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1. 始まりの逃亡 ①

今年で17歳になったヨウリは、活発な少女であった。パッチリとした目にゆるく結んだ髪、活色の良い肌。

どんな時にも恐れず進んで行く母譲りの行動力は、村の少年も躊躇う程で、それは両親が片親となった後も変わらなかった。


そして、生まれ故郷から遠く離れたこの場所でも変わらない。



心地のよい春のうらら、青空の下でヨウリは、思わず小舟から身を乗り出した。

田舎からここまで来た彼女にとって、ここ数日間で久しく訪れた感動だった。



「(こっちでは、もう桜が咲いているのね…!)」



感動に浸るヨウリをよそに、風に乗って舞い行く花びらがはらはらと小舟に落ちていく。




大国“ (ユウ) ”。

中央にこの国の皇帝が居を据える主都があり、それを取り囲むように5つの都が存在する。それぞれに皇帝の5人の息子、皇太子が居を据え治安を守っている、歴史的にも古い国である。



そしてここ、津硃シンシュウと呼ばれるこの都。



海のない土地ながらも商がよく発展していて、市場は朝から晩まで賑わっている。


西東の山岳地帯から流れる河川が多数に分岐し張り巡らされ、交通手段として運河が使われるので有名だ。


ヨウリがいるこの川もその1つで、ここでは川沿いに咲かせた満開の桜の花びらが、川いっぱいに浮かんでいる。まさに絶景だ。



桜を揺らす風が、頰をかすめて吹き抜けてゆく。


ゆっくりと進む舟の上、舞い落ちる桜を目で追いながら、ヨウリは眉をひそめた。



「(お母さん、元気にやってるといいけど…)」



数週間前、祖父の看病に出かけていた母から送られてきた手紙には、重要な話があるので来なさい、と書かれていた。


その他、ここまでは何日かかる、とか、戸締りはしっかり、などだけで、特に重要な追記はなされていなかったのだ。

手紙を無視するわけにもいかないので、疑問を多く抱えたまま、ここまで来ることになってしまった。



「(でもまあ、もう17になるんだし、しっかりやらないとね。)」



不安はあるものの、母が不在の間1人で家を守ってきたし、多少の長旅はどんとこいだ。

畑や家畜の世話は隣の家の夫婦に預けたし、村の赤ちゃんらの子守りも近所に住む年下の少年少女たちに注意深く教えたし、後は家の戸締りもしっかりしたし…。



「お嬢ちゃん。もうすぐ着くけど、そんなに身を乗り出すと危ないよ。」



村のことを振り返って確認していたヨウリは船頭の声でふと我に帰り、自分がかなり舟際に腰掛けていたことに気がついた。



「あっ、ごめんなさ…!」



それから慌てて戻ろうとするも、思い切り立ち上がってしまい…


バシャーンと大きな水の音と共に、水しぶきが上がった。





ヨウリは濡れた髪を結び直し、服に貼り付いた花びらを払う。



「(こんな状態じゃ、確実に風邪を引くわね…)」



村の少年たちと遊んでいた時に、足を滑らせて田んぼの用水路に落ちた記憶が蘇って、思わずため息が出る。


川に落ちた後、船頭に運賃を支払ってから、なすすべも無くそのまま歩いてきてしまったのだ。

どこか着替える場所を確保した方が良かったのか。いや、確実にその方が良いに決まっている。


ヨウリは、小舟の上にあったため水没を免れた荷物を抱えると、中に入っている手紙を目で追った。



「(人に聞いた限りだと、ここであってるはずなんだけど…)」



ちらり、と目を上げる。


普通の民家なら優に超えるであろう巨大な門。両脇に佇む兵士。


これは…



「(さっき教えてくれた人も言ってたけど、“宮廷”、なのよね…)」



何故か母の綴った住所は現皇太子の住む皇宮であり、誰に聞いてもそう教えられた。


しかし、母の生まれは平民で、こんな所に入れる身分ではない…。

どう頭をひねっても、女官として働いている、もしくは間違えている、という可能性しか出てこない。


