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4. 始まりの逃亡④

龍の通り道、とはこれまた、古い伝承である…。

太古の昔、この地に降り立った龍神がなんども通ったとされる道のことだが、詳しく”どの道”とはっきり定義されてはいない。

つまり、所詮は伝承にすぎず、あるのかないのかすらわからないはずなのだ。


しかし実際には存在する、とヨンハクは語った。




川は何艘かの舟と通り過ぎるほどに広くなり、程なくすると渾呍川に合流する。既にいくつか塀を通り過ぎて宮廷を出たらしく、3人を乗せた舟は今のところ順調に進んでいた。


先頭に座るヨンハクは、長く下ろした髪が風でたなびくのを軽く抑えながら、後ろに座るヨウリに続けて語りかける。


「普通に生活している者は、例え実際に龍の通り道を歩いていたとしても、気づくことはありません。分かるのは、選ばれた者のみ…。」



そこまで言ってから、ヨンハクが目を爛々と光らせながら口角を上げると、ヨウリの後ろに座るシリュウが、呆れた顔をする。


「悪いな。そいつ、オカルト系好きなんだよ。顔に似合わず。」


「オカルト系とは何ですか失礼な!違いますよ!あなたが一番分かっているでしょうに!」



言われて憤慨するヨンハクをよそに、シリュウはあーはいはいと知らん顔をして受け流す。

間に挟まれたヨウリは事の展開に置いていかれながらも、おずおずとヨンハクに尋ねた。



「あの、話の途中だけど、ヨンハクさんは何故そんなに詳しいんです?」


「ヨンハクで構いませんよ。ヨウリ様。…そうですね。私の説明がまだでした。」


ヨンハクは、言われてはっとしてから、優しく微笑んだ。

確かに、微笑んだだけで花が咲き、女性が群がりそうなこの顔からは、オカルト好きだとは到底思えない。



「私は普段、津硃の宮廷で書記官を務めておりますが、元々術師の家の生まれで、監魍省に勤めていました。」


”監魍省”という言葉に、ヨウリははっとした。確か自分を追っている団体も同じ名前だったはずだ。


遠い昔を思い出すように、ヨンハクは眉をひそめて遠くを眺めた。


「監魍省とは、この逌国において秘密裏に働いている部署で、人間の手に負えない存在の者、つまり人外の者と主に関わります。本来は皇帝の下結成されたはずなのですが、数年前から単独で目に余る行動を繰り返し、手に負えない状態に…。」


はぁ、とため息をついてから、ヨンハクは続ける。


「私はシリュウとも馴染みがあったし、途中から監魍省の方針に納得できず抜けました。昔はちゃんとしていたところだったんですが…、まあ、この話は長くなるので、また今度お話しいたしますね。」



一息置いてから、ヨンハクが舟を撫でるのと、シリュウが立ち上がるのは同時だった。

そのままシリュウが舟の尾に立って太刀を抜くのを確認して、ヨンハクは続けた。


「言霊使いの家に生まれましたから、こんな事もできますよ。…加速。」


言った途端、舟はみるみるスピードを上げて加速していく。体が後ろに引っ張られそうになって、ヨウリは慌てて体重を前に落とした。


「は、速いっ…。」


ビュンビュンと景色が流れていく。心配になって振り向くと、さすがにシリュウも立っていられなくなったようで、しゃがんだまま後ろを見つめている。



「(何かあったのかしら…。もしかして、もう追手が…!?)」


ヨウリが不安に思って後ろを見つめていると、気持ちを察したのかヨンハクが努めて明るく声をかける。



「どうやらもう見つかってしまったようですね。突然ですがヨウリ様、あなたが今身につけている者で、無くなっても支障の出ない物はありますか?」


支障の出ない物?

言われてヨウリは自分の持って来た荷物を思い浮かべたが、どうやら皇太子室に置いてきてしまったようで、手元にない。



「(そうだ。これならいいわ。)」

しばらく考えてヨウリは自分の髪を結いていた紐を解く。解放されて、髪が風にたなびいた。


ヨンハクに渡そうとして前を向くと、前方に川を横切る橋が見える。その上に、こちらに向かって矢をつがえている人間がいた。明らかに自分たちを狙っている。



「あっ!あれ!」


ヨウリが声を上げてからヨンハクが振り向くと同時に、矢が放たれた。しかし動じず、手を前に出して唱える。


「停止。」


舟のスピードが上がっていたことも相まって、事は一瞬だった。一気に橋を通り過ぎてから気づくと、ヨンハクの手には先ほど放たれたはずの矢が握られている。


仰天して目を見開くヨウリに、ヨンハクは軽く笑った。



「危ないところでしたね。私が言霊で矢を止めたんですよ。あ、髪を結っていた紐ですか?貸してください。こうしましょう。」


「いや軽いわね!?結構すごい事よね、今のって…!」


「そうですか?ふふ、ありがとうございます!守護者様にお褒めいただけるとは、光栄ですね!シリュウ!」


「あーはいはい。良かったな。」


「いやあの、その守護者様って呼び方なんなの…?」



話しながら、ヨンハクは紐を矢に括り付け、懐から何やら文字の書かれた札を取り出すと、細くおって更に上から被さるように括り付けた。


「これで、いくらか時間稼ぎになるでしょう。さて、そーれ!」


それを、ヨンハクは大きく後方へ放り投げた。矢がシリュウの頭をかすめて飛んで行き、川に落ちて沈んでゆく。


「おい!あぶねぇ!」


シリュウの言葉を流して、ヨンハクはヨウリに話しかけた。



「私は、ここらで失礼いたしますね。近い未来お会いできるでしょうから、詳しい話はその時にまた。」


「だっ、大丈夫なの?ヨンハク!」


父を置いていった後悔が蘇って、ヨウリは思わずヨンハクの袖をつかんだ。


ヨンハクは一瞬目を見開いた後、すぐに穏和な表情に戻って、微笑む。


「大丈夫ですよ。先ほど褒めてくださったぐらいの事は出来ますからね。それでは…、硬化。」


何か術を施したようで、ヨンハクは舟から飛び降りると川の上に立った。


なおもスピードは落ちる事はなく、どんどんと姿が遠く見えなくなっていく。


「(本当に大丈夫かしら…。)」


ヨウリは不安を拭いきれず、後方を見やる。シリュウが振り向き、こちらを見て目があうと、笑った。


「大丈夫だ。あいつはああ見えて、腕は確かだから。」


そこまで言って、シリュウはさっと表情を変えて、こちらに手を伸ばした。


__危ない!



突然、意識が現実世界と遮断されたように遠くなる。

強く後ろに引かれるような感覚の後、気づけば深い水の中に沈んでいた。


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