5
一夜が明けた。
覚めない夢は続いている。
香音とシリンは、カフェのテラス席に座り、少し遅めの朝食を取っていた。
会話はまだない。
香音は、シリンの様子を窺いながら、考えを整理している。
一方のシリンは、何に気を遣うでもなく、ただ静かに、珈琲を飲んでいる。
襲撃から逃れた二人は別れ、そこで接点が失われるという運命もあった。
だが、香音はそれを嫌った。
半ば強引に連絡先を交換し、半ば強引に再会を約束させた。
助けてくれたお礼をしたいという気持ちもあった。
だが、それだけではない。
互いを信頼し、尊重し合える親友になれると信じたからだ。
香音にとって、シリンははじめての存在だった。
香音は、自惚れてはいない。
他にも、力を持つ者は必ず存在すると考えていた。
だが、これまで常人にはない力を持つ者と出会えたことはなかった。
出会っていたのかもしれないが、それに気づくことはできなかった。
それは自然なことである。
力を持っていれば、隠す。
香音がそうしているように、他の者もそうするだろう。
故に、力を持つ者が出会い、互いの力を認識するという状況が稀であるのは、おかしなことではない。
生命を脅かされたことは、歓迎すべきことではない。
だが、襲撃がなければ、こうはなっていない。
「よし」
香音は、言葉でシリンの視線を誘導すると、ポケットから手のひらサイズの箱を取り出してみせた。
「これは?」
「トランプ」
「それは識ってる」
シリンの呆れるような声に苦笑いしながら、香音は箱の封を切りカードの束を抜き出すと、軽やかにシャッフルした。
慣れた手つきである。
「三枚引いて」
シリンは、特に異を唱えず、指示に従った。
「ダイヤの三、ハートのクイーン、クローバーの八」
伏せられていたカードをシリンがめくっていくと、言葉通りのカードが並んでいた。
「なるほど」
シリンは、選んだカードを手に取り、表と裏を確かめ、そうつぶやいた。
「はいはい、返してくださいね」
香音は、三枚のカードを束に戻しシャッフルすると、今度は束を両手に分け綺麗に広げた。
「では、もう一度引いてください」
シリンは、異を唱えず、指示に従う。
「引いたカードに、好きな言葉を書いて」
香音は、どこからともなくサインペンを取り出し、カードの束と共に、テーブルに置いた。
「書いたら、束の好きな所に差し入れて、はい、ありがとう」
シリンは、異を唱えず、指示に従う。
「ふむふむー」
香音は、テーブルの上に置かれたカードの束を凝視しながら、わざとらしく呟く。
「これは言葉というか、円周率ね。意地悪しないで欲しいな」
香音がサインを読み上げると、シリンの表情が一瞬揺れる。
シリンがサインしたカードは、確かに束の中にあり、目視できない。
香音は、カードの束を広げるが、そこにはサインのあるカードはない。
「さて、カードはどこに?」
香音は、懐から一枚の封筒を恭しく取り出す。
中には、当然のように、シリンがサインしたカードが入っていた。
香音は最後に、束の中から三枚のカードを選び、それらが入れ替わる様を見せた。
ハート、クローバー、スペードの順に置いた筈のカードが、捲ってみるとクローバー、ハート、スペードに。
スペード、クローバー、ハートの順に置いた筈のカードが、捲ってみるとスペード、ハート、クローバーに。
その手捌きと話術は、堂に入ったもので、人を魅了するに足るものであった。
香音は、トランプを片付けながら、シリンの表情を覗く。
「さて、お客様、お楽しみ頂けたでしょうか?」
香音の問いかけに、シリンは応えず、静かに珈琲に手を伸ばした。




