おきあがりこぼし
赤い腹帯をした親指ほどの小さな人形、倒れてもすぐ起き上がるので「起き上がり小法師」と呼ばれています。
三つの「起き上がりこぼし」が、とある家にやってきたのは年が明けて間もない一月十日でした。一つはちょっと太めで優しい笑顔の「ホッコリこぼし」、一つは頭がとんがっていたので「トンガリこぼし」、最後の一つはほかの二つより小さめだったので「マメこぼし」とよばれています。それぞれが、とても優しい笑顔で机の上に三つ仲良く並んでいました。
「この家に来てしばらくたつけど、のんびりして、ヒマだね」
大きなあくびを何度もしながら、マメこぼしが言いました。
「それが一番、何事もないのが一番しあわせなのよ」
マメこぼしに言い聞かせるようにホッコリこぼしが言えば、
「そう、そう。それが一番。グチなんかこぼしちゃダメだよ。」
トンガリこぼしもつづけて言いました。
「グチなんかじゃないよ!今が一番いいってことはわかってる。でも、ふぁーあ」
口を大きくあけてあくびをするマメこぼしです。
三つのこぼしは家に誰もいなくなると会話を楽しみながら毎日を過ごしていました。ある日、マメこぼしが
「この家の家族って二人だよね。ボクたちは三つ?「起き上がり小法師」って家族の人数分買うんだよね。どうして一つ多いの?」
「それはね。」
「わたしが教えてあげましょう。」
トンガリこぼしがホッコリこぼしの話をひきとり説明しはじめました。
「そもそも起き上がり小法師を家族の人数より一つ多くもとめるのは家族や財産が増えるようにという願掛け、それと無病息災、家内安全などを願う身代わり的なために一つ多くもとめるのです。」
「へ〜知らなかった。トンガリさんよく知ってるね。」
「そのほかに縁結びや合格祈願など、もとめる人にとってそれぞれなの、だからお守り的なものね。」
ホッコリこぼしがつけ加えて話してくれました。
「ホッコリさんも・・・」
感心しきりのマメこぼしです。
「ダメよ。わたしたちをもとめてくれた家族のためには、知っておかないとね。」
トンガリこぼしは、言いました。
こぼしたちが話をしていると、トントントンと階段を駆け上がってくる音がしました。
「帰ってきたみたい」
の声を合図にこぼしたちは話すのをやめました。
「大丈夫?十丸。」
「だいじょうぶだよ。」
お母さんの職場に、学校から突然、連絡が入り、十丸くんを連れて家へと帰ってきたのですが、何やら十丸くん具合が悪そうです。
「お医者に行こうか?」
「いいよ。ちょっと横になっていればすぐに良くなるから」
「でも、顔色が悪いよ。診てもらった方がいいよ。」
「だいじょうぶだって!仕事にもどっていいよ。ひとりでだいじょうぶだから。」
「でも」
お母さんは心配で困った顔をしました。
「心配しないで、ちょっとお腹の具合が悪いだけ。横になっていればすぐ良くなるから。それに、ほら、起き上がり小法師も・・・一緒にいるから。」
「じゃあ、買い物。うん、クスリとか必要なものだけ買ってすぐ戻ってくるから。横になっていなさいよ」
と言ってお母さんは急いで買い物へと出かけていきました。十丸くんは、
「見守っていてね、起き上がりこぼしさん」
三つのこぼしたちに手を合わせてお願いしてから、お母さんが敷いてくれたふとんの中で小さな寝息をたてはじめました。でも時々、苦しそうにうなされる十丸くんです。
「十丸くん、大丈夫かしら。」
心配するトンガリこぼしを見て、
「トンガリさん、なんとかしてあげて」
マメこぼしが言いました。
「そうねー。ホッコリさんどうする。」
話はさかのぼり一月十日、三つのおきあがりこぼしたちが十丸くんの家へ来ることになった日のこと、おきあがりこぼしを売っている屋台で赤い前掛けをつけたおばさんに声をかけたのが始まりでした。
「これ、なんですか?さっきもほかの屋台で見たけど」
そこには、親指くらいの大きさで小さなかわいい「起き上がりこぼし」たちが屋台いっぱいに置かれていました。
「おきあがりこぼしっていうの。どう、見てるだけでほっこりするでしょ。」
