15話:テラス席での告白
デザートを食べ終えた頃、学園から戻ってきたイオラとアリエルが、メイドに案内され、テラス席にやってきた。
二人の姿を見るや、テオドルは、役目は終わったと言わんばかりにすっと立ち上がった。
シーラは不意に立ち上がった彼をぼんやりと見上げた。
「俺は戻る」
シーラからの挨拶を待たずにテオドルは歩き出した。
呆気にとられるシーラはテオドルをそのまま見送る。
イオラとアリエルとすれ違う時も、軽い目配せだけで、足早に去っていく。シーラへの応対と変わりない不愛想さだ。
二人の肩越しに消えていくテオドルを見つめるシーラの脳裏に、デザートを食べていた時に見せた柔らかい笑顔が蘇る。
「あれは、何だったのかしら」
今となっては、その笑顔もまるで幻のようだ。
メイドがシーラの隣に、もう一つ椅子を用意した。
イオラとアリエルがシーラを挟んで椅子に座る。
「おかえりなさい、イオラ、アリエル」
「ただいま、シーラ」
「テオドル様と二人きりで大丈夫でしたか」
「ええ、まあ。取って食べられるわけでもありませんしね。
ところで、お二人ともお早いですね。私、もっと遅いと思っていました」
「今日は早めに帰ってきたのよ。テオドルと二人きりなんて、シーラがしんどいと思って……」
「まあ……」
「あのテオドル様とご一緒だったら、いたたまれなくなっていらっしゃるのではないかと、気が気でなかったのです」
「そうねぇ。確かに、二人が来てくれて、ほっとしたかも……。
食事中も終始、何もお話にならないんですもの。
デザートを食べる時に少し話しかけてくださったけど……。今となっては、幻覚のようね」
「ああ、やっぱり。テオドルはなにをしているのかしら」
アリエルは頭を抱える。
イオラも苦笑いを浮かべた。
シーラは答えようもなく、困ってしまう。
三人三様の表情を浮かべる互いの顔を見合う。間を置いて、ぷっと吹き出すと三人同時に笑い出した。ひとしきり声をあげて笑い終える頃には、三人とも涙目になっていた。
笑い声とともに、シーラの胸につかえていたしこりが流される。
「もう、どうしようもなわね。テオドルは」
「救いようがないです」
「さすがに私も、今のテオドル様に嫁げと言われたら躊躇するわ」
引っかかりを覚えたアリエルが、片眉をあげた。
「シーラ。今の、って言わなかった」
「ええ、言ったわ」
「今のということは、前のとか、以前のとか、昔のということもあるのかしら」
「そうねえ……。実は、私、てっきり、テオドル様が王太子として、私を迎えに来ると思っていたのよね」
イオラとアリエルが同時に「えっ!」と声をあげた。
「待って、シーラ。それは、つまり、テオドルが第一王子、要は長男だから、そう思っていたのよね。そうよね」
「それもありますけど……。私、いつも舞台から、三人の王子様を見ていたのよ」
「シーラ様は踊りながら、確認されていたということですか」
「確認というほど、仰々しいものではないわよ。エラリオの王子様方が座るのは舞台が一番よく見える席ですもの。私からもよく見えるだけですから」
イオラとアリエルがまた同時に「そういうことね」と納得する。
「特にエラリオの王子様方は皆さま金色の髪をしているので目立つの。そのなかでも、テオドル様が一番熱心に舞台をご覧になられていたのよ」
片頬に手を当てて、シーラは苦笑する。
イオラとアリエルが「それはそうよね」と一緒に呟く。
「でも、シーラは私の兄弟とは話したことはないのよね」
「ないです」
「では、シーラ様は話したことはなかったけど、テオドル様をご存知だったと……」
「はい」
慎重に問うイオラに、シーラはにこやかに返した。
「いつも、食い入るように踊りを見る方だとは思っていました。とても踊りが好きな方なのねと誤解していたぐらいです」
懐かしさを覚え、シーラは胸に手を当る。
テオドルはいつもシーラを見つめていた。
熱心な視線を向けてくれるテオドルなら大丈夫と安堵し、あの方の王太子妃ならきっと何とかなるわと、楽観していたのだ。
シーラの口元が自嘲的に歪んだ。
「王太子が決まっていないなんて、思いもよらなかったわ」
「シーラ……。それって、もしかして。もしかするとよ。
元々、王太子に指名されたテオドルが迎えに来て、結婚してもいいと思っていた、ということよね。そういう心構えはできていたということよね」
アリエルが恐る恐る、震える声で問う。
予想外のことが色々重なり戸惑ってきたシーラは苦笑する。
「実は、そうなの」
イオラも身を乗り出してきた。
「シーラ様は、先ほど『誤解していた』とおっしゃいました。その誤解とはなんなのでしょう」
「ここに来る直前にテオドル様が私に言った一言により、私は彼に嫌われていると思っていましたの。
なにせ、『お前を愛することはない』と面と向かって言われてしまったのですもの」
「なんで!」
両目を見開いたアリエルがテーブルに両手をついて、深く身を乗り出す。
「なんでなんでしょうね。テオドル様しか分からないわね」
「それは、そうですね……」
「船でイオラがテオドル様はいつも誰に対しても不愛想だと話してくれて、私も、嫌われてはいないけど、好かれてもいない、と思い直したの。
きっと、別に想い人がいるのか、異国の姫を王太子妃に迎え入れることに反対しているのかなって……。
なにか腑に落ちなかったけど、テオドル様が王太子になられたら、あなたを王太子妃に迎えることはできない、ぐらい言うのかなと想像していたわ」
「まさか。そんなことない、ないのよ。実の兄ならが、フォローしきれないけど……」
アリエルの語尾は小さくなる。
「今も、あの不愛想でしょう。
好かれていると理解するに値する品々を目撃してしまったとはいえ、やっぱり言葉が少なすぎたら、嫌われている心証が勝ってしまうのよね」
「ごめんなさい、我が兄ならが、無性に恥ずかしいわ」
アリエルは両手で顔を覆う。
「いいのよ、気にしないで、アリエル」
「あまりの愚かさに言葉も出ないわ」
「待ってください。シーラ様」
「なに、イオラ」
「シーラ様は、今、『品々を目撃』とおっしゃいましたね。目撃とは、なにかを見たということですよね」
「はい。
昨夜、部屋に戻る途中で迷ってしまって、間違って、私、テオドル様の寝室に入ってしまったのよ」
がばっとアリエルが顔をあげる。
イオラとともに驚愕の表情へと変化する。
「では、見たのですか! あの寝室の品々を!!」
同時に悲鳴のような叫びをあげた二人に、シーラは柔らかい笑みを見せた。
「はい、見てしまいました」