TSお姉様、ニートを辞める
少しお久しぶりです。
不定期ですが、よろしくお願いします。
ど、どうする……?
夢なら有り難いが、チラッと見れば間違いなく二人が居る。ギルド長のウラスロの爺さんと、お気に入りの受付嬢リタさんだ。なんで朝っぱらから家にいるんだよ……今は昼前か。
「ジル……」
まだ、言い訳も用意出来てないのに声を掛けられた俺は顔を上げる事も出来ない。て言うか、なんで急いで来ちゃったんだ……落ち着いてから来れば良かったじゃん!?
「お姉様? 顔を上げて下さい。私のお友達を連れて来たんですから」
コトリとカップを置くターニャちゃんは俺の隣に再び腰掛けた。ソファが沈み、身体も少しだけ揺れる。隣を見ると、俺を上目遣いで見ていた。うん、可愛い……じゃなくって!!
「……えっと……ジルです。ターニャちゃんの保護者です」
顔は上げられないが、無視する訳にもいかないし……取り敢えず当たり障りのない挨拶を……
「知ってるに決まってるだろうが……初めて会ったみたいな挨拶をしてどうする」
はっ! そうだった……漸くウラスロに目を向けると、呆れた様に溜息をついていた。
「うぅ……だって……」
「ジルさん、気にしなくても大丈夫ですよ? 別に誰かに言いふらしたりしないですし、可愛いところがあって素敵じゃないですか! 私、ジルさんが益々好きになりましたから! 私のお友達になって下さい」
「えっ!! リタさん、私とお友達になってくれんですか!?」
「勿論です! ジルさんは最高のお友達ですよ!」
何か目に不穏な光が宿っている気がするが、リタさんとお友達なんてサイコーじゃないか!
「お姉様、良かったですね。ずっと前からお友達になりたいって……」
俺は思わず魔力強化を施し、ターニャちゃんの可愛い口を塞いだ。
「な、何を言うのかなぁ……変な事を言っちゃ駄目よー?」
もがもがと呻く感じも可愛いが、恥ずかしい事をバラさないでくれ! お願いだから!
「ジルさん? どうしたんですか?」
「な、何でもないですから! ほら、ターニャちゃん、ね?」
コクコクと頷くのを見て、ホッとする。油断も隙もないな……悪気は無くても危険だ……気をつけよう。
「で? 俺達はお友達として合格で良いのか?」
……な、何を仰ってるのかな、このドワーフは。
「ななな、何を言ってるんですかドワーフさん。そ、そんなの私が決める事では……」
「おい、誰がドワーフだ!? ターニャから聞いてるんだぞ! 無理矢理にお姉様なんて呼ばせて、何を考えてるんだ!」
ま、間違えた!
「無理矢理だなんて……ち、違うんです!」
「何が違うもんか! ついさっきターニャに言ってただろうが!」
あわわわわ……違うけど違わない……な、何か言い訳を……
「お姉様? 私は嫌じゃないですから……ウラスロさんも許して上げて下さい……」
庇ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと辛い顔するのやめてくれるかな!? 悪気のない善意が痛い!
「ジルさん……」
ひぃ……リタさんまで!
「リタさん、違うんです。無理矢理なんかじゃなくてですね。確か……」
んん? あれは確かターニャちゃんから言い出したよね? マリシュカの店で話してた時だったような……
慌てて横を見ると、一瞬観察する様な目をしていたターニャちゃんは直ぐに前を向いた。
あれぇ?
「それで、今日はどんな御用件でしょう?」
何とか動悸も治り何時ものジルに戻る。俺は超級冒険者、魔剣のジルだもんね! 背筋を伸ばし、膝を揃えて少しだけ傾ける。気分は格好良いキャリアウーマンだな、うん。
「なに、今更格好つけてるんだお前は……」
聞こえない、聞こえないぞ……
「お姉様、お二人から大事なお話があるそうです」
「えー? 大事な話ってターニャちゃんからじゃないの? なーんだ……」
折角ターニャちゃんからお願いがあると思ってたのになぁ……交換条件でお風呂に入る手も考えたんだけど。
「お願いを聞く代わりに、お風呂に入りたいなぁ、とか?」
ぶーーーっ!!
ターニャちゃんが淹れてくれたお茶を口に含んだ瞬間だったため、俺は思わず吹き出した。
「何を言ってるんですか、リタさん! そんな事……」
全力で否定に入った時、隣から可愛い声が聞こえてくる。
「違うんですか? 良かった、後でお願いがありますから」
「えっ? それなら一緒に……あっ……」
目の前の二人はジト目を全開にして、俺を見ている……
「……だって……だって一緒にお風呂したいんだから、しょうがないですよね!? ターニャちゃんとお風呂!!」
「開き直った……」
リタさんが何か言ってるが、もういいや! これからは屋敷警備員として家にいるし、チャンスは無駄にしないぞ!
