表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
13/39

第五章 三笠くん #1

 全てを思い出した。


 胸の辺りが苦しく冷たい。心臓が氷の刃で貫かれたように痛む。


 私は、何て事をしたのだろう。なんという事を願ってしまったのだろう。

 止めどなく涙が流れる。私は、机に突っ伏して泣き続ける。

 机の上に、涙の滴が溜まっていく。


―お姉ちゃん―

 そう、呼ばれた気がした。

 顔を上げると、ノートに書いた翠への伝言が目に入った。

『ごめん 翠 お姉ちゃんが悪かった どこにも行かないで』


 そうだ、泣いている場合じゃない。

 翠を人間に戻さないと。

 すぐに、お母さんにこの事を伝えよう。

 椅子から立ち上がり、部屋のドアに手をかけた。

 そこで、私は体の動きを止める。


 だめだ、だめだ。

 さっき、お母さん達と翠の話をしていて、私はいつの間にか翠のことを忘れた。

 猫のミドリが現実と思っている人に接すると、その影響を受けて、私も翠の事を

忘れてしまうのに違いない。

 翠の事は、私独りで解決しなくてはいけないんだ。


 冷静になって、自分のしなければならない事を考える。

 まず一番に、猫のミドリを見つけること。

 次に、あの謎の髭猫を見つけること。

 よし!

 そう決めると、私は外出できるように、高校の制服に着替えた。

 猫のミドリが、制服についた私の匂いを嗅ぎ取ってくれるかもしれない、そうな

期待をしたからだ。

 それから私は、壁に飾ってあるカワセミの缶バッチを取って、ポケットにしまい

込んだ。

 何かの拍子に、翠の事を忘れてしまった場合の用心だ。

 カワセミ ⇒ 翡翠 ⇒ 翠 の連想で、翠を思い出せるようにしておこう。 


 準備良し。それでは早速。

 そう、思って部屋を出てから大変な事に気がついた。

 私は、猫のミドリの姿を知らないのだ。

 猫の種類も、体の色も柄も、何もかも。

 困った、これじゃ探しようがない。


 お母さんに尋ねてみようか?

 でも、翠の事を忘れてしまうかもしれないし…。

 ええい、考えていても仕方がない。

 階段を下りて、ダイニングに入る。

 すると、お母さんがダイニングテーブルの傍らにボンヤリと立っていた。

 昨日まで翠が食事をしていた場所に、右手の掌を置きながら…。


「どうしたの、お母さん?」

「…ん。何だか、ここにいると不思議な気持ちになるの。寂しいような……、何か

大事な事を忘れているような。何とも言えない、変な気分…」

 お母さんも、心のどこかで翠の事を覚えていて、寂しさを感じているんだ。

 ごめんなさい、お母さん。私のせいで…。

 私はお母さんを背中から抱きしめる。

「どうしたの。美寿穂?」

 私は、母に気づかれぬよう涙をぬぐい、

「何でもない…」と答える。


 お母さんを抱きしめながら、私は出来るだけ平静さを装い、

「ミドリって、どんな猫だっけ」

 と訊いてみた。

「どんな猫って、ミドリはミドリでしょ。覚えてないの?」

「それが…、居なくなったら、思い出せなくなっちゃって…」

「あんなに仲が良かったのに?」

「いいからぁ。早く教えて」

「そうね。細身の白猫で、毛は短めで、尻尾は長めで、目の色は黄色で瞳の周りが

グリーンぽくなってた」

 私の頭の中に、ミドリのイメージが鮮やかに蘇る。

 寝床でくつろぐミドリ、餌をねだるミドリ、足に纏わりつくミドリ。

 そうだ、ミドリは華奢で繊細な、まるでお姫様みたいな猫だった。


 はっ、いけない。

 猫のミドリを強くイメージすると、翠の方を忘れてしまう。


「ありがとう。お母さん。きっと、きっと、翠を連れて戻るからね」

 私は、そう言い残して、ダイニングを後にする。


 私は、翠を取り戻す。かならず。何に代えても。

 そう誓って、家をでた。


 さて、家を出てはみたけれど、どうやってミドリを探そうか。

 いきなり、途方にくれてしまう。


 妹の翠が家出したのなら、向かう先はだいたい見当が付いている。

 従姉の咲穂里さほり姉ちゃんの所だ。

 咲穂里姉ちゃんは一人暮らしだし、翠には甘甘だから、二三日泊まっていけとか

言うに違いない。

 でも、咲穂里姉ちゃんの所は電車で30分はかかる。

 猫では電車に乗れないし、歩いてはとても行けそうもない。

 そうなると、ミドリはどこを目指しているのだろう。

 猫になったのだから、当てもなく彷徨っているのかもしれない。


 とにかく、何かしないわけにはいかない。

 家の近くから、シラミつぶしに探していこう。

 今までの経験からして、猫が車の行き交う大通りを闊歩する図は想像できない。


 狭い路地の奥、人気のない駐輪場、空き地。

 そんな人目の無いところに屯しているのが、私の猫に対する印象だ。

 馴れ馴れしく家に上がりこみ、餌を長大する猫もいるのだろうが、ミドリならば

そんな事はしなと思う。全然、根拠は無いけれど……。


 自宅の周辺を探し回る。

 細身の白猫。毛は短め、尻尾は長め。目は黄とグリーン。

 ミドリのイメージを思い浮かべながら探す。


 あっ、白猫。…でも、体の反対側に黒ブチがあった。

 あっ、…とあれは太りすぎ。

 あの猫は、毛足が長いから別な種類の猫だ。


 むむむ。細身のしろねこ。もしやっ。

 と、おもって近くによってみたら、目の色が違った。それに顔が間延びしている。

 やはり、簡単には見つからない。

 それに、ミドリのイメージばかり思い描いていると、翠の事を忘れそうになる。

「翠は妹。翠は妹」と唱えながら、猫のミドリ探し続ける。


 だんだんと不安になってくる。

 自分は全く見当違いの場所を探しているのではないか。

 こうしている間にも、ミドリはどんどん遠くへ行っているのではないか。


 このままミドリが見つからなかったら。

 ミドリが帰って来なかったら。

 そう、想像すると目頭が熱くなってくる。涙で視界が霞んでくる。


 袋小路の路地を探し終え、路地の方を見返りながら表通りに出ようとした瞬間。

 キーッ。

 突然、横から現れた自転車に驚き、私はその場に転んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