とにかく、中に入れてもらって話を聞くしかない。とは、思うのだが…



ユウリは、唸りながら改めて自分の体を見た。

びしょびしょになった質素な服に沢山の花びらが張り付いている。



「(こんな格好で、入れてもらえるわけがない…)」



しかし、ここまで来たのだ。なんであれ、当たって砕けろ、だ。

不安を飲み込み、ヨウリは遠巻きにこちらを見ていた門番の1人に声をかけた。



「すみません、あの…」



近寄った瞬間、通用門の扉が勢いよく開き、ヨウリに思い切りぶつかった。



「いっ〜!」



顔を打ち付けて、思わず屈みこむ。

すると、扉を開けた張本人が目を丸くしながら顔を覗かせた。



「おっ?なんだ、悪いな。大丈夫か?」



門兵がたじろぐ中、彼はヨウリを伺い、屈みこむ。



「大丈夫です…」



俯いたまま応えるが、正直、大丈夫ではない。今も痛みで顔が上げられない。



「…シリュウ。殿下のお側を離れて何の用だ。」



見かねた門兵が、シリュウ、と呼んで彼に尋ねる。



「あいや、確か…ヨウリ?って女が来たら通してくれって…」



いきなり自分の名前が呼ばれ、ヨウリはがばっと顔を上げた。



「それっ!私です!」


シリュウは、呆れたような何とも言い難い顔で言い放った。


「いや…、それはいいけどお前、鼻血出てるぞ。」





「すみません…。お見苦しい所を…。」



ヨウリは、シリュウに連れられて宮廷の廊下を歩いていた。


あれから、水を汲んできて貰ったり、服を着替えるまで待っててもらったり、来て早々迷惑を掛けまくっていた。


今はやっと鼻血も止まって、シリュウの目的の場所へ案内して貰っている所だ。



「いや…、俺が確認せず開けちまったんだ。悪かったな。」


シリュウは、矯正な顔立ちで申し訳なさそうにはにかんだ。


「いえ…」



ヨウリは自分より高い位置にある顔を見ながら、ふと考え込む。



「(そういえば、この人って一体どんな立場にいるのかしら。それに、お母さんと何か関係があるの?

色々ありっぱなしで、聞く暇がなかったわ…)」



シリュウをよく見ると、切れ長の目とさっぱりとした顔立ちに、申し訳程度にまとめられた髪。


服はシンプルながら装飾のついた衣装と、肩当て。極め付けに腰には、太刀を帯刀している。


細身ながらも筋肉はある様だし、一見パッと見ると傭兵のような出で立ちだが、さっきの門兵の言葉が気にかかる。



”シリュウ。殿下のお側を離れて、何の用だ“____



「(殿下のお側を…、この人が…?)」



どうにも、皇太子の側にいるようなキャラには思えない。ヨウリはなおもシリュウを眺めながら、眉を寄せた。


そんな事もつゆ知らず、シリュウはとある扉の前で立ち止まった。赤い装飾がなされていて、明らかに他とは違う。



「着いたぞ。ここだ。」



           ◇



「ヨウリ!待ってたよ〜!」



シリュウに促されて部屋に入るなり、むぎゅっと強く抱きしめられる。

この声、この匂い…。間違いなく、あの人だ。



「ちょっ…苦しいわよ…」



ヨウリが身じろぐと、パッと体を離し、目線を合わせて屈みこむ。


「ごめんねぇ〜。だって、心配だったから…。長旅だっただろうし…」



後から入ってきたシリュウが扉を閉めながら、遠慮がちに口を挟む。



「あの、外まで声が聞こえていますけど…、なんでそんなにテンション高いんです?“皇太子殿下”。」



聞いて、ヨウリは仰天する。

皇太子…?この人が…!?



「だって〜!ホントに心配だったんだもーん!ね?ヨウリ?」


再び抱きしめられそうになった所を、ヨウリは思い切り押し返した。



「ちょっと!皇太子殿下ってどうゆう事!?“お母さん”!」



ヨウリと時間差でシリュウは、出てくるはずのない言葉に絶句した。お母さん…この人が?