「ジル、お前ターニャと一緒に暮らして行くんだよな? 田舎にでも引っ越すって?」
「……そうですね。ターニャちゃんと出会って色々考えたんです。もっと長い時間を一緒に過ごしたいって」
「さっきまで寝てたのに?」
リタさん、余計な事言わないでね? 聞こえませんから!
「ターニャは転移と言う特殊な状況でアートリスに来た。通常はギルドか王国扱いでもおかしくないが、お前が……超級が保護するからと特例を認めたんだ。ギルドから離れるなら、その条件が崩れるな」
「そ、そんな……酷いですよ! ギルド長!」
「何が酷いものか! 働きもしない大人に子供を預ける馬鹿が何処にいる!」
「うぅ……」
確かにそうかもしれない……ニートしかいない家では子供も立派に育たないだろう。でも、でも……もう、働きたくないんじゃーーー!!
「私は貴女に命を救って貰いました。最初の印象は……なんて綺麗で格好良い人なんだろうって……お姉様が決めた事に反対なんて烏滸がましいですし、冒険者は危険なお仕事でしょう。でも、ウラスロさんから聞きました。沢山の人がお姉様に助けられたって」
「ターニャちゃん……」
「ですから……もし許されるなら頑張って欲しいです。それに、一緒に暮らしてもいきたい。お風呂くらい入ってもいいですから」
マジで!?
「お姉さん、お仕事頑張るね‼︎ じゃあ、お風呂行こっか!」
そのとき、かなりの衝撃が走った! ウラスロの爺さんが頭をブッ叩いたのだ。
「イタイ!」
「なにがお風呂行こっか、だ!! まだ話は終わっとらんぞ! そもそも来客中いきなり風呂に行く馬鹿がいるか!」
「ジルさん、面白い……なんなの、この可愛い人……」
リタさんが何か言ってるが、叩かれた頭の所為で耳がキーンとなって分からなかった。俺の防御を突破するとは、このドワーフやるな?
「うぅ……もう、なんなんですか話って。早く済ませて下さい、忙しいんですから」
「お前、もう本性を隠す気ないだろう……何時もの仮面はどうしたんだ……」
「もうお二人はいいんです。今更ですからねぇーー」
「全く……外でそれをやるなよ? お前に幻想を抱いてる奴は大勢いるんだからな。下手したら暴動が起きるぞ……」
「はーい」
まあ、そんな事はしないけどね!
「はぁ……リタ、アレを」
これ見よがしの溜息も俺には通用しない! この後に楽しいお風呂タイムが待ってるからね!
「あっ、はい」
リタさんは横に置いていた肩掛けカバンから、何やら綺麗な封筒を出した。全体的に丸みを帯びたカバンは凄く可愛くて似合ってる。淡いブルーは空色をイメージしてるのかな?
「リタさん、そのカバン可愛いですね。色も素敵だし、お店はどこですか? ターニャちゃんに似合うと思うし」
「これですか? これ、パルメさんのお店で見つけたんですよ? 何でもお知り合いの人から仕入れてるって。色違いもありましたし、ターニャさんに似合う色もあったと思います」
「気付かなかったなぁ……パルメさんも教えてくれたらいいのに」
「ジルさんには少し子供っぽいと思いますよ? パルメさんは着こなしに煩い人ですから……必ず似合う物をお勧めしてくれます。私なんて、あなた子供じゃないって言われたんですからね!」
パルメさん……確かにリタさんは幼い容姿だが、立派な社会人なのに……
「リタさん、素敵ですよ? 私、何時も見てましたから……あっ……あの、変な意味じゃなくてですね……」
あらあらまあまあと、リタさんはニヤつき始める。うぅ、失言が多いなあ今日は……
「お姉様、お手紙を確認した方が」
ウラスロも何かを言いたげだったが、リタさんとのコミュニケーションが大事だったから見えないフリをしていたのに。ターニャちゃんに言われたら仕方がないね。
渡された封筒をひっくり返し封蝋を確認する。剥がれてはいるが、残った形で直ぐに分かった。うーむ、見たくない。
駄目元で中を見ずにウラスロに渡す。リタさんから渡されたパスを、そのままワンツーでウラスロへ!! さあ、ゴミ箱へシュートだ!
「何をしてる……誰からか分かってるだろうが……早く見ろ」
「……えっと、私はただの冒険者ですから……ちゃんと依頼でないと、受けられないですし……」
「さっきまで引退騒ぎをしてたお前が言うな。それにその中身は歴とした依頼だ。下らない言い訳はいいから早く読め」
えぇ……良く考えたらギルドの二人が来てるから当たり前か……はあ……
「お姉様、誰からなんですか?」
「えっ!? えっと、ほら……昔のお友達かな? 仕事でちょっとだけ一緒になったの」
「冒険者の方ですか? それなら私もお会いしたいです。もっとお姉様の事を知りたいから(弱点を)」
ターニャちゃん、良い子や……
「ジルさん、騙されてるから」
「リタさん、何か言いました?」
「ん? そんな事ないですよ?」
ウラスロが貧乏揺すりを始めたぞ。お爺ちゃん、落ち着いて!
