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13話:気まずい昼食②

 学園に通う四人を見送ってから、メイドに案内され、シーラは図書室へと向かった。待っていた講師と挨拶を交わすと、時間が惜しいとすぐに座学が始まった。

 机には十冊以上の本が積まれていた。今までこんなに本を読んだこともなく、勉学に励んだことがないシーラは慣れない状況に頭痛を覚える。

 恐る恐る本を開く。

 内容は、エラリオの歴史文化、礼儀作法など、多岐にわたる。

 講師はシーラが飽きないよう、短時間でそれぞれの概要を教えてくれた。細かいことは明日以降に教えるという。


 時間はあっという間に過ぎ去った。


 気づくと時刻はお昼時。講師が時間を確認し、終わりを告げる。

 見計らったかのようにメイドが図書室に入ってきた。昼食の迎えにきたのだ。


(テオドル様との昼食なんて、座学の方がずっとましだわ)


 まるで罰を受けるかのような心境に陥るシーラは、机に積まれた十冊以上の本と想像する不愛想なテオドルを比べ、ため息を吐きたくなるのを我慢する。

 杞憂を顔に出さず、講師ににこやかに「お先に失礼します。明日もまたよろしくお願いします」と無難に挨拶し、メイドとともに図書室を後にした。


 見晴らしのいいテラス席に案内される。

 二人掛けの丸いテーブル席が用意されていた。


(文字通り、二人きり……。

 ああ、どんなお見合いでも、こんなに憂鬱なことなんてないわ)


 テオドルはまだきていない。

 案内してくれたメイドが椅子を引き、躊躇いながらも、シーラは座った。


 一望できる庭は、ゆるやかな坂となっており、低層の木々には白や赤、黄色などの花が咲き誇っていた。

 浮世のものと思えない鮮やかさを眺めるシーラに、メイドが紅茶を淹れてくれた。気持ちを落ち着かせるために一口飲む。

 

(テオドル様と一体何を話したらいいかしら。

 庭に見えている花は何ですか? なんて聞いてみるのはどうかしら。花の名前ぐらい教えてくれるわよね。

 まさか、花の名前を聞いて、無視……、なんてないわよね)


 テオドルの雰囲気を思い返すと、答えてくれないことも十分に考えられる。取り付く島もない相手に、何を話せばいいのか、シーラは皆目見当もつかない。


(はいかいいえで答えられる問いの方がいいかしら。あとは、空が青いですね、花が綺麗ですね、とか? それでも答えが返ってこなかったらどうしましょう。想像するだけで、いたたまれないわ)


 緊張に口が渇いてきたシーラは紅茶を一口含む。


(いっそのこと、昨日、見てしまった寝室について聞いてみる?

 それこそ、無理よね。

 テオドル様の寝室に無断で入っているんだもの。怒られてしまうかもしれないわ。

 無難なのは、天気。仕事のこと。家族のこと。ここから見える、庭の景色。

 家族のことなら、私の家族について話してみてもいいのかしら。

 ああ……、私が話すばかりで、相槌もなかったら、なお辛いわ)


 悩んでいると、メイドに話しかけられた。


「テオドル様がいらっしゃいました」

「ひっ」


 緊張とともに、背筋に悪寒が走り、変な声が出てしまう。かちゃんと手にしていた茶器がこすれ合う音が鳴った。


「シーラ様、大丈夫ですか」

「えっ、ええ。大丈夫。テオドル様と二人きりなんて、緊張してしまいますわ」

「深く考えずとも大丈夫です。シーラ様はただ座っているだけでよろしいのです」

「そういう訳には、いかないでしょう」

「いえいえ、テオドル様もあのような方ですので、シーラ様は本当に座っているだけでよろしいのです」


(うう……、秘密を知ったからこそ、それがつらいのよ)


 シーラは言いたいことを我慢する。


 宮殿で働くメイドはテオドルの寝室について知っていた。だからこそ、ここにいるだけでいいと言っているのだが、シーラはまさかテオドルの秘密を宮殿内の誰もが知っていることとは思わない。

 あんな部屋が知れ渡っていて、平気で宮殿を闊歩できるとは思えなかったのだ。テオドルの態度からも、あれは秘密の品々だろうとシーラは推測していた。


 廊下を歩く靴音が響いてきた。

 迎えるシーラが立ち上がる。立とうとしたところで、足が震えていることに気づいた。

 シーラはごくりと生唾を飲み込んだ。


 背が高く威厳ある風貌のテオドルが廊下に現れる。

 立ち上がったシーラは覚えたてのカーテシーで挨拶をした。

 

「テオドル様、ご機嫌麗しゅうございます」

「座ってくれ」


 テオドルの冷たい声が、上から降ってくる。

 真横に結んだ口元に視線を寄せ、テオドルとは目を合わせないようにした。


 背後で椅子が引かれる音がして、シーラは座った。

 テオドルも、シーラの横に座る。

 彼はすぐにふいっと庭に視線を投げた。

 厳めしい横顔に、シーラは言葉を失う。


(この人に何と声をかければいいのよ)


 もうすでにシーラは泣きたい気持ちになる。

 テオドルの前にも紅茶が出される。彼はソーサーを手にし、ゆっくりと飲み始めた。


(まるで、ここに私はいないかのようだわ)


 シーラの冷めた紅茶もメイドは替えてくれた。

 テオドルが来る前に色々考えていたことは霧散し、声さえ出せない。シーラは黙って、テオドルと無言で紅茶を飲むしかなかった。


 昼食が用意された。

 テオドルを真似て、ゆっくりと食べる。

 イオラとアリエルと隣り合って食べた時は、作法に手間取っても、助け船もあり、まだ味わえたのに、まるで味覚が狂ってしまったかのように、口に食べ物を運んでも、シーラは土や石を食べているような感覚になる。

 いたたまれない感覚に耐えられなかった。

 逃げ出したくてならなかった。


 テオドルは、静かに食べている。

 姿勢もよく、カトラリーの扱いも慣れたものだ。

 シーラはまだナイフで切ろうとすると、皿を擦ってしまい、嫌な音を立ててしまう。


 嫌がることも、咎めることも、慰めることもなくテオドルは座っている。


(こんなことではなにも始まらないわ。私の絵画を飾って、愛でているのに、本物の私が横にいる時は、無視ということはなんの?

 会った時の、『座ってくれ』の一言だけで、後は一言もないなんて。それが作法なのかしら。二人きりで作法も何もないでしょうに。

 王妃様、このまま、イオラとアリエルが戻るまで、二人きりは辛いです。

 いたたまれません。

 耐えられません)

 

 泣きそうなシーラの前に、食後のデザートが運ばれてくる。

 白と茶色いクリームが添えられたスポンジケーキに、淹れなおされた紅茶が出てきた。

 

(諦めよう。

 テオドル様が私をいないものとするなら、私も同じようにしよう)


 フォークを手にし、ケーキにクリームを塗り口に運ぶと、開き直ったシーラの味覚も蘇り、口内に甘みがひろがった。

 

(うん。美味しい)


 ほんのり嬉しくなって笑んだシーラを、テオドルは盗み見ていた。


 






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