13話
目がさめるとシロは見知らぬベッドの上にいた。そのすぐ横はアリシアが、シロの手を握り心配そうな面持ちでぴったりと付き添っている。
「目が覚めたのね! よかったぁ」
「どうしたの、アリシア……」
シロはまだ意識が朦朧としており、起き上がるほどの気力もない。しかしダルドはそんなシロの胸ぐらを掴み、強引に上体を起こした。すかさずアリシアがダルドの手を振りほどこうとするが、しっかりと結ばれたダルドの指はアリシアの力でも外すことができない。
「悪いがこれは俺の仕事みたいなもんでな、あそこにいた以上どうしても聞かなきゃいけねぇことがあるんだ。許してくれよ?」
話もまだよくわからないままに、シロはこくりと頷いた。ダルドの目が赤く光り、シロに対しする聞き取りがはじまった。
「まず最初に、なんであの倉庫に入ったんだ? 自分で入ったのか、さらわれたのか……」
「自分で入ったよ。中から助けを呼ぶ声が聞こえたから、鍵も開いてたし中に入ってみた」
ダルドはシロの発言、更に質問を続ける。
「お前が入った時には既にスライム・クィーン……あの女は外に出ていたか?」
「オレが置いてあったツボの横を通り過ぎようとした時に急に出てきたよ」
「そうかじゃあ最後に一つ……甘いもんは好きか?」
唐突な質問にシロは驚いた様子で首を縦に振った。それを見てダルドはコートのポケットから紙の包みを取り出し、シロに差し出した。
「これは?」
「円盤焼きって言ったな、俺の故郷で昔からあるおやつだ。ほら、食ってみろ!」
シロは言われるがままに包みを開き、中に入っていた円形の焼き菓子を一口食べた。もっちりとした生地の中から溢れ出すクリームがシロの舌をまったりと包む。
「どうだ、うまいか?」
「うん、めちゃくちゃうまい!」
「口に合ってよかったよ。じゃあ、俺は仕事に戻るから、あんまり無茶するなよ?」
そう言ってダルドは部屋を後にした。廊下に出ると体格の良い黒ずくめの男が二人、扉を挟むように立っている。ダルドは
「お疲れ様です、兄貴」
「おう、魔眼の尋問でもなにも吐かなかったから、これ以上は調べてもムダだろうな。で、そっちはどうだった?」
男の一人が封筒を差し出す。ダルドはそれを受け取り、中の書類に目を通した。
「なるほど、七割以上のハンターが昨日の騒ぎで酔いつぶれていると。この街にはバカしかいないのか?」
ダルドが苛立ち気味に書類を丸めて投げ捨てた。後ろを歩く男は慌ててそれを拾い上げ、皺を伸ばして四つ折りにしてポケットにしまう。
「ああ、すまねえな。ちょっといらついちまって……」
「大丈夫です。それよりも今回の件、取り急ぎ本部へ連絡すべきでは?」
ダルドは後ろを向いて、ゆっくりと首を横に振る。男はなぜだか理解できないといった風に首を傾げるが、ダルドは正面に向き直り、気にせずまた歩きだした。男はダルドに問い詰めようと近づくが、もう一人の男がそれを止める。
「ダルドさんが支部長に就任してまだ一月も経ってない。そんな中、問題が起ったとなると評価が下がるのは避けられない」
「まあ、そういうことよ。わりぃな、ちょっと俺のわがままに付き合ってくれ……」
三人は真っ直ぐに集会所へと向かった。扉を開くと溢れ出てくるアルコールの匂いにダルドの目つきが変わる。中に入った三人はそこが依頼を取り扱う場所とは思えない、あまりにもひどい光景に思わず絶句した。
「なんだこれは……」
ハンターも給仕も、受付嬢でさえも酒に酔いつぶれており、そこはすでに巨大な寝室と成り果てていた。テーブルに並べられた料理の残骸はすでに乾いており、誰も働いていないのがよくわかる。
「ったく、こんな時にまた魔龍クラスのモンスターが襲いかかってきたらどうするんだよ」
「兄貴、それはフラグというものでは……」
「フラグ? なんだ――」
ダルドがとぼけた顔で何か言おうとしたその時、地面が大きく揺れた。それは集会場だけのことではなかった。街全体が等間隔で大きく揺れている。それがなにかの足音であると気づくのにそう時間は掛らなかった。
「悪いがここの指揮系統はお前達に任せる。俺は前線に行ってくるぞ!」
ダルドは二人の男を残して西側の防壁へと向かった。二階建ての民家に飛び乗り、屋根を伝って街の中を走っていく。壁際の建物に達すると、今度は垂直な壁を駆け上り、ダルドは頂上から外の風景を見た。
どこまでも続く平原と、その中央に立つ山のように背中が肥大化した褐色のドラゴン。四足歩行のゆったりとした動きながらも、そのドラゴンはダルドが乗っている防壁よりも遙かに大きかった。
「あらダルド、あなたも見に来たのね」
ダルドが横を見るとアリシアがドラゴンのほうを見ていた。その奥にはシロとミラが腰を下ろして楽しげに話し合っている。
「おいおい、ここはピクニック気分で来る所じゃないんだぞ?」
「そうかしら? あんな巨大なドラゴンなんてなかなか見られるものじゃないわよ?」
「あのなぁ……」
うつむき頭を掻くダルドを見て、ミラが立ち上がった。
「そんなに危ないならアタシが倒してこようか?」
そう言って壁から飛び降りようとしたミラを、ダルドは慌てて捕まえた。
「おいおいやめろよ! 確かにお嬢ちゃんの幻術魔法はすごかったよ。でもな……」
喋りながらダルドはミラの口元に何か不思議な光の球ができている事に気づいた。ダルドが困惑している間にミラがブレスを放つ。一瞬の閃光の後、ドラゴンの背中は綺麗に消し飛んでいた。
「アリシア、あれを食らってたらオレたちも消えてたの?」
「うーん、シロくんは間違いなく消えてたかなぁ」
シロとアリシアはのんきに喋っている。ダルドは今にも気絶しそうなほど顔を青くして、シロとミラを交互に見る。
「アリシア、まさかその子も……」
「シロくんは普通の人間よ。あっ、言うの忘れてたけど今あなたが抱えてるミラは銀角兎よ」
アリシアの言葉を聞き、ダルドの腕がぷるぷると震えだした。ミラはダルドが固まっている間に腕から抜け出し、顔を見てにっこりと微笑む。ダルドには既にその笑顔がかわいらしくは見えなくなっていた。
「ほら見ろ、フラグなんてあてにならねぇじゃねーか……ハハッ、ハハハッ……」