「一緒に読もうか?」
「いいんですか? 私が見ても……お姉様に宛てた手紙なんですよね?」
「だって依頼みたいだし、もう開封されてる。良いですよね、ギルド長」
ウラスロは頷き、先を促す様に顎をしゃくった。
まあ想像はつくし、断るのも難しいだろうなぁ。短い屋敷警備員だったな……まあ、ターニャちゃんを旅行に連れて行くつもりでいよう。きっと俺以外は楽しいし、喜んでくれたらいいな。
「ツェイス、ツェツエ? ツェツエって、この国の名前ですよね?」
「うん、そうだね。まあ、よくある名前だよ?」
「ある訳ないだろう! 変な事を教えるな、ジル!」
「えぇ……ちょっとした冗談ですって、ギルド長」
「王族の方々で冗談を言う奴があるか! ターニャ、ジルの話は聞かなくていい。このお手紙の差し出し人はツェイス殿下だ。ツェツエ王国の第一王子で、昔コイツと共闘した事があるんだ」
「第一王子、ですか? その……その様な御方がお姉様に?」
「こんなだがジルは冒険者。しかも[魔剣]、超級だ。過去に起きた事件で戦った、まあ戦友みたいなものだな。確か最初の頃はトパーズに上がったばかりで……」
「ちょっと! こんなって失礼ですよ! ギルド長、謝ってくだ……いえ、何でもありません」
そんなに睨まなくてもいーじゃん……ドワーフみたいなのに怖いんだよ、この爺さん。
「お姉様、静かに」
「あ、はい」
あれぇ?
「依頼の内容は……竜鱗騎士団、臨時教官? お姉様が凄い冒険者なのは聞きましたが、国の正規軍に訓練ですか? この騎士団は新人が集まるものとか?」
ターニャちゃんって本当に頭が良いなあ。冒険者は軍人ではないし、規律を重んじる軍隊とは相容れないからね。疑問に思って当然だし、普通は合ってるよ?
「竜鱗騎士団はツェツエ最強の騎士団だよ。精鋭中の精鋭で各騎士から選抜される。ツェイス殿下直轄の、他の軍務に左右されない独立した騎士団だな」
「あの……そんなプロの……いえ、専門家の方が集まるところへ行って教官ですか? いくらお姉様でも……」
「ん? なんだ、知らないのか? 超級は一軍にも匹敵し、軍事の天秤を左右する程の奴等だ。だから各国は躍起になって超級を囲うのさ。ツェツエ王国が大陸最強なのは、超級が二人所属しているのも大きな理由だ。だから、実力的にはおかしい事じゃない」
「……冗談ですよね?」
日本にいたらそう思うよね、うん。まあ、一種の抑止力でもあるんだよ? 流石のターニャちゃんも冷静さを失ったのか、えぇ……って表情で俺を見た。そんな顔も可愛い、うん。
「冗談なものか。隣に居るジルは対個人や小隊規模なら間違いなく最強の人間だ。コイツを見てると嘘みたいだが事実だよ」
「うーん、最強は言い過ぎだけど……騎士さんとなら何とかなるかな? あの人達は集団戦に特化してるから、個人戦ならね」
未だに呆然としたターニャちゃんは何かを呟いている。
「だからクロさんはあの時……お姉様の側にいるには生半可な者ではって……」
あの変態、余計な事言って……全く。
「気にしないでいいの。ギルド長はいつも大袈裟なんだから。それに、超級へ強制される義務はないのよ? 私は戦争に参加するつもりは無いし、起こさせもしないわ。もう一人の超級……[魔狂い]も同じ考えだから安心して? ギルド長、ターニャちゃんを怖がらせないで下さいね?」
「ああ、済まない……ターニャ、横を見ろ。このジルがそんな怖い人間に見えるか? さっきだって床に這いつくばって、情け無くも下着まで曝け出したおバカだ。安心していい」
「ちょ、ちょっと! それは関係ないですよね!? リタさんも笑ってないでそのドワーフを叩いて下さい!」
「だから、誰がドワーフだ!」
「ふんっ! 今日からギルド長はウラスロ=ドワーフですから! 私が決めました!」
「ふざけるな! 俺はハーベイだ! 勝手に改名するんじゃ無い!」
「……ふふっ、ははは……!」
漸く笑ったターニャちゃんは……やっぱり可愛い!! リタさんは何故か拳を握り嬉しそうにしている。
両手で口を抑え、肩を震わせるターニャちゃん。
「ははっ……はあーーお腹が痛い、ふふっ、あはは!」
「笑い過ぎじゃない? お爺さんが可哀想だよ?」
「だって……さっき転んだお姉様を思い出したら可笑しくって、ふふっ」
「そっち!?」
ドワーフじゃなくて!?