2話:隣国へ嫁ぐ姫②
舞台の正面に位置する主賓席には、三人の王子ととも島国ムーナの王と王妃が座っている。
シーラの席は王と王妃の隣に用意されているものの、まずは主賓である三人の王子への挨拶からと、父母に目礼したシーラは三人の王子の前に膝をついた。
「ようこそ、お越しくださいました。
島国ムーナの一の姫、シーラでございます」
「シーラ姫、顔をあげてください」
「僕たちは、あなたを迎えにきた使者です。どうぞお立ち下さい」
二人の王子の声に促され、シーラは立った。
「滅多にお目にかかれない舞姫に、直にご挨拶できて光栄ですよ」
「数年前に一度、連れてきてもらっただけなので、こんなに近くでお会いできるなんて、僕の方が緊張してしまいます」
最初に声をかけてくれたのは中央に座る第二王子ヘルマン。
次に声をかけてくれたのは第三王子ニコラス。
二人の隣で、仏頂面で座っているのが第一王子テオドル。
三人とも金髪碧眼で、第三王子は幼さを残し、第二王子が人当たりが良く、第一王子は厳格な印象だ。
嫌われているのだと分かっていいても、シーラはどことなくテオドルが気になってしまう。彼は目を瞑るかのように視線を下に落とし、盃を傾けているだけだった。
黙ったままの第一王子の代わりに、社交的な第二王子が王に語り掛けた。
「王よ。シーラ姫の席をこちらに移していただいてもよろしいでしょうか。できましたら彼女ともっと話がしたいのです」
その申し出に王は了承し、シーラの席がヘルマンとニコラスの間に用意された。
「失礼します」と、遠慮がちにシーラは席に着く。
「改めまして、シーラ姫。
私は、左の大国エラリオの第二王子ヘルマンと申します。
姫の隣にいるのは、第一王子テオドル。私の後ろにおりますのが、第三王子ニコラスです」
「初めまして、シーラ姫。
美しい舞姫を姉に迎えられること、心より嬉しく思っております」
ほほ笑むニコラスは愛らしく、シーラもつられて笑みが漏れる。
「ニコラス。まだ、正式に王太子は決まっていない。お前だとて、可能性はあることを忘れるな」
シーラの背後から低く重い声が響き、ニコラスが苦笑いを浮かべた。
「まあまあ、テオドル兄さん。実質、私か兄さんのどちらかだと、ニコラスは分かっているだけなんだから、厳しく言わないであげてよ」
「決まっていないことは決まっていない」
「そうだね。それは否定できない」
物柔らかなヘルマンと、威圧的なテオドル。二人は対照的な雰囲気を醸す。
対照的な雰囲気でも仲が良いシーラとラーナとは真逆のようだ。
申し訳なさそうにヘルマンが語りだす。
「王太子妃として後宮に迎え入れることは決まっているのに、肝心の王太子が未決定な状態で、申し訳ありません。未来の夫候補が三人いる状態で嫁いでくるのは不安でしょう」
そうですねと肯定できずに、シーラは微笑み返す
三人の王子とは直接話したことはないものの、多ければ年に一度、少なくとも数年に一回はその姿を見ていた。
王子が来れば必ず舞を披露したシーラは舞台上で彼らの視線を受け止めている。
食い入るような視線を思い起こせば、けっして、彼らを知らない相手とも思えず、誰と結ばれてもなんとかなる気がしていた。
だからこそ、第一王子の意外な一言がより一層際立つ。
あの一言さえなけらば、シーラは不安なく、エラリオの後宮に行くことができただろう。
(私、楽観視しすぎていたのね)
舞台上で彼らに見られ、見ていた分だけ、話したこともろくにないのに、知った気でいた。
心構えの間違いに気づき、返答に窮するシーラにヘルマンは告げた。
「それでも、私たちは、シーラ姫を歓迎します。
あなたの伴侶が、もし私であったなら、あなたを生涯愛することを、ここに誓います」
「はいはい、僕のことも忘れないでください」
ニコラスはヘルマンの後ろで両手をあげてアピールする。
そんな兄弟に、シーラは「あらあら」と笑ってしまった。
背後にいるテオドルだけが、三人の輪に加わらず、一人で酒を飲みながら、王と語らっていた。
明日の出発に備えて、シーラは、早々に場を辞した。
部屋に戻り、ほっと一息つく。
化粧を落とし寝衣に着替えて、傍仕えを下がらえた。
宴席の音楽が響いてくる。
躍るように歩み、寝台に座る。
(婚約者が決まっていないなんて、思わなかったわ。本当に……)
寝台に両手を付き、窓辺から空をみあげた。
月から零れ落ちた光が、波間を跳ねる。波音と音楽が混ざり、風に乗り流れていく。
エラリオでは、三人の王子のうち正式に誰が王太子になるか決まっていない。主賓席では当たり前のように話していても、その内情を知るのは王と王妃にシーラ、他数人の要職に就く者だけだ。
エラリオ側の事情までは、周知していなかった。
(こんなこと心配かけそうで、ラーナには言えないわね)
てっきり第一王子が王太子に確定しているものだとシーラは思っていた。訪れた王子たちより、王太子も婚約者も決まっていない旨を含め、謝罪を受けた時は拍子抜けした。
さらには、第一王子からは「愛することはない」と言われ、第二王子からは「生涯愛する」と言われた。
(本来なら、王太子が決まってから、妃を迎えに来るのよね。なぜ、こんなにも急ぐように、私を後宮に迎え入れるのかしら。
エラリオのしきたりや風習を知らない私の教育を目的にしているのかしら。
今更だけど、なにか腑に落ちないわ)
横になり、掛布をかけたシーラは、深く考えても仕方がないと目を閉じた。
翌朝、朝日ものぼらぬうちに起き出したシーラは、嫁入り準備を始めた。湯につかり、軽食を取り、嫁入り衣装を身につけ、化粧をする。
一通りのことを終える頃には、すっかり太陽は昇っていた。
エラリオの船が出航の準備が整い、迎えに来た者に連れられ、シーラは港に出た。
見送りに出てくれた家族と挨拶し、昨日も見た見事な大船を見上げながら、船に向かって歩む。
(本当に大きな船ね)
島国ムーナにこんな大きな船はない。しかも同等の大きさの船が三艘停泊している。これだけで、二国間の力の差を思い知らされる。
(こんな大きな国が、なぜこんな小さな島国に王太子妃を求めるのかしら。ジュノアが先に妃を娶りたいと申し出た対抗心? 最初はそう思っていたけど、自国のなかにも、それ相応の方が良そうなものよね。事前に婚約者候補ぐらい目星はついていたはずよね)
大船、結納で納められた品々、仕えている人員、料理人から楽団。何を比べても力の差は歴然だ。
(私、ちゃんとやっていけるのかしら……)
不安をいだいても、引き返せない。
妹たちを見れば、大丈夫よと笑っていくしかない。
(ラーナもいつ戻されるか分からないと言っていたけど、私も同じね。妹たちの年齢もあるもの。どう、考えても、ジュノアにはラーナ、エラリオには私が行くしかないわ)
シーラが前を向くと、第一王子テオドルがこちらをじっと見ていた。
その鋭い眼光に、シーラの心臓はきゅっと絞められた。




