4話:後宮へ入る姫①
一礼したシーラは、顔をあげる。
「あの……」
「なんだ」
「色々と、ありがとうございます」
「……」
色々とは、マントを貸してくれたこと、ハンカチを差し出してくれたこと、客室に衣装を用意してくれたことなど含むのだが、厳格なテオドルに詳細を伝えても嫌な顔をされそうなので、シーラは簡潔にお礼を言うに留めた。
案の定、テオドルは無言で視線を逸らす
「では、シーラ様参りましょう」
イオラはにこやかにシーラを導く。「失礼します」というイオラに従い、シーラは部屋を出た。
廊下を歩み始めるとシーラはイオラに話しかけた。
「私は行かない方が良かったのではないかしら。テオドル様はご迷惑のようでしたもの」
「そんなことはございませんよ。テオドル様はいつも、ああいう感じなので、気にされなくてよろしいのです」
「そうなのですか」
「ええ。ああいう人だと思ってください」
「そう、私、嫌われているのかと思っていまして、ね」
「まさか。あの感じなので誤解されても仕方はないかと思いますけど、気にされないでくださいね」
「わかったわ。ありがとう」
かと言っても、すでにテオドルには、『愛さない』と宣告を受けている。
(では、あれは、嫌ってはいないけど結婚する気はない、という意味だったのかしら)
言葉も感情表現も少ないテオドルの真意が、シーラにはよく分からない。
船の客室で港到着を待つ間、イオラが話し相手になってくれた。お茶を飲みながら、好きな季節や食べ物、家族のことなど、他愛無い話をする。
メイドとしてシーラに仕えるものの、彼女はエラリオの貴族のご令嬢であり、シーラに日常の振る舞い方を伝えたり、話し相手になるためにいるのだと教えられた。
明るく、社交的な彼女とは仲良くできそうで、さっそく気の置けない友達ができて、シーラはうれしかった
港に着き、船を降りると、シーラはイオラとともに馬車に乗った。
船に残してきた荷物や、衣裳部屋にある品は、別の荷馬車が運んでくれるという。
馬車はゆっくりと進む。
車窓を覗くと、石畳の大きな道を進んでおり、道沿いにはたくさんの店が並んでいた。往来する人も多い。
「とても大きな道ですね。店もたくさんあって、人もたくさんいる」
「ええ。ここは王都でも一番広い道で、まっすぐ進むと城があるのです」
「後宮は城にあるのですか」
「同じ敷地内にあります。お城そのものは迎賓用であり、普段は一部一般開放されている観光地です。少し離れた場所に、行政を行う建物を集めた宮庁や、王族が住まう宮殿があります。宮殿のなかに、後宮や離宮もあるのです」
「観光地の城と住む場所が一緒なの?」
「同じですがご安心ください。
敷地はとても広大です。
敷地の二割が観光地として一般開放され、三割を占める宮庁は行政区として人の出入りがあり、残りの半分が宮殿として、王族の住まいになっております。警備も厳重ですし、不審者が入り込むことはありませんわ」
「私は宮殿のなかでも後宮に住むのですよね。私は王太子様の伴侶となるために来たというのに、王様の後宮に住んでよろしいのでしょうか」
「ええ、王妃様が住まう後宮は宮殿の一部なのです。昔は側室や妾を囲う習慣もありましたが、今はそのような風習は廃れてしまいました。
ですので、後宮も含め宮殿内を自由に王も三人の王子様も行き来し、暮らしていらっしゃいます」
「知らなかったわ」
「ただ、三人の王子様の中から、王太子様が決まりましたら、将来を考え、ご一緒に離宮に移られることになりますね。
離宮ももちろん宮殿の敷地内にありますわ」
「では、もう一つ伺いたいのだけど。
王太子様が決まるまでは、私はどうしたらいいのでしょう」
不安げにシーラが呟くと、イオラも困ったように笑む。
「ゆっくりと過ごしていただいて構いません。王太子の選定は王と三人の殿下の問題ですもの。その間、王太子妃、ひいては王妃様になるための振る舞いを身につけるよう努めていただければ幸いです」
「ねえ、イオラ。もしも、もしもですよ。もし、私を王太子妃にしたくないと申し出る王子様がいらっしゃったら、私はどのようになるのでしょう。嫁いできた手前、側室などという立場に置かれることになるのでしょうか」
「それは、考えにくいかと思います。
シーラ様は我が国が望んで王太子妃としてむかえられているのです。三人の殿下もその心積もりはできているはずですわ」
シーラは、困ってしまう。
少なくとも、テオドルはシーラを伴侶として受け入れない可能性がある。
しかし、昨日の廊下でのやりとりを知らないイオラに、説明するのは難しかった。
憂鬱そうなシーラを見てイオラは言った。
「果報は寝て待てでございます。
シーラ様は歓迎されているのです。ご心配にならずに、後宮でゆっくりとされてください。王妃様も、我が国の姫、アリエル様も、シーラ様と会えることを楽しみにしております」
「それはとてもありがたいですし、心強いですわ」
単身嫁いできた異国の姫に対して、厚遇してくれていると肌で感じるシーラは、これ以上、不安を吐露してもなにもならないと自覚し、なるようになるしかないと思いなおした。
イオラと話しているうちに車窓の景色が変わった。
庭とも公園ともともつかない均等に植えられた低層の木々や花壇のような、手入れされた自然が広がる。
「宮殿の敷地に入ったのでしょうか」
「はい、その通りです」
車窓からは宮殿は見えないものの、かわりにそびえるような城が見えた。とても高い建物で、いくつもの塔が重なるようにそびえているのが特徴的だった。
程なく馬車が停まった。
出ようとするシーラを、イオラが止める。
「シーラ様、外から扉が開らかれるまで待ってください」
すとんと座面に座り直したシーラが、困り顔で笑む。
「色々、決まりがあるのですね。知らないことだらけで逐一困りそうです」
「ご安心くださいませ。そのために私がシーラ様の傍におります」
胸を張るイオラにシーラは安堵する。一人でいたら、失敗ばかりしてしまいそうななかで、イオラの存在は心強い。
馬車の扉が開く。イオラに続き、シーラも車外へ出た。
シーラは木を組んで家を建てる祖国とはまったく違う様式の建物に目をむいた。
均等に窓が備えられた三階建ての建物は左右対称に広がり、むき出しの柱は美しく磨かれ、壁には各所に彫刻が彫られていた。白い柱に茶系の壁は荘厳な雰囲気を醸している。
「シーラ様、ここが宮殿の入り口になります」
半円を描く階段が数段のび、屋根まで届くような柱が数本立っていた。その奥は、暗がりとなっているものの、奥に両開きの扉が見えた。
宮殿の大きさに、シーラは島国ムーナとの国力の差を思い知る。
(とんでもないところに嫁いできたのかもしれないわ。私の意志でここにきたとはいえ、異国へ嫁ぐことを軽く考えすぎていたかもしれない)
しきたりや、しがらみ、作法、風習……。
二つの国の違いにシーラは気が遠くなりそうだった。




