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2話

 森には道という道はなく、歩き慣れていないシロの顔には三十分もしないうちに疲労の色が見え始めた。それに気づいたアリシアは小川のほとりで足を止め、くるりと後ろを振り向いた。


「ちょっと疲れたから、ここで少し休憩していきましょう」


 無論シロが反対するわけもなく、二人はその場に腰を下ろした。耳を澄ませば川のせせらぎや葉と葉のこすれる音が聞こえる。シロは森の透き通った空気を大きく吸い込み、一気にはき出した。


「はぁ。自然の中っているだけで癒やされるっていうか、なんていうか……」

「でも癒やされるだけじゃ疲れは取れないわよ?」


 アリシアがポーチから紙に包まれた何かを取り出してシロに手渡した。開いてみると、中にはきつね色に焼けたクッキーが何枚か入っていた。


「疲れたときには甘いものが一番よ」

「あっ、ありがとう……」


 シロは早速その中から一枚手にとって食べてみた。サクリと音をたてて割れたクッキーは、口の中でほどけるように一瞬で消えた。後にはバターの香りと上品な甘さだけが残る。空腹であるが故に感じる満足感を抜きにしても、このクッキーはシロが今まで食べた焼き菓子の中でも格別においしかった。二枚三枚と夢中で食べるシロを見て、アリシアは満足げな表情を浮かべる。


「アリシアは食べないの?」

「えっ? ああ……じゃあ私も一枚もらうかな」


 アリシアもクッキーを一枚手に取り、半分に割って口に運んだ。二人が和気藹々と休憩を楽しんでいると、突然近くの茂みがかすかに揺れた。シロはすかさず立ち上がり、剣を構える。


「なっ、何者だ! 出てこい!」


 茂みの中から現れたのはツノを生やした細身の獣だった。シロはすぐに剣を振り上げて攻撃しようとするが、アリシアが間に入ってすかさずそれを止めた。


「あれはエルバ、性格の穏やかな草食動物だからこちらに害は加えてこないわ。きっとこれの匂いにつられてきたのね」


 アリシアが食べかけのクッキーを差し出すと、エルバはそれをくわえて森の中へと去って行った。


「これ以上他の動物が集まってくると面倒だし……そろそろ出発しましょうか」

「うん。休んだらすごく身体が軽くなったし、さっさと薬草を集めて街に戻ろう!」


 そう言って二人はすぐに小川のほとりを後にした。

 森は奥に行くにつれて足下の障害物が増え、一層歩きにくくなっていく。それでもシロは止まることなく進み続けていた。先ほど休憩を取ったことにより疲労が取り除かれたのもあるが、それ以上に森の歩き方を理解しはじめていた部分のほうが大きい。


「あら、歩き方が上手になってきたわね!」

「アリシアさんの真似してるだけだけどね。で、薬草があるのってどこら辺?」

「もうすぐよ」


 アリシアは緩やかに斜面を登りきったところで足を止めた。シロすぐにアリシアに追いつく。二人の目には木々を隔てるように湧き出る泉と、その周辺に生えている青々とした葉が映っていた。アリシアは近くにあった葉を一枚ちぎってシロに見せた。


「これが薬草よ。薬草は森の中の澄んだ水辺にしかないから、取れるポイントを熟知していないと探すのが難しいけど……」

「知っていればすごく簡単な仕事だな!」

「その通り! それじゃあ早速摘んでいきましょう!」


 シロとアリシアは二手に分かれて薬草採取を始めた。持ってきた革袋は十分ほどで満杯になり、二人はすぐに泉の前で合流した。


「アリシア、目標ぶんはもう取れたよ」

「よくやったわ、シロくん。それじゃあ帰って報酬と交換してもらいましょう!」


 二人は並んで元来た道を戻り始めた。が、しばらく歩いたところでシロがふと顎に手を当てて考え事を始めた。それに気づいたアリシアはシロのほうをじっと見た。


「シロくん、どうかしたの?」


 心配そうな様子でアリシアが尋ねる。シロは薬草の入った袋を見ながら


「いや、なんでこんなちっちゃい袋に詰めこめるだけしか取らないんだろう? もっと大きな袋にいっぱい入れてけば効率いいのに」

「一気にたくさん摘んでしまうと生態系が崩れてしまうの。だから必要なときに必要なだけ取る……これはハンターの大切な心得よ」

「なるほど、自然と共存するのもハンターの仕事なんだね」


 アリシアは笑顔で頷いた。しかしその直後、アリシアの表情は一瞬にして集会場で男に向けたような険しい表情へと変わった。


「シロくん、伏せて!」


 シロにはアリシアの指示の意図が分からなかった。空から巨大な何かが風を切りながら落ちてくる。シロがそれに気づいた時には既に強風が吹き荒れ、土煙が一帯に舞っていた。不明瞭な視界の中、シロは巨大な何かの影を見つけた。長い首に独特な形の翼、牙と爪は遠巻きからでもその鋭さがありありとわかる――その正体は巨大なドラゴンだった。


「うっ、うわぁぁぁ!」


 シロは咄嗟に逃げだした。あれはどう足掻いても勝てる相手ではない、捕まれば絶対にただでは済まない、とシロは本能で直感した。ドラゴンはシロの目の前で火を吹き、木々をなぎ倒しながら暴れ狂っている。


「逃げなきゃ……早く逃げなきゃ……ッ!」


 シロとドラゴンの目と合った。その瞬間にシロは腰を抜かしてその場に倒れこみ、そのまま動かなくなってしまった。ふがいなさと恐ろしさにシロはその場で泣き出す。しかしそんなシロとドラゴンの間に一人のハンターが割って入った。シロが涙をぬぐって前を見ると、そこにいたのはアリシアだった。アリシアは弓を手に取り矢筒から矢を一本抜く。


「無茶だアリシア! そんな棒きれでドラゴンを止めれるわけがない! 早く逃げて!」


 シロは交戦しようと弓を構えたアリシアを止めようとする。が、アリシアはシロの言葉に耳を傾けようとはしなかった。

 ドラゴンが固い鱗に覆われた太い腕を振り上げる。攻撃の間合いに捕らえられたシロは死の恐怖に頭を抱えて身を丸めた。しかしドラゴンが爪を振り下ろすその刹那、それに合わせるようにアリシアも弓を放った。シロには発射の瞬間も矢の軌道も、何も見えなかった。しかし直後に背後から鳴り響いた爆発音で何かが起きた事だけは察した。


「いい、シロくん。強敵を前に背を向けてはいけない。常に敵を狩る気持ちを忘れてはいけない……これもハンターの大切な心得よ」


 シロが恐る恐る後ろを振り向く。そこにドラゴンの腕はなかった。腕のないドラゴンが傷口から血を流して悲痛な叫び声をあげていた。シロにはそれがアリシアの放った矢によるダメージであると即座に理解することができなかった。常識的に考えて弓の一撃でドラゴンの腕を吹き飛ばすことなどできない。しかし事実、アリシアの一撃は常識では考えられないほどのダメージをドラゴンに与えていた。


「あまり人をナメないでほしいわね、デカブツのトカゲさん。悪いけど私、この世界ではそこそこ強いほうよ?」

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