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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
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第五章 三笠くん #3

「えっ!? 猫」

 三笠くんが、驚きの声を上げる。

 と同時に、私を見つめていた三笠くんが、視線を外してあらぬ方を見た。


 引いてる。どうみても、三笠くん引いてる。

 で、ですよねー。

 涙まで流して、取り乱しておいて、探してるのが猫。

 事情を知らない三笠くんが、引いてしまうのも無理はない。


「あの…やっぱり…一人で…」と言いかけたら

「その猫、どんな猫」

 三笠君が視線を外したまま尋ねてくる。

―ああ、一応、形だけは、聞いてきてくれるのね。ほんと御免なさい―


「全身が雪のような白。細身で、毛足は短く、尻尾は長めで。見た感じは、まるで

お姫様みたい。目の色は金色で、瞳のまわりだけグリーンぽくて……」

 と説明してみる。

 見たことが無い筈なのに、鮮やかな印象が残っていることが自分でも不思議だ。

 三笠くんは、私が説明するあいだ一度も目を合わせてくれない。

 ずっと、違う方向を注視している。

 もう、私のことなんか関心がなくなったんだ。

 なんか、居たたまれない。やっぱり、自分独りで探すって言おう。


「ひょっとして、あの猫がそうじゃない」

 三笠くんが、自分の視線の先を指さす。

 えっ!?

 私がその方向を振り返る。

 二~三メートル先の茂みの陰から、私たちの様子を伺う白猫と目があった。


「ミドリ!?」 


 私は驚いてたちあがる。

「ミドリなの?」

 白猫の方に一歩踏み出す。

 その猫は、プイと顔をそむけると、私たちから離れるように歩き出す。

「ミ、ミドリ…」

 白猫は、私たちの方を何度か振り返りながら、歩き続ける。

 違ったのか?

 差し述べた腕を、力なく落とす。


「濱野さん、濱野さん」

 三笠くんが私の肩をトントンとたたく。

 振り向くと。

「濱野さん。少し、痛がってみせてくれない」

 えっ? なんのこと?

「膝の傷が痛むフリをしてみて、早く」


 三笠くんに言われるまま、しゃがみ込んで膝の辺りを手で押さえ

「イタタタタ!」

 と声をだす。


 白猫が歩みを止めて、こちらを振り返る。

 白猫と私、四つの目が無言の視線をぶつけ合う。

「濱野さん。濱野さん。今度は、大げさに泣き真似してくれない」

 私はすぐさま両の掌で顔を多い。

 うえぇーん。と大きな声で泣きまねを始めた。

 白猫が私たちの方に寄ってくるのが、指の間から見て取れる。

 私の足元に来た猫が、ニャァーと鳴いて鼻先を摺り寄せてくる。


「ミドリなの?」

 ニャァーと応える。

 猫を抱き上げ、両腕のなかで抱きしめる。

 ミドリが私の首に前脚を回す。その体温が温かい。


「ミドリ、ミドリー」

 私の目から、本物の涙が溢れ出す。

「翠。翠。お姉ちゃんだよ。ごめんね、ごめんね。お姉ちゃんが悪かった。もう、

どこにも行かないで。お姉ちゃんが、きっと人間に戻してあげるからね」

 翠と頬ずりを繰り返す。翠の顔が私の涙で濡れていく。

 翠はそれを嫌がる様子もなく、ミーと子猫のような鳴き声を上げる。


「その猫、濱野さんの方を心配そうに見てたんだ、それで、もしやと思って」

 顔を上げて、三笠くんの方を見る。

―ありがとう―

 そう言おうと思ったけど、言葉にならない。

 見つめあう、私と三笠君。

 朝の公園で、二人と猫一匹が不思議な静止画を作る。

 翠と再会できた安心感から、私の体から全部の力が揮発してしまったようだ。

 何も考えることもできず、私は放心したように涙を流しつづけた。


 〇


 どれくらい時間が経ったろうか。

 それまで私と翠の様子を辛抱強く見守っていた三笠くんが口を開く。

「濱野さん。聞きたいことがあるんだけど…」

 その言葉に、ハッとして我に返る。

 顔を上げると、三笠くんの真剣な眼差しとぶつかった。


「濱野さん。自分がその猫のお姉さんって言ってたよね。それに、その猫を人間に

戻してあげる、とも…」

 さっきの発言を三笠くんに聞かれてたんだ。

 あぁ、どうしよう。どうやって、翠のことを説明しよう。

 とても、信じて貰えそうにない。


 三笠くんが、私の次の言葉を待っている。

 その視線が痛い。

「あの…。とても、信じて貰えないと思います…」

 と猫の足音よりも小さい声で呟く。

「どんな不思議な話か知らないけど、濱野さんの言うことならば、僕は信じるよ。

だって、濱野さんが作り話をするような人じゃないのは、普段の様子を見ていれば

分かるもの」


―普段の様子をよく見てる? それってどういう―

 場違いの疑問が頭をよぎる。

 その疑念が私の顔に滲み出たのか、

「とにかく、濱野さんの知ってる事を話してくれないかな。信じるか、信じないは

後から、考えよう」

 と、三笠くんが取り繕うように先を促した。


 そうだ。とにかく、三笠君と出会ったことが切っ掛けで、私は翠と再会できた。

 三笠君に、翠の秘密を話すことで、事態が良いほうに流れるんじゃないか。

 そんな気がする。


 私と三笠君は、並んでベンチに座る。

 私の膝の上には、猫のミドリがおとなしく丸まっている。

 私はミドリの頭を撫でながら、昨日からの不思議を三笠君に語って聞かせた。

 もちろん、私が三笠君に振られたと思ったくだりは、伏せておいたけど。

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