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一の姫の婚礼 ~「君を愛することはない」という嘘つき王子様が愛妻家になるまで~  作者: 礼(ゆき)


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3/21

3話:隣国へ嫁ぐ姫③

 シーラを見つけた第一王子テオドルがつかつかと歩み寄ってくる。歩きながら身につけていたマントをとった。

 大船を背に、闊歩してくる姿は圧巻だ。陽光を受けてキラキラと光る姿は、荘厳な絵画を見るようであった。

 その勢いに、シーラは足を止める。

 

(とても大きな人なのね)


 舞台裏の廊下で急に出くわした時は一声に驚かされ、宴の席でもヘルマンやニコラスと話していたため、彼の姿は記憶に残っている様で残っていなかった。

 舞台上で見てきた記憶のなかの彼は、もう少し小さく見えていたのだ。


 徐々に近づく感情を映さない碧眼の澄んだ美しさにシーラは見惚れた。たとえ、嫌われていても、その瞳は真っ直ぐに光る。裏表を作れない方なのかもしれないわ、とシーラはぼんやりと思った。


 テオドルがシーラの前で立ち止まる。


「腹部を露出した衣装はエラリオでは目立つ」


 そう言うなり、テオドルは手にしたマントをひらめかせ、シーラの肩にかけた。


 シーラが身にまとう衣装は島国ムーナの民族衣装だ。上半身は胸のみを隠し、腰をくるぶしまで覆う文様が刺繍された布を巻きつけるスカート。腰回りに巻き付けた装飾品の飾りがぶつかり合うと、鈴のような音を鳴らす。


 はらりと大ぶりなマントがシーラのくるぶしまで包み込んだ。

 すっぽりと包まれたシーラの胸元で、テオドルはマントの端を合わせる。


 見上げるシーラ。

 見下ろすテオドル。

 二人の視線は交差する。


 テオドルは憮然とした表情のまま、手を引く。

 マントが肩から落ちそうになり、シーラは慌てて、胸元を掴もうとした時、引いていくテオドルの手とシーラの指が振れ合った。


 その一瞬、ぴりっと指先が痺れた。

 テオドルは勢いよく手を引き、踵を返す。


 シーラは胸元に寄せたマントを両手でつかんだ。


(今の感触は……、なに?)


 手に残る僅かな痺れから伝ってくるものにシーラは戸惑う。


 背を向けたテオドルは船に向かってずんずん歩く。

 シーラは今の感触はなんだったのかと思いながら、テオドルを追いかけた。


 船員は笑顔でシーラを迎えてくれた。

 厳しいテオドル以外、誰もかれも優しい笑顔で迎えてくれる。


 船長ともつつがなく挨拶し、シーラは案内を受け、甲板に出た。

 

 大船から見下ろす景色は、小高い丘から島国ムーナを見下ろすかのようであった。

 砂浜と緑、集落。青い海、青い空。

 見納めとなる景色に涙が出そうになる。

 

 それでもシーラは笑顔を浮かべる。

 舞台でほほ笑むことには慣れていた。

 

 悲しくても、辛くても、舞台に立てば笑うのだ。


 見送りに来た島民と家族にシーラは大きく手を振った。


 船が出向し、島が豆粒のようになるまで、シーラは甲板に立ち尽くした。


 遠巻きに見守る船員がいるものの、彼女の感傷を遮るものはだれもいない。


 島が消えるころ、大きく胸に押し寄せてきた悲しさと寂しさに涙がはらりはらりと零れ始めた。


 なぜか、テオドルがかけてくれたマントが無性に暖かく感じられて、マントをぐっと握った拳に額を押し付けていた。


 


 ひとしきり泣いたシーラが顔をあげると、目の前にハンカチが差し出された。思うわず受け取り、横を向くと、テオドルが立っていた。

 いつからそこにいたのだろう。

 問う間もなく、彼は再びシーラに背を向ける。

 

 入れ違い、制服を着た女性がシーラの前に歩み出た。焦げ茶の髪と瞳の年若い女性で、シーラより少し年上に見えた。


「初めまして、シーラ様。

 私は、シーラ様付のメイドとして選ばれましたイオラと申します。

 今後ともどうぞよろしくお願い致します」


 丁寧に頭を下げられ、シーラも慌てて、頭を垂れた。


「どうぞ、よろしくお願いします」

「緊張なさらないでくださいませ。さあ、シーラ様、甲板は潮風が冷たくございます。客室までご案内致します。どうぞこちらへ」


 歩み始めたメイドに案内され、階段を降り、煌びやかな広い廊下を渡り、シーラは船の奥へと進む。その壮麗さに、まるでどこかの城に招かれたかのような錯覚を覚える。

 揺れを感じていなければ、ここが海上であることを忘れてしまいそうだった。


 客室に入ると、メイドはシーラに、「そのお衣装ではエラリオでは目立ちます。船が寄港するまでにお着替えくださいませ」と言った。


「お顔も綺麗になおしませんとね」


 メイドの言葉に、今しがたまで泣いていたことをシーラは思い出し、ほんのりと顔を赤らめた。

 後ろに回り込んだメイドが肩にかけていたマントを受け取ろうとする。


「イオラさん」

「シーラ様、私のことは、イオラとお呼びください」

「では、イオラ。このマントはどうしたらいいでしょうか」


 握っていたハンカチにも気づく。


「それに、このハンカチも。テオドル様にお返しに行かないと」

「そうですね。では、着替えてから、お礼をかねて会いに行きましょう」


 にっこりと笑うイオラに、別室に案内される。そこは水回りになっており、大き目の桶に湯が張ってあった。

 顔や体を洗い終えたシーラに、イオラは柔らかなローブを渡し、また別室へと案内する。

 小さな窓のない小部屋に明かりが灯ると、そこには、数着の衣装がかけられていた。衣装だけでなく、靴や髪飾りなどの小物類も用意されている。

 大きな鏡もあった。

 

「すべて、シーラ様のために用意された品でございます」

「こんなに用意を? エラリオまでは数時間でつくはずなのに……」

「皆、シーラ様を歓迎しているのです」


 イオラはそう言ってほほ笑んだ。

 彼女に促され、鏡の前にたたされたシーラは数着の衣装から、一着のワンピースを選んだ。

 くるぶしまで隠れる丈の長い若草色のワンピースである。


 薄く化粧もなおし、客室を出る。

 テオドルから借りたマントとハンカチは綺麗に畳まれ、案内するイオラが持つ。

 荘厳な廊下を引き返し、ある部屋の扉前に来たイオラがノックした。


 返事はない。そのまま扉を開くとそこにはテオドルがいた。

 そこはテオドルの部屋であった。


「シーラ様に差し出されたハンカチとマントをお持ちしました」

「そうか、椅子において置け。あとはこちらの者が片づける」

「かしこまりました」


 イオラが入室すると陰に隠れていたシーラとテオドルの目が合った。

 彼は僅かに驚くような表情を見せた。


「なにか用か」


 抑揚のない一声にシーラは返答に窮する。

 代わりに、飾り棚前に置かれた一人掛けの椅子にマントとハンカチを置いたイオラが答えてくれた。


「テオドル様にお礼を申し上げに来たのですわ」

「礼には及ばない」


 取りつく島のないテオドルにシーラはどうしたらいいものか、困ってしまう。



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