に手を添えて、困り顔を浮かべる。
「そうですね。社交の機会も今後はあるのですね」
「いかがされました、シーラ様」
「これからのことを思うと、少し不安になるだけですわ。エラリオの習慣や風習には疎いものですから」
「ご安心ください、シーラ様。私たちは、シーラ様を歓迎しております、宮殿で暮らしなら、学んでいけるようにちゃんとフォローさせていただきます」
部屋を見てから、今度は、宮殿内を散策する。
主に行くであろう、水場や食堂、庭を眺めるテラス席などの場所を確認した。
テラス席から見た空の頂点は青黒く、街並みに消える空の縁だけが赤くなっていた。
日暮れ時を確認し、そろそろ夕食ですとイオラはシーラを連れて食堂へと戻る。
そこにはすでに、応接室で別れた四人が座っていた。
王族の方々と夕食をご一緒するのだと自覚すると、シーラは急に緊張し、イオラにそっと話しかけた。
「どうしましょう。私、エラリオのマナーには自信がないの」
「ご安心ください。一緒に食べるのは、これから家族になる方々です。シーラ様が不慣れであることは理解していますし、私も傍におります。困ったら、私を見ていただければ、どうしたらいいか示しますので、緊張なさらないでください」
「なにからなにまで、ごめんなさい」
「いいえ。私はそういう役割で、シーラ様の傍にいるお役目を承っているのです」
イオラの笑顔に、シーラはほっと安堵する。
ふっと頭上に影が差した。振り向くと、第一王子のテオドルがいた。イオラとシーラが立ち止まったために入れないと言いたげな、無愛想な顔をしていた。
「ごめんなさい。お邪魔でしたね」
「いい」
「さあ、シーラ様、こちらへ、テオドル様もどうぞ」
イオラがシーラの腕を引き、テーブルの端に座った。
隣にはアリエルが座る。
シーラとアリエルが軽く挨拶をかわす間に、テーブルの向こうをテオドルが不愛想な横顔で歩き去る。
シーラはちらりと前を向くふりをして、彼の顔を盗み見た。厳格なテオドルの表情からは感情はまったく読み取れない。
(あの様子だと、私のことはまるで眼中にないかのかしらね)
テオドルの不愛想は誰に対しも同じとなれば、彼にとってシーラもまたその他大勢の一人として扱われているということだ。
なのに、なんとなく、シーラのなかで何かが胸につかえ、言い知れない困惑が残る。
実のところ、テオドルはただ、彼女にどう挨拶をしていいかわらかないだけで、その表情に、他意はない。
緊張のあまり、感情が表に出せないだけだった。
不愛想で不器用なだけなのだが、接触すればするほど、シーラはテオドルを誤解し、その芳しくない印象は強まるばかりだった。
硬い表情のままテオドルは、シーラの向かい側の端に座る。テオドルが視界から外れたシーラは、彼について考えることをやめた。
そんな兄を見て、アリエルは(うわっ。また、墓穴ほっているわ。素直じゃないって損よね~)と思っていた。
シーラの前に座っているヘルマンやニコラスも、後ろを通り過ぎていく兄の姿を想像し、内心苦笑していたのだった。
テオドルが席につくと、アリエルはシーラに話しかける。
「お部屋、御覧になられていかがでしたか」
「とても素敵なお部屋でした。あのような部屋を用意していただき、申し訳ないくらいです」
「お気にめさなかったかしら」
「そんなことありません。とても清楚で綺麗な部屋で、嬉しかったです」
「良かったわ。あの部屋の内装はね、実は私がチョイスしたのよ」
「アリエル様が!」
「ええ、私、男兄弟ばかりでしょう。姉妹というのも、憧れるところではあったのよ。これからは私たち姉妹ですもの。これから姉妹になるシーラ様に喜んでもらえるよう、選びましたのよ」
アリエルの気遣いに、故郷の姉妹を思い出す。胸が熱くなったシーラはうるっときた。
「ありがとうございます、アリエル様」
「シーラ様は、王太子によっては、姉になるのか妹になるのか、わかりませんけど。どちらでも、私との関係は変わらずにいてくださいませ」
「はい」
その時、女の子三人を見ないようにしているテオドルの肩がびくっと震えていたことに、シーラはまったく気づかなかった。
王不在での夕食が始まる。
アリエルやイオラの手ほどきを受けながら、シーラは不器用ながらも食事を続ける。
たどたどしいシーラに、王妃は言った。
「シーラ様、食事の作法は慣れですわ。毎日、一緒に食べていましたら、自然と身についていきます」
「はい」
シーラは緊張気味に返事をすると、アリエルが「お母様は、怖くないわよ。いずれは、本当に母になるのだから」とシーラに笑いかけた。シーラがほっとし、微笑み返す。
その間に、王妃はちらりと長男に目配せしていた。
「テオドル」
「はい、王妃」
「明日から、昼時の食事を、シーラ様と一緒になさい」
テオドルの眉がぴくっと反応し、カトラリーを動かす手が止まった。
場がしんと静まりかえる。
シーラは思わず周囲を見回してしまう。
ニコラスが目をむき、ヘルマンが眼球だけ天井に向ける。
シーラを挟んで、イオラとアリエルが目を合わせた。
「返事は? テオドル」
「イオラもいるというのに、私が、ですか」
テオドルは渋い声を出す。
シーラはちょっとだけ、はらはらする。
王妃は淡々と長男に告げる。
「ええ、王太子として第一候補に挙がっているのです。
王太子妃をエスコートする場面もありましょう。
あなたは、宮殿か宮庁にいるのですから、シーラ様の昼時に合わせなさい」
「分かりました」
有無を言わせない王妃の言葉に、テオドルは呻くように頷いたのだった。
(お嫌なら、お断りしてくださってもよろしいのに)
シーラは嫌そうなテオドルに、申し訳ない気持ちになっていた。




