#18 虫も殺せぬ鬼とチキンなサムライが怪盗になったから
ワタリは夜の街を駆ける。夕方降っていた雨でアスファルトは濡れ、ネオンを反射していた。
「くそっ、クレハはどこに監禁されてるんだ?」
ワタリは新しいビジネスとして身寄りの無い貧民たちに写真を撮らせて、それを買い取るサービスを行っていた。
センスさえあれば成り上がれる古典的ながらも新しい形の商売。
なによりケータイさえあれば成立する元手がいらないノマドワーカーの形。
彼は有能であったが故に従来のビジネスの既得権益に触れてしまったのだ。
それも、ブラック企業とよばれる企業から社員を大規模に引き抜く形で。
あるいは、それこそ彼の行う新しい年号の奴隷解放と言えた。
「とにかくネットに接続しなきゃ……ゴーギー、管理者権限でログイン」
ワタリがこめかみに手を当てると、彼の耳に合成音声が、視界の脇にモニターが映る。
<おかえりなさい、マスターワタリ。あなたにスカイプ通話が来ています。
『ロビー』さんからです>
「ロビー……あの伝説の!?解った。つなげてくれ」
<わかりました。通話を開始します>
ワタリは緊急通話用に普段は髪の毛で隠れる所にネット接続用電脳術式を刻んでいた。
<やーやー!昨日ぶりくらいかな!このハンドルネームでは初めましてだねロビーさんは私だよ>
ワタリの耳にボイスチェンジャーの元気な声が聞こえた。
つい昨日まで話していたフォロワーの一人だが、裏の顔は、と言うことだ。
「あなたが!?うすうすヤバい人だとは思ってました。
俺がこんな重大な事に気づかなかったなんて、さすがは伝説のハッカー……いや、挨拶してる場合じゃないです。
状況は知ってますよね」
<もちろん!だからいろいろ動いてたよ。そこを右に曲がって20秒待って!迎えが来るよ>
「わかりました。それも俺の知ってる人です?」
<見たら納得するんじゃないかな>
ワタリは指示に従い、裏路地から大通りを警戒する。
パトカーのサイレンの音を背後に、一台の車が止まった。
覆面の二人組、鬼とサムライだ。
「ワタリさんなのだ?助けに来たのだ!」
「人質はもう解放したきに。別の仲間が香港に逃がしちょる。
あんたもとりあえずは、日本から出るがじゃ。マカオまで仲間が送る手はずになっちょる」
「ひょっとして、怪盗の?」
「ああ、右の方の右田じゃ」
「左の方の左鬼なのだ!」
巷を賑わす怪盗二人組。どうやら、想像以上にロビーの手は長い。
ワタリは思考をめぐらせる。天才的ブロガーの頭脳はいくつかの点を線で結んだ。
「……ひょっとして、仲間って『誓約』だったりします?黒森善也さんも生きてたりするとか」
あっはっは、と繋がったままのネット回線の向こうでロビーが笑った。
<さすがワタリさんだね。そうだよ。どうかな?マカオで休みながら、私たちと組まない?>
「それが俺を助けた理由か……降参だ。やられたよ。OK、組みましょう。
俺がとびっきり面白くデカいビジネスにしてやりますよ!」
かくして。怪盗団と『誓約』、ロビーという点が線でつながり、そこにワタリという新しい星が入る事となった。
このように、誓約は協力という横の関係で拡大していくのだ。
■
一方、おとりを引き受けたイルマの方は大勢のヤクザに囲まれ、孤軍奮闘していた。
「数が多いなクソが!ワンオペ戦闘かよ逃げて良い?」
<大丈夫!今援護するよ!>
ビルの谷間を縫って飛行ドローンが、下水や裏道からウサギ型ロボットが銃や刃物を背負って飛んでくる。
爆発音。
ウサギ型ドローンの背負ったロケットランチャーが火を噴き、イルマを囲む群衆に穴を開けた。
<さあ!>
「おう、ここが退き口だ!前進撤退とか島津人じゃねえんだから勘弁してくれよ!」
イルマは爆発でできた包囲の隙間を縫って脱出する。
路地裏で一息ついて、ロビーに通話を試みた。
「おい、これ悪代官から人質助けるって単純な話じゃねえだろ。
裏で何かでかいもんが動いてやがるな?」
<そうだよ。聞きたい?多分、重大な選択になるけど>
ロビーの声は普段とはかわって、真剣な物だ。
「知らなきゃ選択しようがないじゃん。俺ら同盟だよ?
