ダメな主義
はじめに
日本の政治は機能不全におちいっていると私はながらく感じていて、それは人々が政治についてめったに語らないことが一因ではないかと思う。
というわけで、政治について私のいつも考えていることを語ろうと思う。私は政治、法律、経済などについてまったくの素人なので、まちがったこともたくさん言うだろう。だが、たぶんそこから始めなければならないのだ。もちろん政治家を志す人が素人であっては困るが、政治家ではない一般人が政治を語る場合はまちがいだらけでもしかたないというものだ。アマチュアの野球選手はプロの野球選手より野球がへたで当たりまえ。そしてアマチュアの野球がなければプロ野球だって存在できない。政治も同じことである。
みんなもっと気軽に、気楽に、軽率に、迂闊に政治について語ればいいのである。
私はこれまで国政選挙や地方選挙において、いろいろな候補者あるいは政党に投票してきた。候補者の所属政党や比例代表制における政党でいうと、いちばん投票したことが多いのは共産党であり、ついで社民党、そのどちらもなかったときに仕方なく選ぶ投票先として旧民主党あるいは旧立憲民主党といったところである。NHKから国民を守る党やれいわ新選組にも一度ずつ入れたことがあるが、正直なところN党に投票したのはその後のあれやこれやを見ると失敗だった。地方選挙などでは政党無所属のいわゆる泡沫候補に入れたこともままあるが、これも良い投票行動といえるかどうかは微妙なところだ。
いわゆる左翼とか革新とかの政党を選んだことが多いようだが、私は別段自分が革新派だと思ってはいない。
私の政策についての考えをつらつらと列挙してみると、以下のような感じになる。
一、憲法改正反対。特に第九条堅持。
二、財政規律重視。国債増発反対。
三、原子力発電反対。
四、選択的夫婦別姓賛成。
五、表現の自由に対する規制には総じて反対。
保守と革新のモザイクになっていることがわかると思う。一と四は革新派の政策であり、二は保守派の政策である。もっとも、こういう分類は政局しだいでどうにでもなるのであまりアテにはならない。たとえば、本来は三は保守派、五は革新派の政策のはずだが、現在の日本の政界では逆になっている。
正直なところをいうと、政権を握るのが保守だろうと革新だろうと私はどっちでもいい。どうせどちらにしろ私の支持する政策と完全に一致することはないのだから。
でも投票先は革新政党ばかりじゃないか、と言われるかもしれない。これはしかたない。保守政党がないのだ。日本保守党みたいなのはあるが、あれは厳密にいうと国粋主義であって保守ではない。国粋主義はあまりよくない。あれは自己を自己として確立できない人間が、国家を自己の代わりにするというもので、はっきりいって病気の一種である。そしてもっと良くないのが、拝金主義の政党である。
自民党を保守政党だと思っている人が世の中にはたまにいて、私はほとほと驚く。結党以来自民党が保守であったことは一度もない。ただ、社会党と競争していたころに、保守的な路線のほうが対立上有利だったから、そのように装っただけのことである。自民党が最初から一貫して原子力発電を推進していることを思い出せば、あれが保守政党であるわけがないのは明らかである。あのようなうさんくさい新技術を振り回して地域社会を分断するなどというのは、保守派のすることではない。
昔から今にいたるまで無数の金銭問題を起こしていることからわかるように、自民党は一貫して拝金主義の党である。ただ、拝金主義にも格の高いのと低いのがあって、世の中全体が儲かるようにしようと考える者と、自分だけが儲かればいいと考えるやつがいる。昔はどうだか知らないが、今の自民党は格の低いやつばかりである。それも合法的にやるのならまだいいが、賄賂をもらうとか手当を不正に受け取るとかは論外だ。
この手の不正をおかした者はワンアウトチェンジで、たとえ再び選挙に出たとしても決して当選させてはいけない。このような者を政治家にしておくというのは、カネの力で政治を自分の都合のよいように動かしたい人はこちらへどうぞ、と国内外に向けて賄賂募集の案内をしているようなものであり、民主主義を大いにそこなう。このような者を落選させつづけた後で、ようやく政策や実務能力がすぐれているかどうかによって候補者を選ぶことができるのである。その意味では、日本の政治はスタートラインのはるか後ろにいると言わなければならない。




