45話. 伝家の石板を見ると何かが起こる、それとも起こらない? それが問題だ
こうして模擬戦は終わった。
何と俺は無傷だ。
もちろんかすり傷程度は負ったが、重い木剣での真剣勝負にしては上出来だろう。
さすが身体強化スキル。
その力が無かったら無謀な勝負だった。
そしてナイス、俺の分析と判断。
直前に服用していた『高級ポーション』にも助けられた。
まだ土俵の外がざわめいている。
それにしても、ミスディレクション狙いで首尾よく上手くいったから良かったが、そうでなければ武器無しで戦う羽目になっていた。何しろ唯一の武器の木剣を場外に放り投げた訳だからな。余裕で勝てたように見えて、その実、かなり危うい勝負だったに違いない。
既にダメージを受けて膝をついているラートを助けに観客の何人かが土俵に入って肩を貸している。
「サイ!!」
「サイさん! 怪我はない!?」
ノエルとユエが駆け寄ってくる。実の弟であるはずのラートのことをほとんど気にかけていない様子なのが面白い。まぁ、彼は頑丈そうだし、これくらいは日常茶飯事なんだろうな。
「ありがとう、2人とも。怪我はない。俺は大丈夫だ」
「しっかし、本当に勝っちゃったよ。さすがサイさん!」
「良かった。とにかくこれで石板が見れるはず…… よね!?」
少し遅れてオオババ様と側近が近づいてきた。
「ちっと曲がった戦い方じゃったが、見事な戦いぶりをしかと見届けたぞ。何はともあれ勝ちは勝ちじゃ。おめでとう!」
さらに遅れてラートが肩を支えられながらやってきた。
「お前、ヒューマのくせになかなか強かったぞ。いい勝負だった!」
「そちらこそ。正直、どっちが勝つか分からない位の試合だったと思う。次戦ったら負けているはずだ」
「それでも勝ちは勝ちだ。戦いに“次”は無いんやで」
なぜに関西弁。
しかしなるほど、確かに一理ある。
戦いに負けるということは『死』を意味するのだから。
◇
さて、オオババ様のご自宅に戻り、会議の続きが始まった。
「模擬戦の結果は見ての通りじゃ。したがって、石板の閲覧を許可しようと思うのだが、皆の者、どうじゃ? それに見たところでヒューマにスキルの習得はできまい」
特に後半の部分を聞いて、皆が一様にうなずいている。というのも、石板に書かれている文字は古代に使われていた獣人族の言語であり、自分のような人間には内容が読めないらしい。
「オレからもいいか?」
ラートが口を開く。
「残念だが、ここでオレの負けを認めなければならん。自分から模擬戦を言い出しておいて無様だが、オレもオオババに賛成する」
おっ、ついにラートが折れてくれた。
これが決め手となり、異議なしという形で無事、石板の閲覧許可が下りた。何はともあれ良かった良かった。
「ちょいと待っておれ」
しばらくしてオオババ様が後生大事にボロボロの木箱を持って戻ってきた。
「これがそうじゃ」
「これが…… ありがとうございます!」
オオババ様がゆっくりと木箱を開けると中からボロボロの布の塊が出てきた。その包みを解いていくと石板が現れた。
ははぁ。これがそれか!!
正座して目の前に相対した瞬間、ピポン!と例によって頭の中で音がした。
「スキル 魔力覚醒を取得しました」
よしっ!! 思わず心の中で盛大にガッツポーズする。この瞬間のためにわざわざこんな辺境まで足を延ばしたのだ。嬉しくないはずがない。とはいえ、表向きにはもちろん冷静さを装う。
しかし問題はここからだ。
俺が取りうる選択肢は2つ。
すなわち、スキルを習得できたことを皆に伝えるか伝えないか、その選択がきわめて重要だ。だが、既に腹は決まっている。
「なるほど、確かに素晴らしい品ですね。何となく【力】を感じる気がします。全く見たことのない文字や絵柄ですが、興味深いものを見せて頂きました。ノエルさんユエさん、そしてオオババ様のご先祖様が偲ばれて、不思議な気分になりました。ここまで来た甲斐があったというものです」
とりあえず、模範解答としてはこんなところだろうか。
皆、しんみりとした表情になっている。
とはいえ、真実とは正反対の事柄を伝えてしまった。
結局のところ嘘をついてしまうという選択を取ったので、多少の罪悪感が残るが仕方ない。
とにかく代々伝わる石板を見たことにより、特有のスキルを身に着けたかそうでないかという点は天と地ほど差があるだろう。それにオオババ様が発言したように、獣人族が辛うじて読める謎の古代言語をその辺の人間がいとも簡単に理解できるというのはきわめて怪しいことなのだ。
「飯だぞーー!!」
ちょうどいいタイミングで夕飯が出来たようだ。石板の話はこれで終わりになり、食事の時間になった。
俺たちが狩ってきた最高級食材の『ベリー・フェレット』は蒸し焼きになって登場した。
どういう料理かと言うと、香辛料をまぶされた生肉がトンベリーツリーの大きな葉で巻かれたまま、小一時間ほど蒸されたものだ。それに特製のソースがかけられている。
既に葉は取り除かれ、肉はかなり小さく切り分けられている。
この魔物は小さいサイズで肉が少ないのもあるが、それ以前に栄養価があまりにも高すぎるため、そもそも肉をたくさん食べては駄目だという。だからこその一口サイズの肉片なのだ。
いわばキャビアやトリュフといった珍味のような位置づけなのかもしれない。何分この食べ方なので、人数分はきちんとそろっているのが良かった。
さっそく一口頂く。
う、うまい。濃厚でジューシー。それでいて獣臭さは感じない。柔らかい肉の触感が香ばしいスパイスと合わさり口の中に広がる。そして後味を引き立てさせるソースの風味が溢れ出る肉汁と絡まりたまらない。
まさに絶品というのに相応しい一皿だ。
実はこのベリー・フェレット。狩ってからすぐに正しい手順を踏んで血抜きをして、沢の冷水でしっかり熱を落とさないとこの味は出ないらしい。ノエルとユエのお陰で最高の状態の肉料理を頂けた。
この他には山や川の幸からなる料理がいくつか。
とはいえ、事前に我々が来ることを知らされていなかったため、有り合わせでサクッと調理されたものだ。
それでもありがたい。
そしてどれもこれも口に合う料理ばかりで嬉しい。
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