15話
アリシアたちは先ほどシロが横になっていたベッドのある部屋へと戻ってきた。広々とした室内を見渡して、シロはふとアリシアに尋ねる。
「ここは……アリシアのお家?」
「ううん、確かに今は住んでるけど、ここは借り物なの。隣にも住んでる人がいるからあまりうるさくしないでね。あと、お腹が空いたりすこし騒がしくなりそうだったら下の食堂に行ってね」
シロとミラは二つ返事で了解すると、テーブルを境に向かい合うように置かれたソファーにそれぞれ飛び乗った。
「じゃあ、今度こそシロくんをよろしくね、ミラちゃん」
アリシアは念を押すようにミラの耳元でささやくと、移動魔法で部屋を後にした。残されたシロとミラはソファーに座って互いに見つめ合ったままピクリとも動かない。どことなく気まずい空気が流れる中、先に口を開いたのはシロだった。
「そういえばさ、さっき買ってたアレってどこやったの?」
「あれって……ああ、片翼焼きならシロくんが寝てる間にアリシアと一緒に食べちゃったよ。シロも食べたかった?」
シロは大げさな程に首を横に振り、片翼焼きを拒絶した。
「あー、もしかしてワイバーン苦手だった? 鳥みたいですっごくおいしいのに」
「食べたことはないけど見た目がね……ミラは食わず嫌いとか、そんな感じのものはないの?」
「特にはないかなぁ。ってか食ってみないと損でしょ?」
ミラの言葉を聞き、シロは天井を眺めながらぼんやりと考え事を始める。そして不意にミラの手を掴んではつらつとした笑顔をうかべた。まぶしいほどの明るさにミラは思わず顔を伏せる。
「なっ、なによ! 急にこんなことされたらびっくりするじゃない!」
「ごめんね、でもいいこと思いついちゃって……ミラ、オレに魔法を教えてよ!」
「教えるって言っても魔法には適正ってものがあってね……」
なだめるような口調のミラに対してシロは下をならしながら指を振る。
「そんなのやってみないと分からないじゃん。もしかしたらオレ、すんごい魔道士の適正あるかもしれないし!」
「そこまで言うならそうね……まずは炎魔法の適正でも調べようかしら」
そう言ってミラは卓上のメモ紙を一枚切りとり、ペンでなにやら怪しげな言語を書き込んだ。そしてその紙をシロに持たせると、ミラは小声で呪文の詠唱を始めた。
「――炎魔法」
ミラが呪文を唱える。しかし何も起らなかった。それを見て固唾を呑んでいるシロに対して、ミラはクスリと嘲笑を浮かべる。
「なっ、何がおかしいんだよ!」
「別になんでもないわよ。さっ、次のを試しましょう」
ミラは先ほどの紙と似たものをいくつも作り、シロに持たせて淡々と呪文を唱えていく。水魔法、雷魔法、氷魔法、土魔法と次々に試していくが、どれもなにも起らない。一通り調べ終わった後で、ミラは満足げな表情でシロの顔をのぞき込んだ。
「なっ、なんだよ……」
「驚け、シロ。お前に適合する属性魔法は何もない!」
ショックで放心するシロの顔を見て、ミラはいたずらな笑い声をあげる。
「いやぁ、どれも適合しないなんて逆に珍しいよ! まあ、珍しいのがいいか悪いかはさておきね」
シロの目が涙ぐむ。それを見て申し訳なさを感じたミラは一度咳払いをしてまた新しくメモ紙に文字を書き始めた。
「別に属性魔法だけが魔法じゃないのよ? ほら、これ持って」
シロは言われるがままに紙を手に取りミラを見つめる。ミラの詠唱が始まると共にシロの身体中から魔力があふれ出してくる。
「御身の加護よ、我が傷を癒やしたまえ――回復魔法」
ミラが唱え終わるのと同時に紙は一瞬にして灰と化し、宙に解けるように消えていった。先ほどまでとは明らかに異なる現象にシロの胸の鼓動は否が応でも昂ぶる。ミラもまた喜ばしげな表情でシロのことを見つめる。
「これって、回復魔法は使えるって事だよね?」
「うん、よかったぁ……一瞬、本当になんも使えないのかもって不安になっちゃったよ」
安堵のため息と共にシロとミラはケラケラと笑いだした。しかし笑い声が癪に障ったのか、隣の部屋から壁を叩かれる。二人は一瞬押し黙った後、失笑しながら急ぎ足で部屋を抜け出した。
部屋を抜け出し通路の端にある階段を降りると、そこは客のまばらな食堂になっていた。厨房の中から出てきた店主が
「おう坊ちゃんたち、アリシアさんから話は聞いてるよ。お代は先にもらってるから、まずは好きな所に座りな」
二人は入ってすぐの所にある丸テーブルの二人席に腰を下ろした。シロはすぐにテーブルの上のメニュー表を開き、あれやこれやと指さしながら何を頼もうかと料理を選び始める。一方ミラは何をすれば良いのか分からない様子で、シロの見よう見まねでメニュー表をペラペラとめくる。
「ミラも何頼むか決まった?」
「えっ? いや、アタシはこの儀式はじめてだからいまいちよく分からないよ……」
ドラゴンだったミラにとって食堂はまったくもって未知の領域だった。先ほどのアリシアの発言から食堂というものが何か場所を指す言葉であるとは想像できていた。が、そこで何かしらの行為を行わなければいけないと知る由もなかった。
動揺するミラにシロは自分の持っているメニューを見せる。
「ここではこの表に載っている食べ物を頼むと、料理人が作って持ってきてくれるんだ。だからミラも食べたいものを選びな」
「なるほど。って言っても料理なんて全然わからないし……じゃあシロと同じのにしてもらおうかな」
シロはうなずき、店員を呼んだ。注文を受けた店員は厨房のほうへと戻っていき、十分ほどで料理を持って戻ってきた。
「お待たせしました、ガーリックステーキです」
たっぷりと輪切りのニンニクがのった肉厚なステーキが二人の前に運ばれる。
「じゃあ、食べようか!」
待ちきれないといった様子で大きめに切り、シロはすぐにステーキをほおばる。ミラも教えられてもいないのにナイフとフォークを器用に使って肉を食べはじめる。
「あれ、ナイフとフォークは使えるんだ」
「うん、母親は人間だったからね。なんでかわからないけどこういうのは教わったよ」
突然のカミングアウトにシロは思わず口に含んだ肉を吹き出しそうになる。しかし済んでのところで耐え、飲み込んでから口を開いた。
「人間とドラゴンで子供ってできるの?」
「うん、異種交配も最近は少なくないよ」
「へぇ……」
それ以上は何も聞かず、シロは悶々とした様子で黙々とステーキを平らげた。
「ごちそうさま。先に部屋に戻ってるね」
「うん、アタシもすぐに食べるよ」
階段を上っていくシロを見送った後で、まだ半分ほどステーキが残っている鉄板に視線を落とし、ミラはぼそりとつぶやいた。
「異種交配かぁ……」