105話. まさかのベーシックインカムの誕生。ここは本当に異世界だよね?
数日後。約束通りに俺はまた例の喫茶店『ステラ』を訪れた。
今回は単なる客としてではない。
何しろ、ひょんなことから店の名物を作るという大役を仰せつかってしまった。
言い出した手前、とりあえずやるだけやってみよう。もし仮にアイスクリームが出来れば俺も嬉しい。とにかく、冷たいものが食べたいときにここに来れば解決する訳だからな。
「いらっしゃい。よく来たね。あらまぁ、そんなに大荷物で!」
「とりあえず足りない材料を色々と持ってきた。これが『バニラン』で、それが風味を付けるための香料『ガラダモン』だ。あと、濃厚なコクを与えるために『マップラカルナ』の油脂も念のために入手しておいたぞ」
バニランというのは大きなつる植物の果実を乾燥させて作られた香料の1種だ。
しかし、これまで特に重宝されてこなかった地味な食材と言えるだろう。それゆえ、価格も安ければ、それほどあちこちで大量に見つかる訳でも無く、流通量もけっして多いとは言えない。
俺がこれに目を付けたのは、まさしくバニラのような匂いがすることに気が付いたからだ。実際、名前がバニラっぽいので、大丈夫だろう(どんな自信だ!)。
「おぉ。こんなに大量に! これは助かるよ。ありがたや」
「それじゃあ、さっそく取り掛かるか」
目の前に原材料を並べながら言葉を続ける。
「アイスクリームは料理といっても、しごく単純なものだ。簡単に言えば、かき混ぜる、そして放置というのが基本になるから、さっさとやってしまおう」
いくつか配合や手順を変え、同時並行で7種類の異なる『アイスクリーム』を作っていく。
◇
そして一時間半後。
試行錯誤の後、ようやくその中の2つの候補だけがそれらしき物体へと変貌を遂げた。
とりわけ完成度が高かった方を手に取り、いざ、実食。
「おぉ。おおー、甘い! 冷たい! 何さね、この食感!! 確かにこれは美味さね。う~ん、冷たくて甘い変わった菓子だ。シャリシャリと変な音がするのも変わっているねぇ」
「ああっ、そんなに一気に食べると……」
「うぅ、頭が痛い……」
「そうなるので…… って、遅かったか」
「こんな凄いレシピを教えてくれて、どうお礼をすればいいのやら」
「俺としては特に謝礼は必要ないが……」
「いや、それはダメだね。こんな特級な情報を教えてもらっておいて、さすがにそれは申し訳なさすぎる。そうさね……。売り上げの1割を渡すっていうのはどうだい? これはウチの看板メニュー間違いなしだからね! 仮に売り上げが無かったとしても、毎月1千クランは保証しようじゃないか」
「それは有難い。こちらにとっては定期収入になるってことだな」
「だが、それだけではちと寂しいかも……。あぁ、思い付いた! このメニューの名前にサイさんの名前を入れようじゃないか!」
「なるほど、名前か……。一応、『アイスクリーム』という呼び名があるのだが……」
すると、ローラがポンッと手を叩いた。
「それなら、『サイ’s クリーム』、つまり【サイズクリーム】として売り出すまでさね!」
ということで、俺の名前を冠した『サイズクリーム』なる甘味がこうして売り出されることになった。
「だが、1つだけ問題があるな。バニランが足りない」
やはりこのバニランが有るか無いかでは、風味というか全体の質に大きく影響が出てしまうことが判明した。だが、バニランはこれまであまり注目されておらず、大量に入手するのは困難だ。
「う~ん、困ったねぇ」
「そうだ。ギルドに依頼を出そう!」
やや高めの値段で発注したところ、わずか数日もしない内に大量のバニランが集まった。Fランク冒険者にとっては、臨時とはいえ良い収入源になったことだろう。
1週間後、俺が再び店を訪れると状況は一変していた。
「お、俺の憩いの場所が……」
アイスクリーム、もといサイズクリームの人気が出過ぎて、店内が客で埋め尽くされていた。めちゃくちゃ繁盛しているではないか。
こうして俺の知識が役に立ったのは嬉しいが、残念ながら俺が気に入っていた『静かな空間』は失われてしまった。これは完全に想定外の事態だ。
とはいえ、逆に言えば俺の儲けが多いことを意味する。何もしなくても自動的に不労所得が入ってくるという、俺だけのベーシックインカムの世界がここに誕生した。
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