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夜明けのソラの契承者 封印楽園都市  作者: やたか なつき
一章
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 香音とシリン。

二人が出会って、一月が過ぎた。

その間、何が起きるわけでもなく、二人は普通の学園生活を謳歌していた。

「あー」

 香音は、シリンの携帯端末に示された樹状図を一瞥し、天を仰いだ。

「なんとなく解ってました。解っていたんですよ」

「何をだ?」

「格差」

「格差?」

「知的格差」

「なるほど」

「いや、納得しないで下さい」

「どうしたい」

「知らないままでいたかった」

 香音は、懊悩する。

懊悩してみせ、ちらっと、シリンの表情を窺う。

シリンは、面倒くさそうにため息をつき、思案する。

「評価がどうあれ、我々の関係は変わるものではない」

 それは香音が欲しかった言葉だった。

シリンは、既に扱いを心得ている。

「だよね。だよね。だよね」

 言いながら、香音は、ぴょんぴょん飛び跳ね、それから、一呼吸して、真面目な顔をつくると、再び携帯端末を覗き込んだ。

左から右へと連なっていく樹形図は、学生の認定単位を示すものである。

シリンのそれは、延々と枝分かれを繰り返しながら広がる大樹の如き様相であった。

「数学、物理、化学、宇宙科学、あれもこれも。どうすればこうなるの?」

 香音の疑問は尤もである。

時間は有限である。

一年は三百六十五日であり、一日は二十四時間である。

シリンの樹は、歳相応のそれではないというより、常軌を逸するものだった。

どれだけ優秀であったとしても、限界はある。

「多くは、最初から認定されていたものだ」

「えっと、つまり、入園時の基礎学力審査で認定された単位ってこと?

かなり厳しいって話だけど」

「厳しいかどうかは解らない。ただ要所を抑えた的確な問いばかり」

「ますます自信なくす」

 香音にも、多少なり自負がある。

身近な者に大きな差を示されれば、肩を落とすのも仕方がない。

「環境に依るところ」

「どういうこと?」

「私の故郷は教育に熱心。

高度に効率化された先進的な教育が平等に提供されている」

「それはうらやましい限りですね」

 それは心からの言葉である。

香音は、自身の国を快く思っていない。

立憲主義を標榜しているにも関わらず、一部の特権階級が権力の永代支配を続ける社会構造の矛盾。

それを無視し続ける隷属を是とするように刷り込まれた平和な国民。

培われてきた文化の独自性を認める一方で、憂い、そして、蔑んでいた。

「香音の単位は?」

「私は、こんな感じ、良くもないし悪くもない。

と思ってる」

 香音は、携帯端末をシリンに渡す。

「なるほど、政治に、歴史に、哲学か」

 香音とシリンは、専攻も進捗も違っている。

が、時間を共有する上で、それは大きな問題とはなっていない。

若い学生は島内に一人で暮らしていることが殆どであり、

家族と過ごす時間が、学友と過ごす時間に置き換わるためだ。

 入学時に求められる素養は高い水準を求められるが、一方で在学生が縛られた日々を送っているというわけではない。

講義によって拘束される時間より、自主的に学習する時間が多いためだ。

 大鳥学園には、学級や学年という概念はなく、そも卒業さえもない。

学生は、生涯学習を旨とし、学びながら働き、働きながら学ぶ。

興味のある分野を自由に選択し、講義を受けることが出来る。

成果を示すことで単位が認定され、その単位が次の単位取得に挑む前提の資格となる。

樹状図は、学生たちのキャリアを示すものでもあり、示された情報と本人の要望を加味し、仕事が斡旋される。

勤務日数、勤務時間は自由であり、勿論、働かないという選択もできる。

 学生には、寮が提供され、食堂への出入りも自由だ。

認定単位や実績に応じて、奨学金も支給される。

つまり、入学した時点で、生活が保証される。

「何か感想があれば」

「関心している」

「ほんとに?」

「同郷の学生は少ないのだろう?」

「そうだね。先進国では最低だったかな?

評価基準の違いが大きな要因で、これは仕方がないことだとか、言い訳してるけど、私に言わせれば――」

「つまり教育のレベルが低い」

 シリンは、香音の言葉を遮って、切って捨てる。

「仰るとおりです」

「にも関わらず、香音は、学園に入り、順調に単位を取得している。

個として優秀であることの証明だ」

「小さい頃には、あまり学校に通えていなかったから、そのお陰かもね」

 香音は、苦く笑ってみせる。

「基礎学習はどうしていた?」

「学園が提供しているオンライン教材」

 学園は、世界中の子供のために、学習教材を無償提供している。

ネットワークに接続できる端末さえあれば、自由に利用できる。

「いずれにせよ、環境の不利を覆した。

誇れることだろう」

「不幸中の幸いってやつね。

とにかく、今の私があるのは、学園のおかげ。

感謝してる」

「香音なら成長していける筈だ」

「ありがとう。がんばる」

 香音とシリンは、どこかおかしなやり取りに、互いにくすりと笑った。

「さて、そろそろ講義の時間だ」

 シリンは言い、立ち上がる。

「それで、今夜は?」

「ああ、問題ない」

「それなら、いつもの場所で」

「わかった」

 香音は、颯爽と背を向けるシリンの姿を静かに見送った。

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