混乱する頭を抑えながら、シリュウは皇太子を見やる。


どう見ても、男だ。もちろん、それなりに長い間側にいたのだから、それは間違いない。


じゃあ、お母さんって…?


頭を悩ませるシリュウをよそに、皇太子…もとい母(?)、コンリは、申し訳なさそうに口を尖らせる。



「だって…、言っちゃうと困るだろうし…。沢山大変なことあるし…。隠しておきたかったの…」


「それにしたって隠されても困るわよ!そんな…びっくりするじゃない!」


「だってぇ…ヨウリ…。ごめんねぇ…!」


「もう…わかったわよ…。」



涙目になるコンリの手を、呆れた顔のヨウリが握って振る。


完全に2人の世界から放り出されたシリュウが、未だ整理のついてないまま恐る恐る口を挟んだ…。


「あの…、お願いだからどちらか説明してください…。」



             ◇



逌国の5人のうち、津珠を任せられたコンリには、ただ1人愛する女性がいた。


名はユマイ。その土地で生まれ育って、父を宮廷付きの兵士、母を町で栄える店の商人としてもち、自身は女官として宮廷に奉仕する、しっかりとしていて活発な娘だった。



「ユマイは、自分の娘には自由に暮らして欲しかったんだ。ほら、私たち、複雑な関係で出会ってしまったから。」



敢えて“身分差”という言葉を使わずに、コンリは困り顔でそっと茶を執務机に置いた。


コンリの座る執務机と向かい合うように置かれた長机で、シリュウは思いつめたように下を向いていた。


その隣で同じように座るヨウリは、女官の入れた茶に口をつける。



「(出逢いが宮廷だったなんて、初めて聞いた…。お母さんったら2人とも、何も言ってくれなかったから…)」



思えば、確かに違和感は多かった。

1ヶ月ほど家にいた後、コンリは祖父母の容態を見に行くと言ってまた出て行く。


そして入れ替わりに、女性が家に来て世話を焼いてくれた。近所のお姉ちゃん、などと慕っていたが、あれは宮廷の女官だったのだ。


女官が家を離れると、今度はコンリがまたごっそりとお土産を持って帰ってくる…



ふふ、とヨウリはお土産の山を思い浮かべて笑みをこぼした。

少し寂しかったけど、楽しいことも沢山あった。



ヨウリの母であるユマイは、ヨウリが五歳の頃、行方不明になってしまった。



それからと言うもの、父であるコンリが母役を務め、ヨウリは半ば強制的に“お母さん”と呼ばされているのだ。

…今では、もう慣れてしまっているのだが。



「やっぱり女の子にはお母さんが必要だと思ったんだよ。男親だと、言葉が移るかも知れないから…」



コンリは、ヨウリににっこりと笑いかける。


「どうだった?ヨウリ?私ちゃんと“お母さん”やれてたかしら?」


「やめてよ…、お父さん。」


「やぁだ!お母さんって呼んでってば!」



突然の女言葉に若干引き気味のヨウリの横で、シリュウはここ数年を思い返していた。


「(もしかして、殿下がたまに女言葉になったり、女性っぽい服を着てたのって、そのせいか…?)」


少し考えてから、すぐに首を振って考えを打ち消した。

考えないようにしよう。本人が女装をして楽しそうにしていたのは、きっと気のせいだ…。



シリュウは気持ちを改めてから、コンリに向きなおり、尋ねた。



「あの、殿下。それじゃあ、本当のお母様は…?」



それを聞いて、コンリはあまり見せたことのない、真剣な表情に変わる。



「それなんだ、重要なのは。ヨウリ、お前を呼んだのもその事についてなんだ。」



先ほどまでの空気とは一転して、緊張が部屋に漂う。


母であるユマイは、行方不明になってからまだ見つかっていない、と聞かされてきたが、何か新しい進展があったのだろうか。


ヨウリは真剣にコンリを見つめた。

じわ、と汗が滲む。


しかし、コンリの口から出たのは、想像していた以上に驚愕させる言葉だった。



「ユマイは、“龍の生贄”になったんだ。」



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