知らなきゃ何も解決できねえから、この時代になろうとも全てを公開したアホの末端じゃん。
水くさい事はいいから。とりあえず話聞かせろ」
そう、『知らなければ変らない』この概念のために魔法とそれにまつわる多くの問題が白日にさらされ、その結果がこの混沌だ。
そして、それをやった同盟とその構成員は、同じ選択を何度でもするだろう。
<解った。全部話すよ。私たち『誓約』のことも。
「百鬼」で進行してる計画のことも。その上で選んで欲しいな。
私たちに手を貸しても良いし、独自に動いてもいい。聞かなかったことにするのも自由だよ>
「ああ」
さあ、国家の秘密が路地裏で明かされる。
<まず百鬼だけど、この国の政治家に素性を隠して取り入ってる。日本を隣国と戦わせる気だよ。
もちろん、後ろに東の大国がある以上、日本は物量差で負ける。これは大国と百鬼が手を組んで仕組んだこと。
戦後に日本は切り取られて、百鬼は東の大国を背後にして合法的に独立を手に入れる>
「あー……もうちょっと解りやすく」
3行以上の話はイルマには煩雑に過ぎるのだ。
<百鬼は料理の美味しい国に日本を売り払うって事!わかる?>
「だいたいは。そのために政治家をたきつけて戦争起こすと。最近の情勢鑑みてヤバくない?」
イルマは長い話を1行にまとめて理解していた。彼とてバカではないのだ。
<ヤバいよ。この国の政治家はその計画に乗ってる。
企業家も搾取を強めてる。だから、戦後は大国の資本が入ってむしろ好景気になって百鬼は受け入れられる。
計画の進捗はあと一歩の所まで来てる。さあ、イルマはどうするの?>
つまり、また大規模な戦争だ。大国と、日本と。そして同盟や百鬼も入り乱れて。
イルマはふう、とため息をついて壁にもたれかかり、摩天楼を見やる。
美しい。
空には人々が魔法や箒で飛び、宝石箱のようにライトが輝く。
守りたいと切に願う。
「……どうすっかなあ。同盟もドンパチする気みてえだし。
ヤベえなあー……面倒くせえ。なんで俺が政治に首突っ込まにゃならねえんだよ!」
イルマは狩人で、退魔師だ。ただの荒事屋だ。
政治など興味は無い。しかし、組織ごと巻き込まれては動かざるをえないこともある。
そして、イルマの顔は広く守るべき仲間は多いのだ。
「でも、まあ。動くかねえ。十兵衛あたりも誘ってな」
久々に、煙草が吸いたくなった。
■
「ボス。これがあの企業の秘密ぜよ!指定された回線で送ったきに、役立てなっせ!」
「これで搾取されていた社員さんもきっと解放されるのだ!ぜひ助けてあげて欲しいのだ!」
暗い暗い、コンクリート打ちっ放しのアジトに賑やかな声が響く。
画面の中で、怪盗たちが笑っていた。
画面を見つめるのは白いガスマスクの男。
黒森善也、ジェボーダン。『誓約』と怪盗団のボス。
「ああ、ご苦労。この情報は私の活動にも使うが、同時に搾取された人々のためにも使うと誓おう。
期待しているよ、怪盗L&R」
「おう!また仕事があったら駆けつけるきに!よろしく頼んます!」
回線を切り、情報を確認してジェボーダンは笑う。
「同盟……あれは元来退魔師の集まり。魔を払うのが役目だ。
しかし、誰もが簡単に魔を使うようになった時代では、もはや役目を見失う。
故に、彼等が解決しようとしている問題を先に我々が解決する」
ジェボーダンは椅子に座って静かに策略を練る。
そして、彼の見解は間違いではない。
「誰もが魔を使う時代で、魔を払う組織とはつまり、私設の警察だ。すべての犯罪者を相手にする。
同盟にそれができるか?できてしまったらその後はどうなる?
あの血狂い共の国になるか?あれの本質は『戦えたから戦う』でしかないのに」
同盟はその根本的体質ゆえに迷走しつつあった。
「闘争ではなく、解決。それが我々の取るべき彼等とは違う道だ」
こうして、トラブルシューター派遣サイト『誓約』は巨大化し、この混沌の時代において新しい勢力となる。