おきあがりこぼしの顔の表情と体型が屋台のおばさんにそっくりだったので、十丸とお母さんは顔を見合わせ思わず笑顔になりました。
「知ってるでしょ。知らない?」
「見るのは初めて。先月、こっちに引っ越してしてきたばかりで」
十丸とお母さんはこの町にきたばかり、毎年、この町で一月十日に開催される初市の十日市に来たのも初めてでした。
「そう。これね、倒してもすぐ起き上がる七転び八起きの縁起物なの。」
「だるまさんと同じだね」
十丸はお母さんの顔を見て、おばさんに顔を向けました。
「そう、だるまさん。七転び八起きだからね。よく知ってるねー」
十丸はおばさんから目をそらして、下を向いてしまいました。
この町では毎年、初市である十日市でおきあがりこぼしを家族の人数より一つ多く買う風習があります。
「一つ多く?」
十丸がききました。
「家族や財産が増えますようにと願いを込めるの。それと、家族の災難から身を守ることも願っているのよ。」
と言って、おきあがりこぼしを倒してみせるおばさんでした。
「へ〜、かわいいな。ねえ、お母さん。」
「本当、表情がみんな違うんですね。十丸にそっくりな子もいそう。」
「おばさん、これ一ついくら?」
「十丸、買うの?。」
「ひとつ百円だよ。家族はみんなで何人、お父さんとか兄弟もいれば、みんなの数に一つプラスしないとね。」
おばさんは十丸の顔を見ながら、
「これね、選び方があるの。」
と言い、いくつかまとめてわしづかみに、おきあがりこぼしをもったと思ったら、目の前にあったお盆の中に、ほうり込みました。
「そんなことしたら、こわれるんじゃ」
大きな声をあげたお母さん。
「ほら、見てみなさいよ」
十丸のお母さんにはかまわず、お盆の中のこぼしを指差しながら、
「おきあがってくるのと、寝たままのがいるでしょ。このおきあがってきたのを選ぶの。」
おばさんは、おきあがってきたこぼしをいくつか手に取り、
「いくつにする?」
十丸に聞きました。
「2個・・・」
おばさんは、ちょっと困った顔をして、
「2個でいいの?お母さんと二人。」
「うん。二個ください。」
小さな声で十丸は応えたました。
「じゃあ家族プラス一個で、三個にしたほうがいいよ。」
おばさんがいいますが、
「ううん。2コで・・・」
「3個買おうよ。おばさん3個ください。三百円ですよね」
お母さんは、財布を取り出しお金を払おうとしました。
「お母さんまって!」
突然の大きな声にお母さんとおばさんは動きが止まり、十丸の顔を見ました。
「どうしたの。びっくりするじゃない。」
「ごめん。ぼくが買うから、ね。2個くださいおばさん。二百円でしょ。」
「十丸・・・」
黙ってしまったお母さんです。
「2個でいいの?」
聞きかえすおばさんに、
「ぼくの今ある全財産。二百円。」
「それだったら、お母さんがだすよ。だから3個にしたら。」
「自分で買いたいの。それに、家族はふえなくていい。お母さんと二人がいい。」
「いい子だね。でもね、家族がふえることだけ願うんじゃないよ、十丸くんだっけ、十丸くんにとって大切なもの夢とか・・・」
といい、おばさんは、お盆に放り投げたおきあがりこぼしの中から、2個選び袋に入れ、
「二百円。これね」
十丸に渡しました。十丸は財布から二百円を取り出し、おばさんへ渡しました。その時、おばさんは自分が身に付けている赤い前掛けのポケットから一つのおきあがりこぼしを取り出し、
「これはおまけ」
十丸の手のひらへ乗せました。
「おばさん・・・おまけはいらない。」
十丸はおまけのおきあがりこぼしをおばさんへ返そうとしました。
「あんた、ガンコだねー。この土地の人たちもガンコだけど、それ以上だよ。そのガンコさにおばさんからのプレゼント。それだったらいい。それに、引っ越してきたっていうから、引っ越し祝いだよ。この町を好きになってほしいからね。」
おばさんは、大きな顔に満面の笑みを浮かべました。十丸は手にしたこぼしを袋へ入れ、
「おばさん、ありがとう。」
