76話. えっ!? 放水魔法を習うのにお金が必要なんですか?
翌日。
宿の食堂で朝食を取った後、すこし休憩を挟み、それから旅の目的である石碑へと向かった。
不安材料だった石碑の場所は、朝食の際に宿の奥さんが丁寧に教えてくれていたのだ。
「これが石碑の場所か!」
わざわざ遠くサンローゼからやってきただけあって、感慨もひとしおだ。
だが、何やら様子がおかしい。
石碑の周囲はぐるっと広く高めの塀で囲われ、小さな出入口の前には門番のような槍を持った男二人組がいる。出入口の脇にはこれまた管理小屋のようなものが立っている。その小屋の中には、いかつい顔つきのおばちゃんが座っている。そして、今、彼らの熱い視線が我々に注がれている。
はは~ん。
分かったぞ。
これは監視だ。
もちろん石碑の。
「すいません。石碑を見たいのですが、こちらでよろしいでしょうか?」
シンディーが物腰柔らかに門番らしき男二人に話しかける。
「あぁ。ここで合っているぞ。お前ら、放水魔法が目的だな?」
「はい、そうです」
「なら、ここでは入場料が必要だ。一人につき1万クラン」
「えっ、1万クラン…… ですか??」
値段を聞いてシンディーが取り乱している。
確かに高額だ。
とはいえ、納得できる価格ではある。
何しろ魔法が習得できる訳だからな。
考えてみれば、そもそもここは観光地ではないのだ。むしろ、魔法が手に入りさえすれば、二度とこの地を訪れることはない。リピーターはおろか、一回こっきりの場所。そう考えれば、取れるだけむしり取ろうとするのは当然だろう。
どうやら客は我々しかいないようだ。そんな状況でもこの金額であれば元が取れるどころか、前に立っているだけで大金が転がり込んでくる。言うなれば、濡れ手に粟のぼろ儲けの仕事のはずだ。なるほど、足元を見やがる。
そんな金額でも一応は納得しかけていたが、次に男の言い放ったセリフで我々は完全に言葉を失った。
「おっと、言い忘れていたが、石碑の解説は別料金で2万だ。しめて一人3万だな」
あー。
なるほど。
……そうか。
すっかり忘れかけていたが、遺跡の石碑で魔法を習得するには条件があるのだ。ずばり、『石碑に書かれている内容を理解していなければならない』というもの。つまり、よく分からない言語の石碑を単に眺めただけでは魔法の習得は不可能ということである。
思い返せば、俺が『日常系火焔魔法』を習得した時には石碑の横にそれを翻訳した立て看板があった。まぁ、俺にとってはチラ見するだけで習得できるので、翻訳など無くても支障はない。
だが、このような魔法取得が目的でわざわざ来ている手前、翻訳文を断るにはそれなりの理由付けが必要だ。ましてや習得に必須な翻訳を必要とせず、単に遺跡を見に来ましたというのはちゃんちゃらおかしい。したがって、いくら値が張ろうとも、少なくとも俺は金を支払わなければ怪しまれる。
さて、俺が気になっているのはフロウとシンディー。
彼女らは日常放水魔法を使えるので、その翻訳は必要ないはず。
問題は戦闘放水魔法の分が用意されているかどうかだが……?
そんな自分の心を見透かすように、フロウが質問する。
「質問よろしいかしら? その翻訳とやらは、戦闘放水魔法の分も含まれているのかしら?」
すると、さっきまで小屋にいたおばちゃんがあからさまに嫌な顔をしだす。
いかつい顔がさらにいかつくなった。
「ないよ」
えっ、まさかの一言だけ?
するとおばちゃんが不意に2ヵ所、指さした。
「あそことあそこに碑が見えるじゃろ? 手前は日常魔法、奥のが戦闘魔法といううわさじゃ」
たまらなくなったシンディーが思わず口を挟む。
「すいませんが、【うわさ】とはどういうことでしょうか?」
「そのままの意味さね。誰がいいだしたのか知らんが、『戦闘魔法』が使えるようになったというもっぱらのうわさじゃ。わしら村のもんは誰一人として使えるようにならんかったがの」
これを聞いてガックリと腰を落とす二人。
しかし、『うわさ』自体があるのは興味深い。
いや、きわめて重要な気がする。
「つまり、『戦闘魔法』の翻訳はないということですね?」
ダメ押しの質問だが、もちろん撃沈した。
今のやり取りで二人の腹は決まったようだ。
お金を払わず、当然、中にも入らず、石碑を見ない。
そういう決断だった。
まぁ、分からなくもない。
この入場料に相当する金額は日本円で言えば約10万円といったところ。とてもじゃないが、「ちょっと観光で……」という額ではない。
フロウもシンディーも俺を待ってくれるというので、3万を支払い、中に入る。本当は翻訳など必要ないので、実に無駄な出費だ。
そして、翻訳文を張り付けた板切れを持ったおばちゃんも一緒に付いてくる。だが、けっしてそれを渡そうとはしてこない。おそらく紛失か盗難を恐れているのだろう。いちいち警戒レベルが高い。
日常系放水魔法の石碑はど真ん中にある。
石碑の前に立ち、それを見つめたところ、いつものようにピポン!と頭の中で音がする。
「日常放水魔法(中級)を取得しました」
よし!!
盛大に頭の中でガッツポーズをする。
あー、でも『中級』なのか……。
これまで当たり前のように『超級』の資質を取ってきただけあって、やはりショックを隠し切れない。ガックシ。
このタイミングでおばちゃんが翻訳文を渡してくる。とりあえずざっと読んで、ガッツポーズの演技をして、仰々しく礼を言う。残念ながら、翻訳文を見ても『上級』や『超級』にクラスチェンジした様子はない。
ちなみにこの翻訳文とやらだが、自分はまったく信用していない。内容が間違っているかもしれないし、抜けがあるかもしれないからだ。まずは原典に当たるというのが俺の基本スタンスである。
すると、おばちゃんが翻訳文を返せという仕草をする。
まだ出口に戻っていないどころか、石碑の前なのにちょっと面倒だな。
分かった分かった、と思わずやや強引に突き返す。
だが、この翻訳文、俺には未知の文字で何が書いてあるのかさっぱり分からない。
たまにそういうことがある。
ちなみに石碑の文字も分からない。
しかし、そうは言っても、現に魔法は習得できている。
まったくの謎だ。
結果オーライだが、毎度、不安にならなくもない。
さて、ここまでは順調だが、問題はここからだ。
そのうわさの戦闘放水魔法の石碑は何としても見ておきたい。
とはいえ、予想以上にガードが固い。
「せっかくお金を払ったのだから、あの石碑も見たいのだが、いいか?」
断られるかもと思ったが、そんなことはなかった。
素直に「ええよ」と答えてくれたおばちゃんに感謝。
だが、やはりおばちゃんがいちいち付いてくる。
あまり気持ちの良いものではないな。
戦闘魔法の石碑は塀に近い奥まったところにある。
その扱いの悪さからみて、地元民でさえ魔法が習得できていないのはどうやら本当のことのようだ。この微妙なガードの甘さもそれが理由なのだろう。
石碑の前に立ち、しげしげと眺める。
「戦闘放水魔法(超級)を取得しました」
よしっ!
今度こそ、よっしゃーー!!
こっちは『超級』を習得できたようだ。
しかし、魔法の習得をこのおばちゃんに勘づかれないようにしなければ。
細心の注意を払って、ポーカーフェイスをしながら、戦闘魔法の習得をバレずに何とか出入口まで戻ってきた。門番の男らにもお礼をして、待ってくれていたシンディーとフロウに合流する。
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