表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

17話

「へぇ、マカロンねぇ。私、食べてみたいわ」


 アリシアは低い声でささやく。クィンはまるで取り調べを受けているのような感覚に陥っていた。


「いやぁ、そうは言っても材料もないし……」

「小麦粉や卵なら下の厨房にあるわよ」


 食いつくような速度で、しかし冷淡にアリシアが返す。その後に意味深な笑みを見てクィンは確信した。無論アリシアはクィンを貶めようとしていた。


「いいわよ、やってやろうじゃないの。ただしアリシア、あなたにも作ってもらえわよ!」

「ええ、構わないわよ」


 クィンは提案にアリシアは驚くほどすんなりとのった。この時、アリシアはクィンの不器用さを知っており、他方クィンはアリシアの料理の腕を知らなかった。そうとも知らずにクィンは三人を引き連れて一階へと向かう。


「すいません、ご主人さん……」


 厨房に着くとアリシアが店主に事情をかいつまんで話し、それを聞いた店主はすぐに厨房を貸すことを快諾した。


「いやぁ、この時間帯は暇だからなぁ……それじゃあ俺はちょっくら飲みに行ってくるから、使い終わったらしっかり片付けていってくれよ」

「はい、ありがとうございます!」


 そう言って店主は足取り軽やかに店を出て行った。アリシアとクィンの視線が激しくぶつかり合う。店のドアが閉まった瞬間、勝負の火蓋は切られた。二人は一目散に厨房へと駆け込む。先に到着したのはアリシアだった。


「悪いけどあなたに負ける気はないわよ」


 アリシアは真っ先に卵と砂糖、アーモンドの入った袋を出してボウルと泡立て器を手に持った。手際よく卵を黄身と白身に分け、泡立て器でボウルに入れた白身をかき混ぜる。クィンもアリシアの手元を見て、黄身と白身を分けてかき混ぜる。


「あら、メレンゲは作れるのね」

「フフッ、当然よ! 舐めてもらっては困るわ」


 と、大見得を張るものの、その実クィンはマカロンの作り方はおろかメレンゲの完成形すら理解していなかった。それでも引くに引けなくなったクィンはアリシアの動きを盗み見ながらマカロンらしきなにかを作っていく。


「さて、あとはこれで……」


 アリシアはアーモンドを粉末になるまで砕き、それを大量の砂糖と共にメレンゲの中に入れた。クィンはアリシアが入れたものを小麦粉だと思い込み、ほぼ同量の小麦粉を泡の立ちきっていない卵白に一気に加える。それを見た瞬間、アリシアは勝利を確信した。


「あなた、マカロンの作り方知らないでしょ?」


 一瞬、クィンの胸が破裂しそうなほど激しく高鳴る。しかし図星を突かれてなおクィンは平然を保っていた。それはアリシアのレシピを真似れば最低限アリシアと同じものが作れるという浅はかな思考が故のものであり、その後もクィンは見よう見まねでマカロンのようなものを作り続けた。

 生地が焼き上がったところでアリシアはクィンのほうを見てニヤリと笑う。クィンの生地は平たく潰れたような形をしていた。


「あらぁ、生地の乾燥が足りなかったのかしら? ちゃんと魔法も使ってしっかり乾燥させないとね」


 アリシアの煽りにクィンの腸は煮えくりかえる。しかし自分のミスであるためアリシアに当たることもできない。その後も見よう見まねで中に挟むクリームを作り、クィンはなんとかマカロンのようなものを作り上げた。アリシアはクィンのほうなど見向きもせず、足早に厨房から出る。


「往生際が悪いわよ。早く出てきなさい」


 アリシア側の厨房の皿に盛られたマカロンはどれも色つやが良く、形も均一に整っている。一方でクィンの作ったマカロンは形もまばらで色つやも良くない。対比するように置かれた二つの皿を見ながら、クィンはわかりやすく気を落として厨房を出た。


「マカロンって作るのに結構時間かかるんだねぇ」


 二人が出てきたのを見てミラが立ち上がり、厨房へと向かう。


「入って右側の厨房にあるのが私のよ!」


 ミラは「はーい」と明るい声で返事をして、足取り軽やかにホールへと戻ってくる。


「じゃあまず、こっち側がアリシアの作ったマカロンでーす」


 シロの前に置かれた皿を見て、アリシアは驚愕した。それは紛れもなくクィンの作ったマカロンではないなにかだった。


「あれぇミラちゃん、もしかして運んでくる間に転んで潰しちゃったりしたのかな?」

「いえいえ、そんなことはしてないですよ」


 この時分、ミラは正しいマカロンの形を知らなかった。そしてクィンのついた嘘を真に受けていた。そのためミラはクィンの作ったマカロンをアリシアのマカロンとすり替えてクィンの株を落とすことに貢献したつもりになっていた。


「へぇ、これがアリシアのマカロンかぁ……」


 見たことのない貧相な形状とどぎつい色にシロの表情が引きつる。しかしシロは勇気を奮い立たせてそれを口に放り込んだ。


「シロくん、無理に飲み込まなくてもいいのよ? たぶん私、今日は失敗しちゃったのよ……」

「いや、大丈夫……おいしいよ……」


 口ではおいしいと言うシロだったが、その不味さは表情からありありと伝わってくる。歯触りの悪い生焼けの生地と口の中に残るダマになった小麦粉の味、そこにコゲの苦さが際立つ合わさり、お世辞にもおいしいとはかけ離れた存在と化していた。


「じゃあ続いて、こっちがクィンのマカロンでーす」


 ミラは続いてアリシアの作ったおいしそうなマカロンをシロの前に出した。何が起きているのか理解できず落胆するアリシアとは対照的に奇跡の逆転にクィンは我を忘れて興奮する。シロは混沌とした周囲の状況に困惑しながらもマカロンをかじった。


「あっ、おいしい!」


 それは自然に口から漏れた、嘘偽りのない言葉だった。サクサクした生地から香る芳醇なアーモンドの香りと下を包み込む濃厚なチョコクリームの風味が口いっぱいに広がる。


「見たかアリシア! これがクィン・ハート様の実力だ!」


 運が良かっただけとは知らずにクィンは一気につけあがる。


「さあ少年よ、どっちがおいしかったかアリシアに言ってあげな」

「アリシアのほうが良かったよ」


 あまりにも意外な返答にクィンは言葉を失った。卓上を見れば覆りようもない差がシロの一言でいとも容易く逆転した。


「なっ、なんで……」

「なんでって、アリシアが頑張って作ってくれただけですごくうれしかったから……」


 先ほどまでの威勢がうそのように一気に弱々しくなったクィンを前に、シロは屈託のない笑顔で答える。それを聞きアリシアはシロに抱きつき、クィンは逃げるように食堂から走り去っていった。

 ミラは何が起きているのか全く理解できないまま、なんとなく近くにあったクィンのマカロンを一つ口に入れる。


「さすがプロ、これは美味いわ」


 その言葉に偽りはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