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世界のどこかで

掲載日:2022/10/20

「世界のどこかで雨が降っている」


 風が吹いた時、君が言った。


 うだるような暑さの夏の夕方。


 茜色に染まった空一面の雲を眺めて、君と一緒にいた。


 ほどいた髪とスカートをなびかせて、君は振り返った。


「雨が降っているから、そこから風が来る」


 涼しさを求めて風に喜んでいる僕に、君は囁くように言った。


「どこかで降っている雨が、ここでは降らなくても、その影響を私たちは受けている」


 それが何を意味しているのか。

 その時の僕は、溶けかけたソフトクリームに夢中で、深く考えることはなかった。





 秋の公園で、色の染まった落ち葉を見ながら、君と話した。


 誰も来ない、公園のはずれ。


「世界のどこかで降っている雨を君は自分のことのように思うんだね」


 僕はなじるように、言葉を吐く。


 それを咎めることなく、君は困ったように笑う。


「雨は誰にでも等しく降るよ」


「それなら今僕に降っている雨は、君にとって関わりのない雨なのかな」


 遠い所へ旅立つ君を僕は引き留めたかった。


 行かないで。

 そばにいて。


 約束はしていない。

 けれど、きっとお互いにその事は理解していた。


 そう思っていたのに。

 君はあっさりと大学を休学して、パスポートを手に入れた。


「……今、君に雨が降っているなら、それは私には冷たい風にしかならない」


 別れの言葉。

 僕は涙をこぼした。


 ぽろぽろと、みっともなく。


 かさり、と音がした。

 ああ、これは君が立ち去る音だ。


 僕は心を守るために、身を固くした。


 さよならと、言えないまま別れるのか。


 僕は、自分の弱さを責めながら、それに甘えて俯いた。


 もう一度かさり、と落ち葉が鳴る。


 ふわり、と僕のそばの空気が止まる。


「季節が変わる時、雨が降って、風が吹く」


 見上げると、髪を耳にかき上げながら、顔を近づける君の瞳。


 強い光。


「君が泣くと、私は悲しい。それは本当のこと」


「それなら」


「泣いて欲しくない。でも、君はこの涙で消えてしまうような人じゃないって、知ってるから」


「それは」


 ひどい殺し文句だ。


「君が泣いた分だけ、私も泣いているって、君は知らない」


「それでも行くんだろう?」


「うん。泣いて雨が降ったら、それは季節が進むことだから」


 だから、一緒に進もう。


 それを言わずに僕に伝えてしまう君に、僕は一生勝てないと思った。


 ぐすぐすと泣く僕の手を繋ぐと、君はある木の下へとひっぱる。


 そして、ハート型の落ち葉を拾うと、鼻にあてた。


「うん、これがいい」


 嬉しそうに笑う君。

 その一葉を君は丁寧にハンカチに挟み、鞄にしまう。


(かつら)の葉っぱは、ハート型で甘い匂いがするから」


 泣いている僕に、匂いはわからなかった。


「君が恋しくなったら、この葉っぱを見るから」


 だから恋しくなったら、この木に逢いに来いと、その目は言っていた。






 落ち葉を濡らす雨が降る前に、君は旅立った。

 僕は見送った後に、ひとりで公園に来た。


 辿り着いたのは、(かつら)の木の下。

 近づいただけで、甘い匂いがする。


 恋の匂い。

 君の匂い。


 息を吸い込む。


 そして、笑う。


 これは、ひどい。

 絶対に秋になったら、君を思い出してしまうじゃないか。


 落葉(らくよう)が続く間、僕は何度もそこに通った。

 まるで逢瀬をするように。






 遠くで雷が鳴っている。


 あれは雨の知らせ。


 どこかで雨が降って、風が吹いて、季節が変わる。


 君が旅立って、夏をひとりで過ごして、また秋が来る。


 エアメールの書き方も、出し方も、もう慣れた。


 (かつら)の一葉の代わりに押し花を送る。


 返事はあまり来ないけれど、思いがけないところからも知らせが届く。


 君は遠い国の人のために、時間を惜しんで日々を過ごしている。


 少しだけ、その遠い国の人たちに嫉妬してしまうけれど。


 それ以上に、君を誇りに思うから、遠い国の人たちに、自慢したくて仕方ない。


 僕の大切な人はすごいだろうと。


 あの時、君が降らせた雨が止んだ後、僕は新しい季節に足を踏み入れた。


 君が戻ってきたら、その風景を見せてあげる。


 君が遠い国で成し遂げたことに比べれば、とても小さなことだけれど、それなりに僕も頑張ったんだ。





 明日、雨が止んで晴れたら、青空の下でハート型の葉っぱを見つけに行こう。


 それは君が僕に残した呪い。

 ちゃんと解呪してくれる日がくるのを、僕は信じているから。


 ここで待ってる。

 遠い空の君に、雨が降りますように。


 そして、早く季節が変わって、君に会えますように。


 僕は遠い国の空の下にいる君に、呪いをかける。


 雨が降りますように。

 風が吹きますように。

 新しい季節になりますように。


 一巡りしたら、君と会えますように。


 世界のどこかで雨が降るなら、それは巡って雨が降ったところに、花が咲くから。


 僕たちは、進んでいける。

 世界のどこかへ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ハート型の葉っぱを呪いと受け止め、解呪を信じる主人公が良かったです(*´▽`人) 詩のような表現、言葉の並びと響き、楽しませていただきました! 秋の散歩に出て、葉を探したくなるような素敵な…
[良い点] 詩的で、雨や風、季節の巡りを感じる素敵なお話でした。 二人がまた会える日を願いたくなりました。
[一言] 良いお話、ありがとうございました!
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