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3.何故の魔王か 誰がための魔王か



 1つの村があった。普通の村だ。


 ただし村はとある高名な預言者から1つの預言を授かっていた。


“いずれこの地に魔王が産まれる。それはその柔肌に褐色の刻印を宿し、その声だけで何人をも穢す。かの者を産んではならぬ。産まれてしまったならば即座に殺すべき”


 “それ”は産まれた時から既に全身に漆黒の印を刻まれていた。泣き声を上げぬ不気味な赤子。

 預言者の言葉を知る者は“それ”を見て凍り付く。魔王の誕生。産んだのはどこにでもいる普通の夫婦だった。


 人々は“それ”に恐怖する。


「いますぐ殺してしまうべきだ!!!」


 一人の若者が声高に叫ぶ。それが村の総意であることを“それ”の母は知っている。しかし母に取っては腹を痛めて産んだ子。母は小さく言う、傍らに居る父がその言葉を伝える。


「一晩だけ時間を下さい」


 母は懇願する。父もその気持ちはわかった。

 例え人外であろうと、例え化け物であろうと、彼女が腹を痛めて産んだ子だ。


 一晩だけ、村人は猶予を与えて彼女と父と赤子を残して去る。

 それがそもそもの間違いだったことに愚鈍な村人は気づかない。


 彼女らは赤子を抱いて村を逃げ出した。村と隣接する山の中へと駆け込んだ。


 死なせたくはない。私の子だ。

 頑なに主張する母に反対していた父も折れ、逃亡に手を貸した。


 姿を消した2人に当然の如く村人は激怒した。


「殺せ」

「殺せ」

「殺せ」

「女も男も同罪だ」

「悪魔の子を生かしてはならぬ」


 山を掻き分け村人はたいまつの明かりで彼女らを捜す。

 村人達は気づかない。逃げる際、夫婦はもっと確実に逃げる方法があったし父は一度はそれを提案した。火を放てばいい。夫婦を追うどころではなくなり三人は見事に逃げ仰せただろう。だが夫婦はそれをしなかった。村人に危害を加えたくはなかったのだ。


 足元の覚束無いほどの暗闇は彼女らに味方をしなかった。慣れぬ山道に女は足を挫いてしまった。


「この子を抱いてあなただけでも逃げて」


 母は懇願する。しかしそうすることは父には出来なかった。

 父は妻のためならば死んでもいいと思っていた。しかし腹を痛めていない父には産まれたばかりの我が子が我が子だという実感が薄かったのだ。


 足音が近付いてくる。たいまつの明かりがすく側まで来ていた。


 男は賭けに出た。


「赤子は差し出そう しかし妻の命だけは助けてくれ!」


 村人は言う。


「ならぬ」

「女は悪魔を逃がそうとした」

「悪魔に加担する者は全て殺さねばならぬ」


 村人の持つ槍は最初に男を貫いた。

 妻を守ろうと両手を広げて立つ男の姿は美しかった。それも村人の心を動かすには至らない。倒れ、伏す。ある者は父を一瞥し、ある者は踏みつけ村人の手は母へと伸びて行く。


 母は赤子を庇う様に抱いたまま彼らに背を向け、刺された。

 どうしても死ぬならばせめて自分よりもあとに。母はそう思ったのだ。

 そうして赤子は槍の穂先を逃れた。母の身体を仰向けに転がした村人の目に触れる機会を、松明の火に照らされる機を得た。


 母の流した血溜まりの中で、悪魔は産声を上げた。産まれてから一度も泣声を上げなかった悪魔の子が、泣いた。大声で泣いた。


 まるで魂まで吐き出すかのように


 山中に響き渡るような声で泣いた。ひたすら泣いた。ただただ泣いた。



 村人は気づく。赤子の肌に漆黒の印がないことに。

 気づいてみればなんのことはない。それは母の血だったのだ。渇き黒く固まった血が、まるで赤子の肌に刻まれたように見えただけだったのだ。

 それが走る母の衣服に擦れ、そして母の血のなかで剥がれ落ちた。


 村人は武器を取り落とした。


 2人は何故の犠牲だったのか?


 自らの愚かさに気づき彼らは愕然とした。預言などという不確かな物に振り回され、考えることを放棄した彼等はなんという愚者だったのだろうか?

 せめてもの償いにと、赤子は若者の元へ引き取られた。




 そして、十数年の月日が立ち少年はあの日の惨劇を知らぬままスクスクと大きくなった。

しかし少年は惨劇を知ってしまう。

 少年が産まれた産屋で、彼は夫婦の認めた遺書を見つけた。最初はそれを自分のことだとは思わなかった。しかし聡明な少年は直ぐに気づく。この村に孤児は自分しかいない。


 遺書には死を覚悟していること。それでも赤子の母で、父で居たかったことが記されていた。


 夫婦の思いに少年は初めて触れた。


 何故の犠牲だったのか?

 あの日の村人と同じことを少年は思う。そして村人がそうだったように少年にもその答えは見つけることは出来なかった。

 少年はその姿を見ることなく死んだ父と母を思い泣いた。

 少年はその姿を見ることなく死んだ父と母を思い狂った。

 同時に自分を欺き続けてきた村人達に凄まじい憎悪を抱いた。


 死ね 死ね 死ね


 全て滅んでしまえ


 殺すことに理由など要らない。

 無意味な殺戮を行った貴様らこそがその象徴ではないか!



 少年は槍を手に取った。殺した。自身を除く全てを殺した。


 もっと、もっとだ。

 貴様らは償わねばならぬ。

 殺戮の代償を思い知れ。


 そして殺し続けた少年は手足が伸びきる頃には魔王と言われるに至っていた。


 あの日、たしかに悪魔は血溜まりのなかで産声をあげたのだ。



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