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「ソラ、情報を」
白い面の下、誰にも聞こえない、しかし、唯一人に届く声で、ソウマは呼んだ。
「検索:学園の中央データベース、隔離領域に侵入。
対象の特徴から異能を照会。
――該当。
『零式境界』に合致」
誰にも聞こえない、しかし、唯一人に届く声で、ソラが応えた。
ダイレクトリンク。
時間と空間を超越する絶対の輪で二人は繋がっている。
「自身を内包する立方体を独立した空間と定義し、
境界の連続性を否定することで、完全に隔絶します」
「欠点は?」
「空間の境界は絶対であり、強度という概念が存在しているかも不明。
通常兵器が効果をあげた事例は報告されていません。
一方で、その行使には高い集中力が必要とされ、心的要因による境界の消失が確認されています。
「心的要因?」
「つまり、動揺です」
ソウマは情報を基に状況を打開するための戦術を構築していく。
「境界の出現を予想できるか?」
「肯定:境界の出現時には、そこにある物質が押し退けられるようです。
故に、地球大気圏下においては、境界の捕捉は難しくありません。
また視線からの推測も一定の効果が期待できます」
「境界を視界に投影」
「反映しました」
ソラの言葉と共に、不可視であった境界が青く彩られ、ソウマの視界に映し出される。
「さて、貴方の異能のことは概ね把握しました」
「戯れ言を」
リンファは、相手にしない。
代わりに、実力を行使する。
白面を演じる者の足元を一瞥し、空間を刻みつける。
牽制となる筈の一視。
それをソウマは、軽やかに躱してみせる。
「どうしましたか?」
ソウマは、わざとらしく、訊ねてみせる。
リンファは、確かめるように、二手、三手と刻む。
致命傷は避けるように浅く、だが、そんな気遣いは不要であると示すようにソウマは躱す。
まるで捉えられない。
疑いが確信に変わる。
「何を、している!?」
「攻撃を躱している。それだけです」
「莫迦な、そんなことができる筈が」
「何故、視えないと?」
リンファは、平静を装いながら、ソウマを捉えんと空間を刻む。
そこには、明らかに焦りがあった。
リンファの意図するところは、打倒であっても、殺害ではない。
それは学園の意向にも、風紀委員の意向にも反する。
白面に対し、嫌悪はあっても、憎悪はない。
故に、細心の注意を払いながら、異能を行使してきた。
それは、先の侵入者に対しても同じである。
だが、今は、そうではない。
速度を求める余り、精度が失われていた。
ソウマは、躱し、躱す。
リンファの距離感が狂っていく。
そして、一線を越えた。
「あっ」
リンファは、暴走に気づき、静止する。
牽制の域を逸脱した凶行。
それは言い逃れようのない攻撃だった。
だが、それこそが待ち望まれていたものだった。
躱すことはできた。
だが、そうはしない。
その一枚の境界に、ソウマは、腕を差し出す。
「なっ!?」
上腕の切断は致命的な損傷となり得る。
大量の失血は、生命の維持に重大な危機をもたらす。
学園は最先端の医療技術を有しているが、それも絶対ではない。
果たして、すぐに救護を呼ぶことができるのかも、確かではない。
人を殺す。
その可能性に、リンファの心は激しく揺らぎ、そして、ほつれた。
境界は砕け、空間が同期する。
「貴方は、正常です」
ソウマは、慈しむように告げた。
「おのれ!」
リンファが気づいた時には、既に遅い。
ソウマは跳び、距離は失われていた。
「わ、私に触れるな!」
リンファは怯えるように叫び、再び、世界を刻もうとした。
だが、間に合わない。
「その在り方は尊ぶべきものです。少なくとも、まだ、今は」
ソウマの掌底が胸に触れ、如何なる技か、リュウ・リンファは糸が切れた人形のように力を失い崩れ落ちた。




