表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
14/39

第五章 三笠くん #2

「すいません。大丈夫ですか? あっ」

 と自転車の主の声。


「す、すみません。探し物に気をとられてて…」

 謝りながら、立ち上がろうとして、左膝に痛みが走った。

 転んだ拍子に擦りむいてしまったようだ。少し、血が滲んでいる。


 よろけながら立ち上がり、顔をあげて自転車の主の顔を見る。

「えっ!? 三笠くん…」

 な、なんで三笠くんが。

 昨日に続いて、二日連続でこんな醜態さらすなんて…。

 と、思う間もなく。顔が燃えるように熱くなってくる。

 うわぁ、いま私の顔、リンゴ並みに赤くなってるよ、きっと。

「ほんと、すみませんでした」

 三笠くんに背をむけ、その場を立ち去ろうとする。


「待ってよ、濱野さん。怪我してるじゃないか」

 いきなり右手首を掴まれて、引き止められた。

 三笠くんの手が熱い。

 私の顔が強力な赤外線を発し始める。

 何をしていいか分からなくなった。

 黙ったまま、三笠くんに背をむけて立ちつくすしかない私。

「あそこの公園のベンチで手当てしよう。ぼく、傷絆きずばんもってるんだ」

 三笠くんは私の手を放すと、自転車を押しながら、先にたって歩いていく。


 恥ずかしくて、ここから逃げ出したいくらいだ。

 けど、昨日のように無言で立ち去ったら、あとで後悔することになる。

 私は、三笠くんのあとに付いていくことにした。


 公園のつくと、三笠くんから傷を水洗いするように促された。

 言われた通り、水道水で擦り傷の周りの汚れを落とす。

 ベンチに座るように言われたので腰を下ろすと、三笠くんが自転車の籠に入れた

リュクから絆創膏を取り出す。最近流行(はやり)りの、湿潤療法の絆創膏だ。


「これだと、傷の痕が残りにくいんだって。けど、女の子の足には触れないので、

自分で張って貰えるかな」

 と恥ずかしそうな顔で、その絆創膏を手渡された。

 どうやら、三笠くんの中では、私は女の子の部類になっているらしい。

 ちょっと安心。


 絆創膏を貼ると、ヒヤッとして何だか痛みが薄らいだ感じだ。

「ありがとうございます」

 三笠くんの目を見ながら、素直にお礼が言えた。

「よかったよ。リュック持ってきて。役にたった」と三笠くんが笑う。

 私もつられて笑顔になる。


「三笠くんて、いっつもリュックに傷絆入れてるんですが」

 と、ここで私は素朴な疑問を口にだす。

「僕、歴史が好きなんで…」

 と、答えになってない答えを返された。

 私が、首を傾げると。

「あー。それじゃ分かんないよね。僕が好きなのは、民間伝承とか、そんなの」

 まだ、言っている意味が分からない。

 なんだか、三笠くんもアセアセしてるように見える。


「それで、人が寄り付かない古い神社や遺跡を訪ねる事があるんだけど、藪の中や

雑木林に入り込む事があるんで、よく引っ掻き傷をこさえるんだ」

 なるほど、ようやく納得。

「それじゃ、これから遺跡めぐりですか?」

 と尋ねると

「ん…んーん。今日はちょっと、家に居づらい事ができたんで…」

 と謎の答えを返された。


「ところで、濱野さんは? さっき探し物してるようなこと言ってたけど…」

 そ、そうだった。三笠くんに会って舞い上がり、すっかり翠のことを忘れていた。

 先ほどまの不安と心細さが、再び首をもたげる。

 胸の辺りが苦しくなる。

 こうしている間、ミドリが私から離れていくのかもしれない。

「ごめんなさい。すっかり、忘れてました。……あの。自分の不注意で転んだだけ

なのに、親切にしてくれて、ありがとうございました。私、急いでますんで…」

 私は、早口でまくし立てて、ベンチから立ち上がる。

 ペコリと頭を下げて、その場を立ち去ろうとする。


「待って。濱野さん」

 また、手を掴まれた。

 三笠くんの手が熱い。

「その探し物。僕も一緒に探すよ」

「えっ!?」

「一人より二人の方がいいでしょ。それに自転車があれば、えっ、えっ、えっ?」

 不安と心細さのなか、優しい言葉をかけられて、急に目頭が熱くなってきた。

 と、思う間もなく涙が流れた。

 私が急に泣き出したので、三笠くんが絶句している。

 事情を説明しようと思うけど、言葉が出てこない。


 三笠くんに促されて、もう一度ベンチに座る。

 私が涙を流し続けるあいだ、三笠くんは傍らに立っている。

 私が落ち着くのを待っていてくれているんだ。


 翠を一緒に探してくれる。

 その申し出は嬉しいが、こんな変なことに三笠くんを巻き込んで仕舞うことには

引け目を感じる。

 というか、とても信じて貰えないだろう。妹が猫になったなんて話。

 私の心は再び暗くなり、涙も冷たくなっていく。


 暫くなって、私も漸く心を落ち着かせることができた。

 涙も収まってくれている。

 傷絆のお礼を言って、この場を立ち去ろう。

 そう決心して顔を上げた。

 三笠くんが私を見つめる視線とぶつかる。


 私が口を開こうとすると

「とても、大切なものなんだね。濱野さんが探しているものって」

 三笠くんが被るように声をかけてくる。

「…でも」と躊躇すると

「二人で探したほうがいいって、僕にも探させてよ」

 三笠くんの優しい言葉で、また泣きそうになる。ダメだ、こんなじゃ。

 とにかく、ミドリを見つけるのが大事だ。恥ずかしいとか言っていられない。


「ありがとうございます。宜しくお願いします」と返事をする。

「こっちこそ。宜しく。ってか、濱野さん。敬語じゃなくて、普通に話さない? 

なんか窮屈だよ、話してて」

「で、でも。三笠君と、あんまり話したことないし…」

「一年のとき文化祭の実行委員、一緒にやったじゃない。忘れちゃった?」

「いえ…。そんなことは…」

―忘れる筈がない。その時から、ずっと三笠くんを好きなんだからー

「じゃぁ、いまからはタメぐちで…」

「はい。……うん」

 思いもよらず、三笠くんの心に近づけた気がした。

 雨降りの私の気持ちの中に、少しだけ日が差したように感じる。


「…で、濱野さんの探してるものって何?」

「そ、それが…。猫なの…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