「ありがとうございます。」
十丸とお母さんはお礼を言い、家へと向かいました。その二人の背中へ
「どんなちっちゃなことでも必ず、いいことはあるからね。また来てね。」
大きな声でおばさんは言いました。
家に帰ると早速、おきあがりこぼしを袋から取り出し、
「どこに置こうかな?テレビの前は邪魔になるし、机の上がいいかな。」
十丸は三個のおきあがりこぼしを机の上に並べました。
「このふっくらしたのがお母さんでホッコリこぼし、ちょっと小さいのがボクでマメこぼしでしょ。もう一つは、どうしようかな。お母さんどうしよう。」
「どうしようって?」
「こぼしの名前。なんかない。」
台所でご飯の支度をしているお母さんに聞きました。
「う〜ん。十丸の好きなのにしたら。」
「考えてるんだけど、う〜ん、ほかのより頭がとんがってるから・・・トンガリかな。」
「これだ!お母さん。ありがとう」
十丸の声に振り返ったお母さん。そこには、おきあがりこぼしを真剣に見つめる姿が目に入りました。
このようにして三つのおきあがりこぼしがやってきたのです。
話はもどり、
「そうねー。ホッコリさんどうする。」
具合が悪く寝ている十丸を見ながら、トンガリこぼしはいいました。
「マメくんがなんとかしてあげないと。」
「ボクですか?」
困った顔をホッコリさんへ向けました。
「そうね。マメくんだったらなんとかしてあげられるわ。十丸くんのためだったらね。」
「十丸くん、いってたじゃない。ちょっと小さいのはボクでマメこぼしって。」
「それは、わかるけど。ボクになんとかしろって言われても・・・」
「おきあがりこぼしは、あきらめない、七転び八起きよ!」
ホッコリこぼしはマメこぼしに気合を入れました。そして「ポン」という音がしたと思ったら、ホッコリさんは倒れてしまいました。
「ホッコリさん!どうしたの?なにがあったの!」
マメこぼしはびっくりして、今にも泣きだしそうです。となりでは、
「だいじょうよ。上を見てみなさい。」
トンガリこぼしにいわれるままに上を見たマメこぼしは、光り輝いて宙に浮いているホッコリさんを見ることができました。
「ええっ!どういうことトンガリさん。ホッコリさん死んじゃったの」。
「勝手にわたしを殺さない。これから、マメくんにどうしたらいいか教えてあげるから。よく見ていなさい。」
といい、ホッコリこぼしはマメこぼしとトンガリこぼしの上を円を描くように宙を回りはじめました。すると、光り輝くホッコリこぼしの体からキラキラと光る細かい粒がマメこぼしたちの上にふりそそいできたました。その光る細かい粒がマメこぼしに触れたと思った瞬間、よい香りを残し消えてしまいした。すると、その香りでなんともいえぬいい気持ちになり、幸せを感じました。
「これは・・・」
「ねっ、わかるでしょ。マメくんもできるのよ。いつでもできるわけじゃないけどね。」
トンガリこぼしが話している間に、宙に浮いていたホッコリこぼしが倒れている自分の体の中に戻ると体が起き上がり元に戻っていました。
「ホッコリさん。ボクにもできる?」
「おきあがりこぼしは、みんなできるわよ。でも、どんな人に対してもできるわけじゃないの。わたしたちを大事にしてくれる人じゃないとね。」
「うん。でも、あの光の粒はなに?」
「福の香りよ。どう、気分が良くなったでしょ。」
ほっこり笑顔でトンガリこぼしはいいました。
「福の香りか、トンガリさんもできる?」
「もちろんよ!すべての人をハッピーにできるわよ」
「そんなに大げさに言わない。」
トンガリこぼしをたしなめるように、ホッコリこぼしは言いました。
「マメくん。やってみる、十丸くんのために」
「うん、やってみたい。ホッコリさん教えて。」
「もちろん!トンガリさんもお願いね。」
