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5.薄着の少年と似合わないブレザーの少女




 他は“手を加えた”って感じでしたがこの話だけは全面的に変えてますm(_ _)m





 私にとって君は高慢で不遜でとにかく鼻持ちならないやつだった。


 そのクセいつもなにかを敵視するような君の目は、誰よりも真っ直ぐに自身の正義を見据えていた。君は誰よりも真っ直ぐだ。真っ直ぐ過ぎて曲がることを知らない。

 君の正義に立ちはだかるモノは例え大人であろうが世間であろうが君の敵だった。君は君の信じる正義をいつも貫こうとした。

 しかし君の正義は多くの時に敗れた。世間や大人達はとてもズルくて君を正面から見ようとせずにいつも煙に巻く。君が勝機を得た論点を都合のいいように別の場所へと摩り替える。君が取り戻そうとしても、大人達の持つ権力はそれを許さない。君は幾度も辛酸を舐める。

 しかし私は知っている。君の主張は概ね正しい。

 担任は彼女を叱るべきではなかったし、あの女教師の考えは間違っていた。


 いつしか君の正義が受け入れられないことが私には腹立たしくて仕方がなくなっていたことに、君は気づかない。きっと君にとって私は大勢いるクラスメイトの、真っ直ぐ過ぎる君を嘲る者の1人でしかないのだろう。

 君は気づかない。君の支持者は実は君を嘲る者以上に多い。君の言葉はいつも核心を衝いていた。だけど誰も君に続いて行動を起こそうとはしない。君のように嘲りを容認する覚悟がないからだ。君は特別だと、君を嘲る者でさえ感じていた。


 その中でおそらくは私だけが嘲りを受け入れてでも少しだけ君のように成りたかった。

 そして私はその機会を得た。


 このクラスでひっそりと行われている陰湿な行為に君は気づかない。君にその行為が知れば君はきっと形振りを構わず彼女をその陰湿から引き摺り上げようとするだろうから、このクラスで君にだけはそれは内密にされていた。君が居る時だけはひた隠しにされていたのだ。

 もしかするとその時だけが、彼女の安堵の時だったのかも知れない。彼女は放課後に君が教室を出ることを少なからず恐れていた。無論、君のせいではない。

 傍観者の1人である私のせいでは多少、ある。


 その日。いつものように君が帰ってからの行為があり、みんなが帰ったあと彼女は1人で泣いていた。それは特別なことではない。彼女はいつも1人だ。服に隠れて目立たない部分に彼女がひた隠しにしようとする青アザがたくさんあることを私は知っている。

 不意に私の心は思考の命じるところから遊離した。躊躇いはあった。しかしある考えが浮かぶ。熟慮の末に、私は心の命ずるままに彼女に手を貸してはならないという暗黙のルールを踏みにじった。


 私が彼女の前に立ったとき、彼女は怯えたように肩を震わせながら上目遣いに私を睨んだ。私がポケットに手を入れたとき、彼女は自分の頭部を守ろうと手を振った。私は無理矢理に彼女の手を取ってそこにハンカチを握らせた。


 私は彼女の隣に座った。彼女はおそるおそるハンカチを開き、匂いを嗅ぎ、そこに陰湿の行為の影が見て取れないことを確認した。当然の警戒だ。と、私は思ったが彼女は恥ずかしそうに目を伏せて一度謝罪を口にした。


 それから一言もなかったのに、私達はたっぷり30分ほどそこに佇んだ。帰る、と彼女が短く言って荷物を取ったので私もカバンを手に立ち上がった。ありがとう 小さい声で彼女は言った。泣き声では、なかった。


 私は君のようになれたのだろうか?



 私にとって予期していた事件が起こったのは次の日のことだった。

 放課後、私は数人の女子生徒に髪を引き摺られ女子トイレに放り込まれた。その場所はほとんど目立たないし騒音が漏れることもほとんどない、教室から最も遠い場所にある。その女子生徒達は私に暴行を加えた。理由は見当がついた。

 彼女と関わったのをきっと誰かに見られたのだ。暇潰しの陰湿な行為の標的は容易く私へと移った。


 それが、私の狙い通りであることに女生徒達は気づかない。


 もっと賢く生きなよ と、したり顔でいう女生徒達の言葉を私は内心で嘲笑う。


 私は傍観者で居ることに疲れていた。見て見ぬ振りは君のすることではない。また君のようにありたい私のすることでも。しかし私は君のように正義を振りかざす力には欠けていた。

 だから、せめて標的を私に移すことで彼女を救いだそうと思ったのだ。


 卑劣な傍観者で居るのは、もうたくさんだ。


 だけど、君はやはり高慢で不遜でとにかく鼻持ちならないやつなのだった。

 私が熟慮し、決意し、行動したその答えをあっさりと踏みにじる程度に。


 先ず始めに、何の冗談なのか? と私は我が目を疑った。


 君が、立っていた。いつも何かを睨み付けるようだった敵意に満ちた視線を私の周囲へとほとばしらせて。平然と女子トイレに踏み込んで来た。


 君の行動は迅速で微塵も躊躇いがなかった。君は大胆に前に出た。まるで皆が君を恐れているのを知っているかのように。そして汚いタイル張りの床に倒れている私の身体を引き摺り起こした。

 何かを言おうとした女生徒の1人を君は強く睨んだ。すくんだように何も言えなくなったそいつ、それから君は憎悪と侮蔑に満ちた視線で私を除く全員を一瞥した。


 意を決したように1人が用具室からデッキブラシを取って君に向かって振るった。君はそれを避けなかった。反射を強引に押さえつけて、わざとくらったように私には見えた。余談だが君は空手をやっていて段位を持っていることを私は知っている。君の手が伸びる。

