107話. 道中でまたもやトラブル発生。えっ、しかも今度は同時発生ですと!?
今、俺たちは馬車に乗り、アンラの住む邸宅へとゆっくりと進んでいる。
当たり前だが乗っているのは馬車なので、今回は特に体を動かさなくてもいい。さすが文明の利器。楽だし便利だ。
天気は良好。
周辺の景色も美しい。
まるでピクニックに行くかのような錯覚を覚えるほどだ。
とくに周辺は田園風景が広がっている。
目の保養にはうってつけだ。
さて、この田園地帯を抜けるとちょっとした森に突入した。この辺り一帯はあまり危険なエリアではないらしい。
だがそれでも、今回は以前の『ギガ・マンティス』の件もあるので、念のため2人も護衛が同伴している。
この森に分け入ってしばらく進んだ頃に『事件』が起こった。
なんと馬車が道の泥にはまってしまい、完全にスタックしてしまったのだ。ちょっと、これはまずい。というのも、何しろ場所が場所だからだ。いくら危険性が低いといっても、やはり魔物が心配だ。早く何とかして脱出しなければ……。
まずは車体を軽くするために一旦全員が降りて、護衛二人と俺が後ろから馬車を力いっぱい押してみる。
ダメだ。
馬車は泥に深々とのめり込んでいる。
こっそり身体強化スキルを使っても力が足りていない。
それに足元が悪いので滑ることこの上ない。
そもそもぬかるみもあって、押そうにもあまり力が入らない。
そんな我々をよそに、ついに恐れていたことが現実となった。
「おい、あれは何じゃ!」
ラクストンが林の奥を指さす。
何だろう。灰色の巨大な物体が4つほど見える。しかも動いている。
う~む。
残念ながら、これまでの経験上、あれは魔物に違いない。どうして、よりによってこのタイミングなのか。まさしく泣きっ面に蜂といった最悪な状況だ。
護衛が叫ぶ。
「これより戦闘態勢に入る。皆様は馬車の後ろに隠れていてください」
「いや、俺は冒険者だ。ここは一緒に戦おう」
異世界に来た当初ではありえない言葉が俺の口から飛び出していた。それだけ魔法やスキルを得た今ではそれらが自信に繋がっているのだ。
「それは助かる。お客人にこんなことをさせてしまってかたじけない」
そんなことを話しているとついに奴らが姿を現した。
「ありゃ、『ビッグ・スパイダー』じゃないか!」
こっそりと馬車の影から『魔物』の様子を伺っていたクロナラが小声でそう呟いた。
確かに超巨大なクモが4体。
それぞれが同じ位の大きさで、体長は2メートルといったところか。
う~む。
前衛として護衛二人は馬車の前方に立ち、道脇から近づいてくるクモを迎え撃つ体勢に入った。
「これって強いのか?」
まだ数十秒は余裕がありそうだったので、近くの護衛に思わずそう訊いてみる。
「ビッグ・スパイダーはCランク中位の魔物だからそれほど強いわけではないですが、一度に4匹となると……。これはちょっとばかり厄介かもしれません」
なるほど。状況が呑み込めた。
どうやらそれほど強くはないが、一度に複数を相手にしなければならないのが今回の辛いところなのだろう。
ピューーーー
「あっ!」
こいつはビックリたまげた。
まだ護衛と十メートルほど距離が離れているのに、『ビッグ・スパイダー』は糸を噴射して護衛一人の剣を奪い取ってしまった。なんと器用な!
いや、それよりもこいつは厄介だな。
あの魔物は剣を武器と認識したうえで、しかもそれを一発で奪い去ったということなのだから。
見た目がクモだから知能が低いと高を括っていたが、もしかすると大渓谷で倒した『スマート・ウルフ』よりも頭が良かったりするのだろうか?
とにかくこいつらは危険だ。
早く倒してしまおう。
「ここは俺が引き受ける!」
そう高らかに宣言した。
……というのも、既に護衛1人の武器は奪われてしまっており、ここはすぐにでも対処した方が無難だからだ。
そうして護衛二人の前に立った俺は、一瞬だけ手を前に出して薙ぎ払う仕草をした。
バシュ、バシュ、バシュ、バシュー!
次の瞬間には、手から連続して高速の火球が4発飛び出し、『ビッグ・スパイダー』は全て瞬殺されていた。
「おおっ!!」
「凄いものを見てしまった……」
護衛二人がそう呟いた。
今回は戦闘火焔魔法の連続発動を試してみた。
それも応用編だ。
前にパーティーを組んで『ホーン・ディア』を仕留めた経験が見事なまでに生きた。
ここで試したのはごく普通の『ファイアー・ボール』に過ぎないが、問題は発射した後。
手から放出されたばかりのファイアー・ボールは射出速度を重視していて、照準は大体しか合わせていなかった。しかし俺が放ったのは『曲がる火球』、つまりは変化球だ。
そう。火球の進行方向をイメージすることで、4発すべてを異なる的にほぼ同時に命中させたのだ。つい最近までこんな芸当など出来る訳も無かったが、こっそりと練習していた成果が表れた模様。これは嬉しい。
やっぱり練習だけでなく、こうして実践で見事に決まるのはモチベーションアップに繋がるな。
ちなみに『ディメンション・カット』は俺の切り札なので封印中だ。もしかすると弱点があるかもしれないので、むやみやたらに人前で使うことは控えたいところ。少なくとも、こんなちんけな相手に使うような代物ではない。
こうして魔物は容易く片付いたが、もう一つの問題は残ったままだ。
その問題とはスタックしてしまった馬車。
これが何とかならないと、前へと進めない。
早く解決しなければ、今度もより強い魔物に襲われるとも限らない。
う~ん。
どうしたものか?
「あっ!」
またもや閃いた。
「どうしたんだね、サイ?」
クロナラが尋ねる。
「いや、何、ちょっと妙案を思い付いてな」
そう答えると、俺は馬車の土台の骨組みにしっかり乗っかるように空間魔法で平たい直方体を生成し、上へと押し上げた。
「おぉっ!!」
あっという間に馬車は泥のぬかるみを脱して、再び走れるようになった。
「これは凄い!」
「ウソだろ!?」
今の様子の一部始終を見ていた護衛もあっけに取られている。
「今見たことは内密にしておいてくれ。空間魔法の応用だ」
こうして、二つの危機を何とか乗り越えた我々は無事、アンラのお屋敷までたどり着いた。
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