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11話:秘密を知る夜③

 そこはテオドルの秘密の寝室であった。

 飛び込んだシーラは目を見開く。


 カーテンが開かれた寝室に差し込む月明かりに浮かび上がる、中央にでんと置かれたベッドを取り囲むように壁にかけられた無数の絵画。そこに描かれているのはもちろん、すべてシーラ自身。


(なに? なんなの、この部屋。飾られている絵がすべて私?)


 あまりの光景に驚愕するシーラは部屋の中央にあるベッドへとフラフラと進む。

 一枚の絵画を仕上げるには何日もかかるだろう。枚数の多さから何年もかけて描かれてきたと容易に想像ができた。


(踊る私の絵。小さい頃の私の絵。なに、なんなの。この絵画。なんで、こんなに私の絵が飾られているの)


 よく見ると、小さい頃のシーラから、去年のシーラまで描かれている。着ている衣装はすべて舞台衣装。姿絵から、顔回りまで構図も絵の大きさも様々だ。


(信じられない……)


 ざっと部屋を見渡す、絵画の他に目についたのは、暖炉、クローゼット、鏡、飾り棚。

 シーラはふらりと飾り棚に近寄った。

 そこには絵皿、茶器など様々な品があった。絵画同様に、すべての品にシーラが描かれている。シーラが躍る姿を模した小型の彫像まである。


(なに……、これはなに?)


 シーラは飾り棚を食い入るように見つめた。とある茶器に目が留まる。そこには小さい頃の自分が描かれていた。その姿、衣装から、テオドルが初めて島国ムーナを訪れた翌年に踊った舞が脳裏に鮮明によみがえった。


(やっぱりこの品は何年もかけて、集められているのね)


 ぱっと扉周辺が光った。びくっと体を強張らせて、シーラは息を潜める。

 誰かが隣室に入り、明かりをつけたのだ。

 扉の隙間から差し込む明かりに、シーラは焦りだす。右に左に、隠れる場所はないかと探す。


(どうしよう。このままでは見つかってしまう。とにかく隠れないと)


 隠れられる場所は、ベッドの下、もしくはクローゼットだけ。

 ベッドの下に潜り込もうと覗き込むと、隙間が狭く、入れそうになかった。もう一つの隠れ場所であるクローゼットに転びそうになりながら飛び込むと、なかからそっと音を立てないようにして、扉を締めた。

 閉めると同時にクローゼットの隙間から光が漏れ始める。


 シーラは、ひっと悲鳴を上げそうになる口を両手でふさいだ。心音がどんどん早くなり、気が急いてくる。落ち着くために肩を上下させ呼吸を繰り返す。


(落ち着け、落ち着け)


 何度も自分に言い聞かせた。

 そうして、恐る恐る、光が漏れるクローゼットの隙間を覗いた。


 ベッドがあった。誰もいない。

 隙間から覗いているため左右の様子はよく分からなかった。


(明かりはついたのよ。きっと誰かいるはずなのに……)


 大きな人がベッドに向かい大股で歩いてくると、ベッドの脇にストンとすわった。落ち込むように頭を抱え込む。

 その体つき、髪色から、誰かすぐにシーラも理解した。 


(テオドル様ね)


 シーラは口をふさいだまま、叫びたい思いを堪えて、生唾を飲み込んだ。


(ここがテオドル様の寝室だとしたら、ここにある絵画も、あの茶器類のようなコレクションもすべてテオドル様が用意したということよね。

 あの不愛想なテオドル様が!)


 シーラは言葉を失い、クローゼットの中でへなへなと座り込んだ。

 隙間から、覗く目を離せず、テオドルを凝視する。


 テオドルは後ろに手を伸ばした。ベッドの奥から、細長いクッションのような枕のようなものを引っ張り出し、抱きしめた。


 シーラはさらに目をむいた。

 テオドルが抱いている品にもまた、自身の姿が見えたからだ。それも去年来た衣装である。


(あれは、覚えているわ。エラリオの王族、もちろん、テオドル様も一緒にいらしたときに、新調した舞用の衣装ですもの)


 シーラにはどうやってテオドルが、あの舞の衣装や姿を記録していたのか想像できなかったものの、そこに描かれたのは紛れもなく自分だと確信し、手のなかの唇がわなわなと震えだした。


 そんな自身を描いた細長い枕のようなものを、目の前のテオドルは抱きしめて、さらには、打ちひしがれてさえいるのである。


(なに、なんなのこれは、どういうこと!)


 不愛想なテオドルに、最初は嫌われているのかと思った。不愛想なのは誰に対しても同じといわれ、嫌われてはいないと思った。

 王太子妃としてシーラを迎える気は無く、その他大勢の一人としてしか認識していないと今日一日かけて作り上げられた、テオドルに対する思い込みが一気に瓦解した。


 目を白黒させるシーラの前で、大きなため息をついたテオドルが独り言を言い始めた。


「だめだ。どうしても、捨てれない。

 せっかく、何年もかけて、作ってきた品々を手放すなんて……。

 本物のシーラがいるからといって、思い出を捨てろなんて、できやしない」


 そう言って、ぎゅっとテオドルはシーラが描かれた枕を力いっぱい抱きしめる。

 それを見てしまったシーラは身震いする。


「俺は、どうしたらいいんだ。

 このままでは、王太子に指名してもらえず、ヘルマンが王太子になり、シーラまでも奪われてしまう。

 せっかく、ジュノアの輿入れを阻止できたというのに……。

 王太子になるための条件が、ここにある品々を捨てろなんて、あんまりすぎる。

 せめて、シーラにばれないように隠すぐらいは許してほしいよ」


 テオドルは虚ろな目で天井を見上げて、深いため息を吐いた。


「……」

 

 シーラは口をふさいだまま、硬直する。

 あまりのことに、声もでなかった。


 枕をベッドに戻し、テオドルは立ち上がる。

 

「湯につかってこよう……」


 そう言ったテオドルが向きをかえ、クローゼットへ向かってくる。

 シーラは悲鳴をあげそうになり、さらに口を強く抑えた。見つからないようにクローゼットの壁に背をつけ、縮こまる。


 テオドルがクローゼットをばっと開き、衣類を持つとすぐに閉めた。

 

 シーラは息を殺してテオドルが去るのを待った。

 

 人の足音が遠ざかり、寝室の灯りが消えた。


 口から手を離したシーラは、はあはあと早い呼吸を繰り返し、胸に手を当てた。


 そろそろとクローゼットを開けて、寝室を覗く。

 光っていた出入り口の扉がぱっと暗くなる。


 這い出たシーラはその場にへなへなと座り込んでしまう。

 ふたたび、周囲を見渡すと、笑顔で踊っている自分と目が合った。


「やっぱり……」


 呆然と、言葉が漏れる。


「やっぱり、テオドル様は、私のことを嫌っていない、むしろ好きだったのね」


 舞台からシーラはずっとテオドルを見ていた。

 その瞳の輝きは、いつもシーラを見て、キラキラと輝いていたのだ。その瞳はシーラしか見ていない、そう確信を持つほどの光を帯びていた。

 

 だからこそ、テオドルの言動と内側の印象がかみ合わず、シーラはどうしていいか分からなかったのだ。


(でも、でも……。だからといって、この状況を私はどう、受け止めたらいいの)







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