6話:第一王子の秘密①
「駄目だよ、テオドル。アリエルと王妃が、応接室でシーラ様と挨拶をしているのだから、戻ってきた私たちが挨拶しに行かないのは礼儀を欠くことになるよ」
「そうだよ、テオドル兄さん。後で王妃に、ねちねち嫌味を言われても、顔を出していなければ、僕らも助けようがないんだよ。このまま逃げたら、自滅することになっちゃうよ」
「たとえ、シーラ様の夫がこの三人の誰になるか分からなくても、ちゃんと、挨拶ぐらいしないと! 王妃だって、きちんと王太子を決めれなかったのは、こちらが不甲斐ないからだと言っていたじゃないか。
誰が夫になるか分からないなかで、こちらに来てくれた彼女を不安にさせる真似はよくない。私なら、大切な女性にそんな思いはさせないよ」
船を降り、宮殿に戻るや否や、逃げるように自室に戻ろうとするテオドルをヘルマンとニコラスが引き留めた。
テオドルは渋面を作りながら、足を止める。母の小言を思うと頭痛がした。
『嫁がれるシーラ様をないがしろにする真似をしたら、私を敵に回すと思いなさい』そう出航前に宣言されている以上、母の逆鱗に触れることは避けたかった。
嫌味や小言が始まれば、その期間は数か月に及び、おそらく、テオドルが根をあげて、謝罪するまで続くのだ。
それはたまったものではない。仕方なくテオドルは、渋々二人についていった。
応接室に入ると応接セットのソファに座る王妃の背が見え、その向こうから楽しそうな声が響いてきた。
「只今戻りました、母様」
お菓子に目がないニコラスが駆け寄り、喜んで輪に加わる。挨拶を終えると、さっそく座りお菓子をつまみ始めた。
愛想の良いヘルマンは、淀みなく挨拶し、するりと椅子に座る。
テオドルだけが距離をとったまま、ゆっくりと近づく。どことなく彼はなかに入りずらかった。
ちょっと顔をのぞかせ、軽く挨拶したら、引き返そうと思っていた。
談笑の輪の中心が見えたところで、テオドルは足を止めた。
空色の髪をしたシーラが、ふと顔をあげる。
シーラとテオドルの目が合った。
吸い込まれそうな青い目に、テオドルは見惚れた。
息が止まるかと思った一瞬で、恥ずかしくなり、目を背ける。
「只今、戻りました」
ぶっきらぼうに呟くと、テオドルは背を向けた。
「テオドル様」
シーラの呼び止めようとする声を振り切り、テオドルは部屋を出た。後ろ手で扉を閉め、廊下に立つ。
心臓が痛いほどなりひびく。
テオドルはここにシーラがいるという現実に、気が遠くなりそうになった。
(連れて帰ってしまった)
年に一度しか会えない、異国の舞姫。
王に連れられ、初めて島国ムーナに訪れ、シーラの踊りを見た瞬間から、テオドルは彼女の虜になっていたのだった。
※
初めてシーラを舞台で見たのは八年前だ。
まだあどけないシーラが、舞台の前座で舞を披露した、
それが、テオドルにとって、シーラとの出会いだった。
テオドルはその一瞬で、輝くシーラの虜になった。
また行きたいと訴えたテオドルに、王は条件をつけた。王太子になるための勉学や武術、芸事をきちんとこなし、相応の結果を出したらご褒美に連れて行ってやる、と。
シーラに会えることを励みにテオドルは頑張った。
そうして翌年も、その翌年も、毎年テオドルは王とともに島国ムーナを訪問するようになった。
初めて島国ムーナを訪れ、シーラに一目ぼれしたテオドルの帰国後の悩みは、日に日に彼女のおぼろげな姿を忘れゆくことだった。
一年という歳月は、尊い彼女の姿を記憶に維持するには長すぎた。
二度目の訪問前にテオドルは一生懸命考えた。
その結果、彼は、お抱えの絵師を数人連れて行くことにした。有名な絵師を雇うほどの財産はなかったが、写実がうまい駆け出しの絵師を数人囲い、連れて行き、かれらにこっそり舞台上のシーラの姿を写生させたのだった。
帰国したテオドルは、その写生した絵を買い取り、大切にした。毎日眺めて、彼女の姿を脳裏の呼び起こし、しなやかな舞を思い出しながら、眠りについた。
時には、夢に彼女が出てきて笑いかけてくれた。
二度目の帰国から半年が経った時、テオドルは思いついた。
写生した絵師を呼び寄せ、シーラの絵画を描かせた。顔を中心に描いた絵、立ち姿の絵など数枚を描かせ、堪能した。
それを寝室の壁にかけた。
テオドルは満足感に包まれる。
二度目の帰国から十か月がたった時、テオドルは、その絵を茶器に描くことを思いつく。絵師の一人が、茶器の絵付けをしていたことから、依頼したのだ。
数週間後、テオドルの手元にはシーラの絵が描かれた茶器が手渡された。テオドルは身震いした。
寝室に飾り棚をもうけ、そこに飾った。
そこから、テオドルは思いつく限り、色々な品を作るように各所に秘密裏に依頼していった。幸い王宮には針子もおり、精巧な刺繍を縫う技術もある。
身の丈ほどの枕を作らせ、そのカバーにシーラの姿絵を刺繍させた。
年に一度しか会えない歌姫を忘れたくなく、その思い出に浸りたいテオドルは様々なシーラを描いた品を作り出した。
三度目の訪問時も、テオドルは絵師を連れて行った。シーラは大人と同等の身長になり、とても美しく、踊りも上手になっていく。テオドルは戻り次第、シーラの姿を描いた絵画を画家に描かせ、その絵をもとに茶器や刺繍などさまざまな品を作らせた。
訪問するごとに、寝室は、シーラの品であふれかえり、それはもう、誰にみせれるような部屋ではなくなってしまった。
それでもテオドルは満足だった。
掃除に入るメイドたちには外に漏らさないように口止めし、絵師や針子たちにも口外しないように言い含めた。
異国の舞姫に会えるという餌につられたテオドルは、寝室にまつわること以外、愛想はないものの、申し分ない優秀な王太子候補となった。
王との約束を守るためテオドルは頑張ったのだ。
それもこれも、すべて、年に一度シーラに会いたいという希望一つのために頑張った結果であった。
※
慌ててテオドルは部屋に戻ってきた。
二間続きの部屋であり、ソファや机や本棚を置いた広い居室部分は人を出迎えることもあり、王太子らしい質素な設えとなっている。
その居室を足早に通り過ぎ、テオドルは寝室に駆け込んだ。
扉をしめ、見回す。
壁一面に、二回目から今までの訪問で出会ったシーラの姿を描いた絵が飾られている。そして、飾り棚にクローゼット、暖炉の上、本棚、ベッド周りまで、どこかしこにシーラを描いた品が所狭しと並べられていた。
テオドルは両手で顔を覆い、うめいた。
「ああ……、とうとう憧れの舞姫を、連れて帰ってきてしまった」