マメこぼしはホッコリこぼしとトンガリこぼしに、福の香りのことはもちろん、おきあがりこぼしの使命について教えてもらいました。おきあがりこぼしであるマメこぼしがなぜ、なにも知らないかは、ホッコリこぼしやトンガリこぼしのような売り物ではないからです。売り物のおきあがりこぼしたちは、自分たちの使命や役割をしっかりと教えられ、屋台に並びます。でも、マメこぼしは赤い前掛けのおばさんが、自分だけのために作ったもので、売り物ではありませんでした。そのためおきあがりこぼしの使命も役割も知らずにいたのです。
「もう、だいじょうぶね。立派なおきあがりこぼしになったわ。」
「ありがとう。ホッコリさん」
「ねえ、わたしには?」
「もちろん、トンガリさん。ありがとう。」
ちょっと自信がついたマメこぼしです。
「マメくん、言い忘れたことが一つあるの。」
「どんなこと?ホッコリさん」
「私たちは、一年間だけ十丸くんや、お母さんの力になれるの」
「一年間だけ?」
「そうなのよ、来年になったらバトンタッチなの。」
寂しそうな顔でトンガリこぼしは言いました。
「ほら、来年まで十丸くんやお母さんのために一生懸命頑張るわよ。マメくんもね。」
ホッコリこぼしはマメこぼしとトンガリこぼしに最高の笑顔を見せたのです。
三つのこぼしたちは、まだ苦しそうにうなされている十丸を見て、
「マメくん。出番よ!」
ホッコリさんの声を合図に、ポンという音とともに飛び出しました。光り輝くマメこぼしは寝ている十丸くんの真上まで行き、円を描くようにまわりはじめました。
「その調子よ」
トンガリこぼしが声をかけます。
すると徐々に光の粒が現れ、十丸くんの上に降り注いでいきます。
「福の香りが出てきたわ」
ホッコリこぼしとトンガリこぼしは顔を見合わせ笑顔になります。
「まだまだ、もっともっと」
マメこぼしは何度も何度も十丸くんの上を飛びまわり福の香りを出し続けました。
十丸くんは夢を見ていました。
「ガンバレ、ガンバレ!負けるな!」
目を開けると光り輝くおきあがりこぼしが自分の上を飛び周り「ガンバレ」と応援しています。
「えっ、こぼしが・・・」
するとマメこぼしが、
「ガンバレ!みんな応援しているよ。早く元気になって。」
十丸くんはあまりの出来事にビックリして声も出ません。
「ぼくたちおきあがりこぼしは、十丸くんとお母さんをいつも見守っているから。そして二人の夢と希望がかなうように福の香りを降り注ぎ続けるからね。」
そして、寝ている十丸くんの体の上に金色に光る細かい粒が降り注ぎ、なんとも言えない良い香りが漂いました。十丸くんは天にも昇る心地良さを感じる夢を見ていました。そして、小さな寝息を立てはじめました。
「うまくいったようね。」
机の上ではホッコリこぼしとトンガリこぼしが安心したようにうなずきあっています。
「マメくん、戻ってきなさい。」
トンガリさんが早く戻るように声をかけます。
「どうやって?」
「わからないの?」
「だって、聞いてないよ」
「この倒れている体に、向かってくればいいのよ。早く、誰か来たみたいよ」
トンガリこぼしに言われ慌てて倒れていた体に戻りました。
「帰ったわよ。」
お母さんがドアを開け部屋に入ってきた時、倒れているマメこぼしはゆっくりと体を起こしていました。
「えっ、動いた。」
お母さんは目をパチパチ、
「まさかね。うん疲れてるか、それより十丸よ。」
と言いながら十丸のもとへ行きました。寝ている十丸を見て安心したお母さんは、ご飯の支度をしようと台所へ向かったとき、
「あ〜、お母さん!」
十丸の呼ぶ声に
「大丈夫。お腹の具合どう?」
「うん、もうすっかりいいよ。それよりね、夢を見たんだ。おきあがりこぼしの」
「おきあがりこぼし?」
思わず聞き返したお母さんでした。
「うん。ボクの上を飛びまわっている夢を見たんだ。」
それから十丸はおきあがりこぼしが自分を応援してくれていることや、不思議な金の粒が降り注いだと思ったらいい香りがして、お花畑の中でふかふかした布団の上で天にも昇る心地良さを感じ、お腹の痛みも無くなった夢を見たことを一生懸命話しました。
「十丸がおきあがりこぼしを大事にしているから、助けに来たのかもね。きっと・・・そうよ」
