1.僕はあんたになりたかった
僕はあんたみたいになりたかった。
高校時代、そう思ったのはきっと僕だけではないだろう。
彼はいわゆるクラスの中心だった。勉強が出来て、スポーツが出来て、それでいて他人と違う考えを持っていた。性格は明るく、誰からも好かれるような柔らかな雰囲気を持っていた。
僕はというと、勉強なんていつでも出来ると言い訳して投げ出していた。スポーツはてんで駄目で、人見知りで、誰かと話すことより本が好きで、他人を煩わしく思っていた。そんなだから友達はあまり居なかったし、雰囲気などという物とはおおよそ無縁だった。
しかし僕はたしかに彼を羨ましくは思ったが、決して彼を妬んでは居なかった。
彼のそうした輝く部分にはたゆまぬ努力があったと知っていたからだ。努力を怠った自分には彼を妬む資格はないと思っていた。
僕の彼への思いは憧れ以外の何でもなかったのだ。
彼と僕は中学時代からの友人だったが、僕が彼をはっきりと意識したのは高校に上がってからだった。
既に頭角を現し始めていた彼とその頃から怠惰な生活を送っていた僕が同じ高校に入ったのは、僕は内申点が悪かったので私学を選び、彼は特待生制度の入学費の免除を目的にしてたまたま同じ学校を受けたのだ。
合格して2度目の登校の日に、「昨日行った教室がわからないんだ」とあいつは僕を頼り2人で顔を見合わせて笑ったことをいまでもはっきりと覚えている。
高校生活が始まって、人見知りの激しい僕は自然と彼と話すことが多くなった。
それは会話と呼べるようなモノではなかったのかもしれない。極端に口下手な僕は彼が話していることに相槌を打つか、求められた時に返事を返す程度だった。
それでも彼はよく話した。僕は彼の話が好きだった。
時間が過ぎるに連れて、彼の周りには多くの友達が出来て彼は僕の元を去って行った。
彼になりたい。僕がそう思い出したのはこの頃だろう。
高校を卒業して、僕は私立学校の系列校に進んだ。理系を選んだ僕は数学について行けずに他にいける大学がなかったのだ。
同じ理系だった彼は当然のように一流の大学に入った。
僕の大学生活は惰性だった。特に目立った活動もせずに僕は読書に明け暮れた。そのうち自分で文章を書き始めた。その時は何処かの雑誌に載るようなことはなかったが、大学を卒業する頃には見よう見まねで書き始めたそれでなんとかフリーライターとして、貧しくはあるが一応食べて行ける程度にはなっていた。
その頃、高校時代の友人からふと彼の噂を聴いた。何処かの有名な企業に就職が決まったらしい。
いまになって僕は彼を思い出す。
彼は頭がよかった。
人付き合いが出来た。
書道で入選したことがあった。
いい大学に入った。
有名な企業に就職した。
僕の持っていないモノを全て持っていた。
いまになって僕は僕を思い出す。
僕は頭が悪かった。
人付き合いが苦手だった。
特技がなかった。
大学は五流もいいところだった。
売れないフリーライターだ。
彼と比べ物になる人生じゃなかった。
そんな彼とそんな僕が、ある日偶然再会して酒でも飲みに行こうかという話になった。
互いに大学時代の過ごし方や現状を話した。
彼は変わって居なかった。僕が憧れる彼のままだった。
「僕はあんたみたいになりたかったよ」
酒でぼんやりと濁った意識の中で僕は言った。
彼は一度泣きそうに笑って、言った。
「俺はあんたになりたかったよ」
「どうしてだ?」
驚いた。同時に僕の中で彼が崩れた気がした。
「お前は奔放で自由で誰かの目を気にしなかった 俺はいつも誰かの目を気にして自分の好きになんて出来なかった」
だから……………
彼が自殺したと聴いたのはそれから数日が経ってからのことだった。
僕に届いた遺書には彼が上司の横領事件の濡れ衣を着せられたことと、最後に「僕はあんたになりたかった」と達筆だった彼らしくない滲んだ文字で書かれていた。
僕は少しだけ、泣いた。