23話
シロとアリシアは集会所の受付前にいた。二人はリストの中から依頼を選んでいる。
「ニプシャ周辺での依頼となると、やっぱりこれになるのかなぁ……」
シロがリストを見て悩んでいると、横からアリシアがシロの見ているリストを覗いてきた。
「なになに? シトン山に住み着いたアース・ドラゴンの討伐……いいじゃない、やりましょう!」
「やろうって言っても、たぶんまたアリシアに頼りっぱなしになりそうだし」
「頼ってもらうためにいるんだから、どんどん頼ってくれていいのよ? それにほら……」
アリシアが近くのベンチに座っているミラとクィンを指さす。二人とも酔っぱらった男たちに絡まれてひどく困惑している。
「……頼もしい仲間が、ね?」
「そうだね、はやく決めてあげないとね……」
シロはアース・ドラゴン討伐のページを開いたまま受付嬢にリストを手渡した。受付嬢はリストを受け取るとそのページに大きな判子を押して、卓上にあったチケットを一枚シロに渡した。
「では、ご健闘お祈りしております」
シロはチケットを受け取り、ミラとクィンの元へと向かう。執拗に二人に絡みつく酔っぱらいを払いのけ、アリシアの元まで連れて行く。
「アリシア、お願い!」
アリシアはうなづくと共に、すぐに移動魔法の詠唱を始める。追ってくる男たちを振り払い、三人はアリシアのもとに飛び込む。
「移動魔法!」
光が四人を包み込み、集会所から他の所へと転送する。包み込む光が消えるのと共に正面にそびえ立つ大きな岩山が露わになる。
「これがシトン山か……」
山全体から放たれる並々ならぬ気迫にシロは固唾を飲む。が、他の三人は一切怯む様子を見せず、飄々とした様子で山へと向かって突き進み始めた。
「ちょっとまって! えっ、そんなすぐに行っちゃうの?」
「あら、もうお腹すいたの?」
アリシアはすぐにポーチからお菓子を取り出してシロに渡そうとした。が、クィンがそれを制した。
「だめよアリシア、甘やかしてばかりではシロくんが成長しないわ。ここはピクニック気分で行くような場所じゃないのよ?」
「クィン……」
クィンの口から発せられる至極まっとうな言葉にアリシアは思わず口に手を当てる。お菓子をしまうアリシアを見てクィンは微笑み、ミラと肩を組んだ。
「それではミラ隊員、これより我々小隊はシトン山を攻略する!」
「おー!」
シロとアリシアは楽しげに山へと向かう二人を見て、苦笑いを浮かべた。
「ごめん、アリシア。ピクニックなんだから緊張することないよね」
「そうね。あっ……」
前方を突き進む二人の前に、突如無数の巨大なトカゲが現れる。
「アリシア、あれは?」
「アース・サラマンダーね。ちょうどいいわ、早速――」
シロとアリシアが駆けつけようとした瞬間に、強烈な爆風が周囲一帯に吹き荒れた。立ち上がる黒煙と空から落ちてくる原型のないアース・サラマンダーを前に、シロの口からは言葉にならない声がもれる。
「クィン、何やってるのよ!」
「何って、見ての通り爆破魔法だけど……」
言い終わった後ですぐにクィンは何かに気づき、口に手を当てる。
「もしかして、これ食用にするつもりだった?」
「こんなもの調理しないわよ! 私はシロくんと協力して、みんなで狩りがしたかったのよ」
クィンはアリシアの意図を理解した様子でパチリと手を鳴らし、頭を叩いて舌を出した。それを見たアリシアは小さなため息をつき、クィンの耳に手を当てた。
「次やったらお昼は自分で作ってもらうわよ」
その一言でクィンの顔から笑顔が消えた。完全に固まったクィンの耳元で更にアリシアは言葉を続ける。
「ある程度の弱体化魔法は使っていいわよ。自分の役割を間違わない範囲でね」
「は、はい……」
アリシアは満足げな表情を浮かべ、クィンを置いて山に向かって歩き始める。シロとミラはすぐその後について山に入った。
一面に広がる岩道は見晴らしがよく、周囲の状況もよく見える。しかしそれ故に野生のモンスターもシロたちを容易に発見することができるようになっている。
「アリシア、あれはなに?」
シロが上空を飛ぶ巨大な影を指さしながらアリシアに尋ねる。アリシアはしばらくそれを眺めて、唾液を口にたっぷりと含んだ状態でシロのほうに向き直った。
「あれはワイバーン……ほら、片翼焼きになるおいしいドラゴンよ。特徴は淡白な味で香辛料と相性がいいわね」
「言いたいことは色々あるけど……そうじゃなくてあの飛び方は?」
アリシアは真面目な顔に戻り再び頭上のワイバーンを凝視する。四人の上にぴったりとついて八の字を描くように飛ぶワイバーンを見て、あることがアリシアの脳裏に浮かぶ。
「あれは得物を見つけたときの動きね。ここら辺のワイバーンって単体じゃ全然強くないから、こうやって得物の位置を教えて集団で襲うか、その習性を知ってるもっと強いモンスターに襲わせるのよ」
「へぇ、それじゃあ今は……」
嫌な予感が波のように押し寄せてシロの出かけた言葉がぴたりと止まる。ゆっくりと、しかし着実に近づいてくる地響きと共に、嫌な予感の正体はシロたちの元に迫り来る。
「来るわよ、気をつけて!」
アリシアがシロを抱えて天高く飛び上がる。ミラもそれに合わせて軽やかに飛んだ。直後、先ほどまでシロたちが立っていた岩場が吹き飛び、地面から大きく太い二本のツノを生やした肉付きの良いドラゴンが現れる。シロは周囲を見渡して何かに気づいた。
「あれ、クィンは?」
「たぶん爆発に巻き込まれたのね。まあ大丈夫よ、すごく丈夫だから」
アリシアとシロ、ミラは着地すると共にすぐに各々の武器を構えた。クィンも瓦礫から這い出し、ドラゴンに杖を向けて詠唱を始める。
「ドラゴンの分際で生意気な……我、迅雷の鉄槌にて罪人の身を――」
ドラゴンの頭上に巨大な魔方陣が現れる。自身を覆ってもなお有り余るほどの巨大な陣を前に、ドラゴンの視線も自然と上に向く。しかしクィンは何かを思い出した様子で詠唱を途中で止めた。消えていく魔方陣を見て不安になったシロは急いでクィンに駆け寄る。
「クィン、大丈夫? もしかしてさっきの一撃で……」
「違うの、ごはん……じゃなくて、リザードと戦った時に魔力を使い尽くしちゃったの……ハハハッ」
「そっかぁ……じゃあ後ろで休んでて。ここはオレたちでなんとかするから!」
そう言ってドラゴンに立ち向かうシロを見て、クィンは小声でつぶやいた。
「まあ、これはこれでありかぁ」