お母さんは帰ってきた時、おきあがりこぼしが動いたのは偶然ではなかったと一瞬、思い机の上のおきあがりこぼしに目を向けました。そこには優しくほほ笑むおきあがりこぼしがありました。
十丸はおきあがりこぼしたちに毎日手を合わせ、応援してくれてありがとうと言うのが日課となり、お母さんと二人仲良く、何事もなく暮らしています。おきあがりこぼしたちは相変わらずのんびりと過ごす毎日ですが、時々、二人のために応援することを欠かしません。仕事が忙しく疲れて帰ってきたお母さんに、十丸がわがままなどを言いケンカしてして口をきかなくなった時など、二人が寝てからホッコリ、トンガリ、マメのこぼしたちは体を抜け出し二人の上から金の粒を降り注ぎ部屋の中を福の香りいっぱいにします、すると朝起きた時には昨夜のケンカがウソのように、二人とも笑顔で挨拶し仲良くなります。また、お母さんが寝込んでしまった時なども、おきあがりこぼしたちの活躍で翌朝には、いつもより元気になったお母さんを見ることができます。十丸とお母さんはおきあがりこぼしたちに見守られながら、毎日を過ごしていました。
季節はあっという間に過ぎ二人がこの町に来てから一年が過ぎようとしています。
「もうすぐクリスマスか〜。お母さん仕事?」
「そうよ。でも夜は二人でケーキ、食べようか。」
「うん、唐揚げとかボクが買ってきて用意して待ってるよ。」
「ありがとう。でも大丈夫、お母さんにまかせなさい。学校に遅れるわよ。」
仲の良い二人が出かけるのを見送ったおきあがりこぼしたちですが、なぜか元気がありません。
クリスマスもあっという間に過ぎ、十丸は冬休み、お母さんは年末で仕事は大忙しの夜に
「十丸、おきあがりこぼしなんだけど。」
「なーに」
「会社の人から聞いたんだけど、毎年買い替えるんだって。今年の一月に行ったでしょ。十日市に、そこでまた買うんだって。」
「え〜、そんな!いまあるのはどうするの」
「こっちの風習なんだって。いまあるのは、歳の神というのがあって、お焚き上げするんだってよ。」
「歳の神?お焚き上げ?なにそれ。」
この地方では一月十五日に歳の神といって無病息災を願う火祭りのことで、しめ飾りやお供え物をお焚き上げして歳神さまを天にお送りし、今年一年の五穀豊穣、無病息災を願う行事です。この歳の神の火にあたると、病気にならないと言われ、また、この火で餅やスルメを焼き、家に持ち帰り、家族で分けて食べると病気にならないと言われています。それを聞いた十丸は、
「もしかして、その歳の神の火の中にこぼしたちを・・・やだ!」
涙を流しながら抵抗する十丸に
「そうね、そんなこと言ってもね。でも中には、お焚き上げしないでお守りとしてそばに置いている人もいるそうよ。十丸のしたいようにすればいいよ。」
お母さんの言葉を聞いたおきあがりこぼしたち、少し笑顔になったようです。お母さんは机の上のおきあがりこぼしたちに目を向け
「あら、なんだか細くなってない?おきあがりこぼし。」
「えっ、そんなこと。」
おきあがりこぼしをじっとみつめながら、
「やせたかな〜、でもそんなことないよ」
十丸は言いました。
おきあがりこぼしたちは「福の香り」を降り注ぐたびに体が痩せ細っていくのです。自分たちが飛び出した時の体を削りながら金の粒を作りそれを福の香りにしてみんなをハッピーな気持ちにするのです。そのため、福の香りを降り注ぐたびに体が小さくなっていくのです。こぼしの外側の体の大きさは変わらないのですが、中の体とのすき間が大きくなり体がしぼんだようになるので、どうしても細くなってしまいます。だからお母さんはこぼしたちを見て、細くなったみたいと言ったのです。
「どうする十丸。ずっと、この三個のこぼしたちと一緒にいる?」
「ボクの大事なお守りだから、ず〜っと、一緒だよ。」
「そうね。十丸がそう言うなら・・・一緒にいようか。それとは別に新しく買う、おきあがりこぼし。」
「いらない。この三つがいるからいらない。」
おきあがりこぼしたちは泣き笑いです。
