129話. 素晴らしい料理を前にして舌鼓を打つ余裕がない件について
晩餐会の会場は大きく、豪華絢爛、はたまた別世界のようだ。これはまた凄い。
アンラの家のものより装飾の力の入れ方のレベルが違う。
これはブロドリオの趣味というよりかは、『力の誇示』の意味合いが強いはずだ。何しろ晩餐会というもてなしの場だからな。
あまりの豪華さと迫力にすっかり気を取られてしまったが、よく見るとブロドリオのご家族や関係者が一堂に勢ぞろいしている。ただしオベロンの姿は見えない。
あぁ、これは罰を受けているな。
飯抜きとは可哀そうに……。
俺としてはフランボワーズ家がきちんと決闘の落とし前を付けてくれているのは嬉しい。だが、それで余計に恨みを買って後で面倒なことになるのだけはごめんだ。
何事も限度がある。
と言っても、この空間に俺とオベロンが一緒にいるというのは確かに相応しくないだろう。
まぁ、オベロンには大人しく冷や飯を食ってもらうことにして、俺はありがたく贅沢な食事を頂くとしようか。
礼儀作法の問題だけ何とかなれば、あとはもうこっちのものだ。
長テーブルに腰かけたのはいいが、アンラの家とは違って料理が出そろっていないのが気になった。空の食器は既にいくらか置かれているが、肝心の料理が入った皿の配置はスカスカだ。
すると、ブロドリオが執事に何やら合図を送った。それを境に次から次へと料理が運ばれてきた。
どうやら、前もって置かれていた料理は冷めても美味しい類のもので、温度管理が重要そうなものはタイミングを見計らっているとみた。
この世界でそういう気遣いを初めて体験したかもしれない。
そろそろ食事開始かというタイミングを見計らって、いよいよブロドリオが挨拶を始める。
「諸君。本日は円滑な舞踏会の開催にあたって大変お世話になった。領主として心から感謝申し上げる」
……という仰々しい冒頭から始まり、俺には関係ないと高を括っていたところだったが、やはり被弾する羽目になった。
「……だが同時に、我がフランボワーズ家が恥をさらした痛恨の出来事もあり、そこに列席されているサイ殿とアンラ嬢には深くお詫び申し上げる」
そう言って、ブロドリオが深々と頭を下げてくれる。
いや、俺としては謝罪については既に受け入れているはずなのだが。
それに、先ほどは研究所で大変お世話になったから、もはや決闘のことなど、正直どうでもいいんだが。というか、むしろこちらが礼を述べなければならないだろう。
詳しくは割愛するが、結局、礼儀云々の前にこの方々に対して『すぴ~ち』をしなければならなくなった。
それからアンラが俺よりも立派な祝辞を述べてくれたので助かった。これで俺のショボい内容の記憶が薄れてくれることを祈ろう。
さて、挨拶が終わり、いざ実食の段になった。
むろん俺が知っているのはアンラの家で習った簡単な作法のみ。ここまで食器や料理が多いと対応できない。
どうしたものか。
すると、アンラがおもむろに食事を開始した。
それだ!
そうだった。
今こそ俺の特技とも言える『隣人トレース』を発動させる絶好のタイミング。
言わずもがな、俺は人の真似事だけはそれなりにできる。
元はと言えば、小学校時代の朝のラジオ体操で両隣の生徒の動きを模倣したところから始まった『隣人トレース』。
今の俺ほどの腕前になればコンマ数秒ほどの遅れだけで他人の動きをほぼ完全に模倣することさえ朝飯前なのだ。これは、遅れをほぼ怪しまれないレベルのコピーとなる。
ということで、アンラと俺の隣にいるよく分からない方の動きの両方をミックスさせ、違和感が出ないように食器の取り方、食べる順番、実際の食べ方などを完コピしていく。
結局、豪勢な料理を目前にしながら、両隣に意識を取られ過ぎてしまい、ほとんど味のしない晩餐会だった。まぁ、口に入ってしまえば栄養的には同じだよな、と自分を慰める。
食事の後に、俺の「素晴らしい礼儀作法」を何人かに褒められたので、やはり見ている人は見ているのだなぁ、と思った。やっぱり負担の大きい隣人トレースをするだけの価値はあったな。
こうして晩餐会はお開きとなった。
不幸なのか幸いなのか、アンラの家はここから近く、ブロドリオの邸宅で宿泊ということにはならなかった。
さすがに色々なことが起き過ぎたのと、緊張感もあるので、ここでは心が休まらないだろう。
無事にアンラの家に戻った我々は御父上ことシュタイナーに挨拶をして、風呂に入る。
そしていざ寝ようと思いきや、そのタイミングでアンラが唐突に声を掛けてきた。
「き、今日はその、よくやったわね。サイにしてはとても頑張った……と思うわ」
なぜそこで恥ずかしがるのかよく分からないが、どうやら褒めてくれているらしい。
まぁ、後半の『サイにしては』という部分が引っかからなくもないが、『とても』を付けてくれている辺り彼女の評価としては上々のようだ。
「いや、こちらこそダンスに付き合ってもらって大変助かった。礼を言うのはむしろ俺の方だ。それにしても首尾よく上手くいって良かったな」
「今回ばかりは、ほんっとーに肝が冷えたわ。まぁ、とにかくお互い無事で何より。ではまた明日。おやすみなさい」
言いたいことを一通り言い終えたと思ったら、急に去っていた。まぁ、彼女にとっても俺がいたことで救われた面があるのかもしれないな。実にアンラらしい褒め方だ。
こうして疲労感だけでなく、充実感の余韻に浸りつつ就寝した。
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