5話:後宮へ入る姫②
宮殿の階段をのぼると、二人の門番が立っていた。彼らは近衛騎士であり、主に宮殿の警護をしているとイオラはシーラに説明した。
扉が開かれ中へ案内される。
長い廊下を進む。
綺麗に装飾された廊下には、所々に調度品や絵画が飾られている。エラリオの美術品を物珍し気に眺めながらシーラはイオラのあとを追う。
時折、制服を着た女性ともすれ違った。その度に、誰もがシーラを一目見るなり、一瞬仰天する。彼女たちは一様に慌てて脇に避けるのだが、その時には、驚きの表情は消えている。
かわりにとても親しみが籠った笑みを浮かべ、頭を垂れる。
イオラとシーラは並んで彼女たちの前を進む。
始めはシーラも頭を下げようとしたが、頭を下げずに通りすぎるイオラを見て、三度目には同じように通り過ぎるようになっていた。
通りすぎると、イオラはシーラに、彼女たちが掃除を主とするメイドであり、同じメイドでも役割によって仕事内容はそれぞれ違い、裏で針子や洗濯、料理補助をする者などさまざまいると説明した。
宮殿には、他に料理人や庭師、近衛騎士や執事というさまざまな立場で働いている人がいることも合わせてイオラはシーラに説明した。
イオラも含め、すれ違う侍女たちは茶系の髪や瞳ばかりだった。
すれ違う人々が驚く表情を見せるのは、髪色が島国ムーナ特有の青系だからかもしれないと、シーラは思った。
イオラに導かれ、一室に通された。
そこは広い応接室で、長いローテーブルを長椅子や一人掛けの椅子が囲んでいる。周囲には大きな楽器が数点置かれ、壁には赤い石が積まれて作られた暖炉があった。寒くない季節なので、火はくべられていない。
等間隔の窓には、同じカーテンがかけられており、部屋全体が均一に整えられていた。
長く柔らかい椅子に座るように言われ、シーラは座った。その隣にイオラも座る。
「こちらで待っていると、アリエル様と王妃様がいらっしゃいます」
「私が挨拶に行かずに、来てくださるのですか!」
「ええ。アリエル様も王妃様もシーラ様と会いたがっていらっしゃるの」
「歓迎していただくのは嬉しいですけど、恐縮してしまいますわ」
「気にされないでください。シーラ様は宮殿ではとても有名なのです」
「有名?」
「ええ、ですので、アリエル様は特にシーラ様と会えることを楽しみにされていたのですわ。
王妃様は王様と一緒に島国ムーナを訪ねられシーラ様の踊りを見ておりますけど、嫁入り前のアリエル様は国外へ行けず、話で聞くしかなかったのです」
ふふっとイオラがほほ笑む。
「我が国の踊りが海を渡って、こちらでそんなに知られているとは思いませんでした」
「島国ムーナの踊りというよりも、シーラ様が有名なのです」
「私が……?」
イオラの屈託ない笑顔にシーラは小首をかしげた。
この部屋に向かう廊下で人とすれ違うたびに、誰もがシーラを見て驚いていた。
(私の知らないところで私が知られている? 働く方々にまで? まさか。
姫様であられるアリエル様であれば、王子様方から話を聞く機会はあっても、ここで働く者たちがなぜ私のことを知っているの。
宮殿で有名、というのも、王族の方々に限ってのことよね。
そうでなければ、私のことを知られている理由が思いつかないわ)
無理やり納得しようとするものの、なにかが少し引っかかる。
すれ違う者たちの驚く顔は、まるでシーラの顔を見知っているようにも受け止めることができたからだ。
(ここで働いている方は、だれもが一度は島国ムーナに来られているのかしら? まさかね。すべての人が来たとしても、観光でなら、私が舞を披露していないもの。ここにいる全員が王様や王子様と一緒に訪問しているとも考えにくし……。
私も国を出るのを初めてですもの。島に来たことがない方に顔は知られていないはずなのよね)
すれ違う人々が驚いたのは、顔を見てというより、やはり珍しい髪色のせいとしかシーラには思えなかった。
シーラの思案を切るように、ノック音もなく、バンと扉が開かれた。その音に驚き目を向ける。飛び込んできたのは、三人の王子様と同じ金髪碧眼の少女だった。
「アリエル様です」
隣のイオラがシーラに耳打ちした。
アリエルはシーラを見るなり、ぶるっと身を震わせると、頬を紅色させた。
シーラは挨拶をしないとと思い、立ち上がる。隣のイオラも立った。
アリエルは、躍るように軽やかにシーラの前にやってくる。
「シーラ様。シーラ様。初めまして、アリエルと申します。テオドルの妹で、ヘルマンとニコラスの姉になりますわ」
「初めまして、アリエル様」
迫ってくるアリエルに、シーラはちょっと身をのけ反らせる。両手を握られ、さらにアリエルが迫る。
「お会いできて、光栄ですわ、シーラ様。いずれは私とも姉妹になるのです。遠慮なさらずに、今後はアリエルとお呼びください」
「えっ……、あっ……、はい……」
その勢いに飲まれてたシーラはしどろもどろ。輝く両目に、気圧される。
「アリエル。近づきすぎですよ」
凛とした女性の声が、助け船のように飛んできて、三人が振り向くと、そこには薄茶の髪と瞳をした女性が立っていた。
「お母様。ごめんなさい」
アリエルがすっと横に避けた。
母と呼ばれたからには、彼女が王妃だとシーラも悟る。挨拶をしなくては、と緊張した。
並んで立つ三人の前に王妃はにこやかに笑む。
「その椅子に座ってください、シーラ様。海を越えて、よくきてくださいました。私たちはシーラ様を心より歓迎します」
王妃の言葉に、シーラは頭を垂れる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「さあ、座ってください。イオラ、アリエルも座って。
今は、堅苦しいことなしでお茶にしましょう」
王妃の掛け声とともに、背後に控えていたメイドたちがローテブルに菓子やお茶の用意を始める。
シーラの横にはイオラとアリエルが座り、目の前には王妃が座った。
気さくな三人にかこまれて、初めは緊張したシーラも、いつしか歓談を楽しんでいた。
しばらくすると、三人の王子たちがやってきた。
第三王子はお菓子を見て目を輝かせ、第二王子は女性達ににこやかに挨拶するものの、相変わらず、第一王子一人が難しい顔をしていた。
しかし、誰もがテオドルをそのようなものだと扱う様を見て、シーラもまた、自分がテオドルのことを気にし過ぎていたのだと思うようになった。
(やっぱり、この方は私を嫌っているのではなく、王太子妃としてむかえたくないというだけなのね。嫌われていると勘違いしてしまったのは、舞台上から見ていた印象と大分違うからびっくりしただけね、きっと……)
舞台を食い入るように見つていた彼の視線と比べ、真逆の雰囲気に違和感を感じただけであり、舞台を降りて見るこの不愛想が彼の本質ならば、嫌われていると誤解をしても仕方ないとシーラは納得したのだった。