「十丸、こぼしたちはこんな小さな体で一年間、見守ってくれたのそろそろ休ませてあげてもいいと思わない。」
「思わないよ」
「もし、この先三つのこぼしたちが何かの拍子で、壊れたりとか潰れたりとかしないともかぎらないでしょ。」
「大丈夫。こぼしたちはボクを守ってくれているから、今度はボクがこぼしたちを守ってあげるんだ。」
おきあがりこぼしたちの目からは涙が溢れています。
「もしかしてよ、家に泥棒が入ってこぼしたちを持って行ってしまったら困るでしょ。ねえ十丸、おきあがりこぼしたちを、歳の神で歳神様と一緒に天に送ったら、ず〜っと、天から十丸を見守ってくれるのよ。生涯、ずーっとよ。十丸がどこにいても、どんな時でも天からいつも十丸のことを見ているし、十丸も天を見上げればこぼしたちが見守ってくれるのがわかると思うの、きっと。」
十丸の目から涙がこぼれます。
「いつも、どこにいても、こぼしたちは見守ってくれるよね。応援してくれるよね。」
涙だらけの顔でお母さんを見つめました。
「・・・いつも、どこにいても見ていてくれるよ。」
三つのおきあがりこぼしたちはいつの間にか体から抜け出し福の香りを、十丸とお母さんの頭上へ降り注いでいました。そして、みるみる体が小さくなり金の粒となって消えてしまいました。おきあがりこぼしの本体は倒れることなくいつもの笑顔で机の上に三つ並んでいました。
年明け一月十日に十丸とお母さんはおきあがりこぼしを買うため、1年前に来た赤い前掛けをしたおばさんがいる屋台へやってきました。
「こんにちは」
元気よく声をかける十丸を見て、
「え〜っと、ガンコなボク。」
「おぼえてた。十丸だよ。」
「忘れないよ。よく来てくれたね。こっちには、なれたかい。面倒くさい町だからね。」
「この町、好きだよ。おばさんも」
「よかったよ、お世辞でもね。」
笑顔で答えるおばさんに、
「おきあがりこぼしを三個ちょうだい。」
「今日は三個だね。何かいいことあったみたいだね。」
元気な十丸の様子を見ておばさんは言いました。
「なんにも。でも、毎日が楽しいよ。ね、お母さん。」
笑顔で答える十丸です。
「どのおきあがりこぼしにする?」
おばさんに聞かれ、
「ボクが選んでもいい。」
十丸は数個のおきあがりこぼしを両手で持つと目の前のお盆に放り込み、起き上がってきこぼしを一個ずつ選び
「これはお母さんでしょ。これはボク。あと
これが夢と希望。」
十丸はお母さんを見て、そして
「ね。おばさん!三つ目は夢と希望だよね。」
そして、三個のおきあがりこぼしをおばさんへ渡しました。おばさんは十丸に笑顔を向け、
「えらい!」
といい、大きな声で笑いました。
十丸は三個のおきあがりこぼしを大事に家に持ち帰り、ホッコリこぼし、トンガリこぼし、マメこぼしがいる机の上に並べました。
「六個になったね。ケンカしないかな。お母さんどう思う。」
「大丈夫よ。前のこぼしたちが、今日来たこぼしたちに十丸のことやお母さんのことを色々教えてあげてるわよ。そして十丸を見守ってくれるようにお願いしている。きっと、だからケンカなんかしないわよ。」
「うん。もうすぐだね。歳の神・・・」
「お別れじゃないのよ。今度は天に昇って私たちのことを見守ってくれるの。ずーっと。」
十丸はお母さんの話しを聞きながらホッコリさん、トンガリさん、マメ、
「天に行って、新しく来たおきあがりこぼしたちと一緒に見守っていてね。」
心の中で思いました。
一月十五日、ホッコリこぼし、トンガリこぼし、マメこぼしを持って十丸は歳の神の会場へやってきました。すでに大きな炎が立ちのぼっています。十丸は三つのおきあがりこぼしを見つめ、そして炎の中へ・・・ホッコリこぼし、トンガリこぼし、マメこぼしは自分たちの体が炎の中へ吸い込まれるのを十丸の頭上から見つめていました。炎の中に消えた三つの本体が、歳の神の炎とともに夜空へと飛び立ちます。ホッコリ、トンガリ、マメのこぼしたちも歳神様が先頭に立ち天へ向かうあとを追い金色に輝きながら天へと飛び立って行きました。