7話:第一王子の秘密②
何を隠そう、シーラを王太子妃に推したのはテオドル自身だった。王太子第一候補であるテオドルが推すということは、すなわち、王太子妃に迎えたいと宣言したようなものである。
にも拘らず、王太子が決まっていないという為体。
その原因もすべて、なにもかもが、テオドルのせいであった。
(なぜ、こうなってしまったのだ)
寝室のベッドに座ったテオドルは頭を抱えた。
※
数か月前、右の大国ジュノアから島国ムーナへ、姫を妃として迎え入れたい打診があったと、テオドルの耳に入った。
その一報に、このままでは一の姫が嫁ぐことになると確信したテオドルは焦った。
なにせ、嫁げる年齢に達しているのは一の姫と表に出ない二の姫のみ。三の姫に至っては、数年前に時期女王として周知されている。四の姫は年端も行かない幼女だ。
シーラの品々を飾った寝室で、シーラの姿絵を刺繍した細長い枕を抱きながら、テオドルは額に汗して真剣に考えた。
翌日、一計を案じたテオドルは、威風堂々と王に申し立てた。
「右の大国ジュノアが、島国ムーナから姫を迎えたいと言うならば、我が国も同様に申し出なければ、均衡がとれません」
ジュノアとエラリオは対立しているわけではない。
かといって、特別な友好国という訳でもない。
それぞれの大陸の奥には、未だに小国が点在する。陸続きの小国とは常になにかしらの問題を抱えており、その対応の方が優先順位が高いのだ。
海軍を持っているため、完全に無視もできない。互いにけん制し合う武力も持ち合わせている。
つかず離れず、干渉せず、大国どうし適度な距離感が保たれていた。
その状況を、島国ムーナはよく分かっている。ひとたび、ジュノアとエラリオがぶつかれば、戦場は自国となると。
二国間の拮抗は島国の海の平和と直結していた。
島国ムーナの異国情緒漂う歓迎も、つまるところ二国に敵対することはないという意思表示とともに、ここを戦場にさせないための懐柔策でもあるのだ。
そのような背景下で、ジュノアだけが島国ムーナから姫を迎えるとなると均衡が崩れるとテオドルはしきりに訴えた。
海軍を持つジュノアが、ムーナを取り込み、ひっそりと海軍をエラリオの港に寄せることも可能になる。そんな、ほぼあり得ない、もっともらしい可能性を述べて、王に提案したのだ。
「我が国も、大国として均衡を保つため、ジュノア同様、王太子妃を島国ムーナから迎え入れるべきです」
ほぼ王太子として内々定されているテオドルの意見はすんなりと通った。
こうして、エラリオは、島国ムーナに対し、一の姫か三の姫のどちらかを嫁がせるように打診したのだった。次期女王である三の姫は嫁がせないと分かっている以上、エラリオに来るのは一の姫となる。
こうして、テオドルは、一の姫をジュノアに奪われる道を阻止したのだった。
あとは、王太子にテオドルが内定していると島国ムーナの王に報告できればいいと思っていた矢先、テオドルは王に秘密裏に呼ばれた。
二人きりの室内で、王はテオドルに宣告したのだった。
「島国ムーナから一の姫を嫁がせる了承を得た。
シーラ姫を迎え入れるにあたって、テオドル、お前は、あの寝室をなんとかしろ。あれをどうにかしないままに、お前を、王太子に指名することはできない。
シーラ姫を迎えに行くまでには一か月ある。
その間に、処分せよ。
シーラ姫本人が来るのだ。もうあのような品々は不要であろう」
テオドルは震撼した。
まさか父に知られているとは思わなかったのだ。
彼はうまく人に知られずに宝物を集めているつもりであった。
寝室で、一つ一つの品を手に取ってテオドルは悩んだ。
結局、どれもこれも、シーラと繋がる思い出の品ばかりであり、手放すことはできなかった。
シーラを迎えに行く直前、再びテオドルは王に呼ばれ、嘆息交じりに、処分できていないのか、と言われた。
言い返せなかったテオドル。
シーラの嫁入りを否定されるのではと恐れているなかで、父は言った。
「シーラ姫には、王太子妃、ひいては王妃になるため後宮にて学んでもらう。その間に、例の寝室を何とかしろ。
それができなければ、テオドル。
王太子はヘルマンとなる」
つまりは、シーラの夫にはヘルマンがなると言うのだ。
さすがにテオドルも参った。
寝室で、頭を抱える。
(ヘルマンにシーラをとられるか。品々を捨てて、シーラを選ぶか。そんな二択は選べない)
今のシーラも美しいのは分かっている。
でも、過去のシーラとは二度と会えないのだ。
寝室を取り巻く思い出を、手放せないテオドルは、出航まで思い悩んだ。
寝室をどうにもできないままテオドルは、シーラを迎えに船に乗ることになった。
王太子がまだ決まっていない旨を謝罪したうえで、それでもシーラを王太子妃に迎えたいというエラリオの意向を島国ムーナの王はのんでくれた。
シーラも驚きはしたものの、受け入れてくれた。
このような事態になったことをシーラに謝りたいテオドルは、シーラの舞が終わるやいなや、舞台がみえる主賓席を、理由をつけて立ったのだ。
舞台裏の廊下を歩きながら、シーラへの言い訳を反芻しながら廊下を進む。
(シーラ姫。
あなたを迎えにきたというのに、肝心の王太子が決まっていないことを心から謝罪したい。
俺は、幼い頃より、あなたの舞を見ることをとても楽しみにしておりました。年一度あなたに会うために頑張ってきたのです。
にも拘らず、諸事情あり、王太子としてあなたを迎えに来れず、とても心苦しい。
それでも俺は、シーラ、あなたを愛しています。
なんとしても、俺はあなたを伴侶とする王太子となりたい。いや、なります。
あなたを生涯愛することを誓い、けっして悲しませることはないように努めます。
どうか、安心して、エラリオに来てください)
何度も、繰り返し思い描いていた台詞は、シーラの姿を見た瞬間真っ白になった。
真っ白になってしまった意識の中で慌てて、ついて出たのが、長ったらしく考えていた台詞の、一部分だけだったのだ。
それが『あなたを、愛する、ことはない』であった。
つまりは、『あなたを生涯愛することを誓い、けっして悲しませることはないように努めます』という台詞の、『あなたを』、『愛すること』、『はない』だけが切り取られて、口から滑り落ちたのだった。
※
(終わった。俺は、終わっている……)
緊張して、口を滑らせるにしてもほどがあるとテオドルは、何度思い出しても、自身の羞恥に身悶えする。




