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多分に静か

骸樹

作者: 桜田咲

 俺はライトの電源をパチリとつける。光が照らす先には黒々とした森が広がっていた。森は異様な迫力があり、ライトの光をも飲み込んでいくようであった。


 俺は身震いをすると、森へ足を踏み入れていく。


 この森は自殺の名所として有名であった。幽霊や怪異の噂が絶えない曰く付きの森である。


 そんな森に俺がわざわざ来たのはオカルト雑誌の取材の為である。夜の森で『らしい』写真でもとってやろうということだ。そして『らしい』記事を書き上げる。


 我ながら馬鹿げた行為ではあるが、これも仕事なのでやらない訳にはいかない。


 森の地面は湿っていてふかふかとしていた。帰りの目印として枝にリボンを結びつけながら、俺は森の奥へ奥へと歩を進めていく。そして程なくして俺は立ち止まる。


 暗闇の中、ライトの光で切り取られた空間に、一本のロープが括られていた。死体は無かった。


 ーー死体を捜す、そういうマニアがいると聞いたことがある。多分そういう人たちに発見されて、警察に回収されたのだろう。


 俺は持ってきたカメラで写真を撮る。特に変なものは映り込まなかった。ただ、恐らく、過去に人が自殺した場所であろうということで妙な迫力があった。


 早々に『らしい』写真が撮れて目的を果たしてしまった俺は、周囲の写真も何枚か撮ると、結びつけたリボンを辿って引き返して行く。


 ……どのくらい歩いただろうか。俺は柔らかな土を踏みしめ、ひたすら森を進んで行く。


 俺は確かに、リボンを辿って歩いていた筈だった。それなのに何故か、いつまで経っても森の外に辿り着かない。


 足が棒のようになってくる。地面にズブズブと足が沈んでいくような感覚を覚えた。俺はゾッとして歩を止める。


 地面は何の変化も無かった。俺は急に疲労が溜まるのを感じ、地面に座り込む。若干湿っているがひんやりとして気持ちいい。


 これから俺はどうすれば良いのだろう。誰かに連絡も出来ない。携帯は圏外であった。だからこそわざわざリボンを目印にして歩いていたのだ。


 1番、現実的な解決策は朝まで待つことだ。この森は大体、4キロメートル四方、日が出てから落ち着いて探索すれば永遠に迷い続けることは無い筈だ。


 けれども、嫌な予感がする。初めに森に足を踏み入れてからずっと続いている感覚、何か、深淵の底を覗くような感覚だ。


 もしかしたら、俺はもう後戻りの出来ないところまで来てしまったのでは無いか、俺はふとそんなことを考えて冷や汗を流す。


 じっとりとした空気が纏わり付いてくる。俺は重い腰を持ち上げると歩を進める。兎に角、前に進まなければ捕まってしまう。


 やはり、馬鹿なことをしたなと思う。実をいうと俺の働く業界では時々、『本物』に遭遇する人が現れる。或いは、現れない。


 不意に、人が失踪してしまうような危険な業界、それをエンタメとして提供しているのだから全く世の中狂ってる。


 俺は考え事でひたすら気を紛らせながら泥が纏わりついたように重い足をズルズルと引きずり歩く。


 息が荒くなっていく。何かがそこかしこから、こちらを狙っている。


 もう一歩も動けないと思った時、俺は光を見た。


 心臓が早鐘のようになる。俺は足を縺れさせながら光に駆け寄る。


 俺は決して、それを救いの光と思った訳では無かった。怪しい光だった。見るものを決して離さない魅惑の光だった。


 森の中、木々が散逸になるギャップの中央に一本の異様な樹木が生えていた。一体、何処に光源があるのか、自ら青白く輝いている。


 樹木の先端についた実、あれはムクロジュだろうか。青々とした丸っこい実が木々に実っているのが見てとれた。


 しかし、そんな考察を吹き飛ばす程、この木には怪しい魅力があった。


 俺はごくりと唾を飲み込む。今の俺の感情を理解出来る者はこの世にそう多くは無いだろう。


 俺は興奮していた。性的興奮を覚えていた。恐らく1本の木に対して。


 俺は木に抱きついた。ゴツゴツとした樹木の肌に自身の身体を密着させる。

  

 それはこれまでのどの性行為よりも強いエクスタシーを与えた。これが深奥にあるものなのだろうか。


 俺はやはり、もう戻れないのだろうな、俺は快楽と絶望を感じながらそう悟った。


 精魂尽き果てて、俺は地面に倒れ込む。柔らかな地面が俺を優しく受け止める。


 安堵の中に俺はあった。このまま身を任せればもう馬鹿げた仕事をし続ける必要は無いのだ。


 湿った地面が徐々に俺を飲み込んでいく。息が段々と詰まっていく。ゆっくりとじわじわと締め付けられていくのを俺は感じた。


 俺は今、この木食われているのだ。この森に取り込まれていっているのだ。


 俺は一切の身動きをしなかった。そんな体力はもう無かったし、気力も奪い取られてしまっていた。この木は初めから俺を食うために俺を森に招きいれたのだ。


 この木はずっとこうやって生きてきたのだろう。そして俺を食らったことでより一層、艶やかに輝く。


 俺は学生の頃、衝動に駆られて桜の木の根元を掘り返したことを思い出した。結構な重労働だったのにあの木の下には何も埋まっていなかった。


 俺があの時、探していたものはここにあったのか。俺は気づく。


 人を食らい、骸を抱え込む木がここにある。骸樹(むくろじゅ)がここにある。俺は大声で誰かに教えてやりたくなった。

 

 でもそれは最早、叶わぬ夢である。


 俺は静かに眠りに落ちた。


 

 


 


 

 


 


 


 

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