 その手は真っ直ぐにそれの首を捉えた。手を止めずに君は真後ろの壁にそれの背と頭を同時に叩きつけた。頭だけを叩きつけなかった点に私は君の手加減を知る。だけどその1人は戦意を挫かれて、噎せて、壁に体重を預けたままずり落ちる。

 何かを言い出そうとしていた残りの数人は君のその一撃を前に押し黙った。

 君は小さく 人を殴るときは殴られる覚悟をしろ と君の正義に基づいた言葉をそれらに告げた。


 ふざけんなよ かっこつけが 調子乗んなよ そんな言葉を意にもかいさずに君はそのまま私の手を引いて女子トイレを出た。


 君は高慢で不遜でとにかく鼻持ちならないやつだった。

 そんな君の前で、虚勢を張って抑え込んでいた私の恐怖は弾けた。ぼろぼろと溢れだす私の涙は止まるところを知らなかった。

 こんなに辛いモノだとは知らなかった。君が教室を出たあとの、昨日まで友達だった人々の冷たい視線が。私の覚悟は甘かったのだ。痛感する。


 君はめんどくさそうに後ろ髪を掻いた。そしてぼろぼろに泣く私を横目に見た。

 私はやはり君にはなれなかった。悔しくて仕方がない。


 あー っと、君は戸惑うような声を出した。俯いていた私は顔を上げる。


 この場所はあいつから聞いた 碓井さん、だっけ?


 碓井とは彼女の名前だ。


 私のせいで連れて行かれた ハンカチをくれたからだ、とかって要領を得なかったけど 彼女を助けて って言われたから一応来てみた


 なんだ、昨日今日知り合った彼女のほうが以前からの友達よりずっと友情に厚いじゃないか


 私がそう言うと君は少し驚いたように目を大きく開いた。


 そうだな と、君は敵意を感じさせる視線を穏やかな物に変える。……ように、おそらくは努力した。君の目付きが天然の物だと私は理解する。

 明後日を向いて話してした君の視線が私に向く。


 君に視線を向けられた途端に私は泣いている自分がなんだか恥ずかしくなって、君の顔を見れなくなった。拭っても涙は止まらない。


 根性あるねー あんた


 そのせいで、私がもっとも君の口から聞きたかったその呟きを私は聞き逃した。


 あ……


 君は何かに気づいたらしい。私のブレザーを指さす。私がその部分を見ると、泥の塊が派手に付着していた。

 払っても、取れそうにない。


 君は可笑しそうに笑んだ。それから自分の上着を脱ぐと私に差し出した。


 貸してやるよ それじゃ外は歩けないだろ、その笑みを高慢な物に変えながら君は言った。うちの学校ではブレザーが男女共用というおそらく珍しいスタイルだ。意外と格好がいいのでこれを目当てに入学する女子も居る。だから君のこれを私が着ていても別に妙には見えない。


 いい なんとかなる。断る私に無理矢理それを押し付ける。

 俺は寒いの平気だから、そう言い張る君が冬になるといつも誰よりも厚着していることを私は知っている。ちなみにいまは2月だ。


 君は、じゃあ と足早にこの場を離れようとした。私は咄嗟に君の手を掴んだ。君が驚いて振り返る。


 足が震えて、立てない…… 立たせて


 私の必死の演技を君は真に受ける。片方の手は私の手を取ったまま、もう片方は肩の下から背のほうへ入れて君は私を立たせた。


 私はそれを事故で済ませようとした。必要以上に地面を蹴り飛ばし君に身体を預けた。君の胸で涙を拭う。すると不思議とそれ以上に涙が溢れることはなかった。


 君は一瞬、呆気に取られたが直ぐに意地の悪い笑みになった。私の目は君の胸のあたりで固く閉じられているので私はそれに気づかない。

 だから君が背中に手を回したのは完全に私の計算外だった。君はそのまま力一杯、私を抱き締めた。私は自分が何をしているかにようやく気づいた。羞恥心が爆発する。頬の紅潮が自分ではっきりとわかる。だけど君の腕から脱出する術は、ない。


 しかしそれは言い訳だと私は気づいていた。私が必死にもがけば君は君の正義に基づいてきっと私を解放するだろう。


 だけどその腕は力強かった。安堵があった。優しさがあった。



 今度なにかあったら俺に言えよ


 君は私の耳元で言う。私は君を見上げた。

 君は高慢で不遜でとにかく鼻持ちならないやつだった。だから君はここで私の欲しい言葉をくれなかった。


 友達になろう


 と、君は続けた。少量の怯えを含んでいたことに私は気づいていた。君にも拒絶された過去があるのかも知れない。私は漠然と思う。


 だから私はその怯えを強引に奪ってやった。



 唇を 重ねることで




 君は今度こそ心底呆気に取られた。


 ここまでやったなら、そこは恋人になろう のほうが君らしくないか?


 私は唇を離すと照れ隠しに言ってやった。呆気からようやく回復した君は 次からそうする と短く言って、私達はもう一度唇を重ねた。




 そのあと私は君のブレザーを借りて家に帰った。背の高い君のそれは丈が長くて私にはやはり似合わない。少し可笑しかった。


 私は彼女と友達になった。君と恋人になった。

 あいつらは君と知り合いになった途端に私達に関わることはなくなった。


 少しして君が風邪を引いて学校を休んだことはそのときのせいだと私は思う。





 君は高慢で不遜でとにかく鼻持ちならないやつだった。


 しかしヒーローというのは得てしてそういうモノらしい。




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