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愛を説く人  作者: susan
1/8

好きだ

「牧師はゲイなの?」


ジョアンの唐突な質問に、トニー,ブラウン牧師は言葉を詰まらせた。


 毎週日曜日の礼拝は、子供には退屈な時間。

 ベンチに座った脚をバタバタさせたり、顔見知りが居ないか後ろを何度も振り返ったり、牧師にそんな質問を投げ掛けて、母親に叱られる。


 今朝からの大雪で、街の人々の足は教会から遠のいてしまったようだ。

 一番後ろにはゲイカップルが座っている。中米からの移民でやって来たマイノリティ達。最近五度目の結婚をした評判の良くない中年女性。

 体を揺らしながら発達障害の青年が牧師を見つめている。刑期を終えたばかりの老人が救いを求めるかのように、両手を合わせる。

 反対側の座席には、バイセクシャルの退役軍人が不機嫌そうに座っていた。

 そしてジョアンと母親だ。シングルマザーの母親に連れられて、七歳のジョアンは毎週教会へやって来る。


「聖書はこのくらいにしておきましょう」


牧師は、ジョ―.カシマ神父のことをを思い出していた。


「この大雪の中、教会に来られた皆さんに、神のお導きがありました。今日は、特別な日と致しましょう。少し、私のお話しをさせていただきませんか?」


 礼拝者達は牧師に集中した。自分の呼吸さえ控え目にして、一つの言葉も聞き洩らさないように。


「私は日本に留学していた事があります。札幌という北にある大きな街です。当時、私は厳格なカトリック教徒でした。プロテスタントではなかったのです。カトリック教会で知り合った若い神父に、人間的魅力を感じ、多くの事を学びました。」








 2005年、冬の札幌は、ホワイトイルミネーションで飾られて、とてもロマンチック。

 街行く恋人達は、皆、肩を寄せあっている。


 トニーはため息をついた。


 恋人と肩を寄せあって歩くだなんて、夢のまた夢。

 カトリック神父希望の自分には、結婚や恋愛は許されない事。


 まして、自分はゲイだ。


 この事実は自分だけの秘密で、墓の中まで持って行くつもりだ。


 それでも、札幌カトリック教会で知り合った若い神父に、思いを寄せている。

 彼は、貧乏学生の自分を心配してくれて、英会話教室の講師のアルバイトを紹介してくれた。今夜、面接を受ける。神父も、英会話を習っていて、水曜日の夜、来ているらしい。

 今夜、会えるかもしれない。

 


 香島譲は、油彩教室の最後の生徒が帰宅すると、大急ぎで指についた油絵の具を落としていた。

 今日は水曜日。英会話教室の日。


 マリアに会える日。


 聖母マリアのマリアではなく、同じ英会話教室の北川マリアさん。

 小柄で大変美しい女性だ。

 譲は、入会した今年の春から今日まで、ずっと想い続けている。

 彼は素早い動作でクロ―ゼットの扉を開いた。

 何を着ていこうか、油絵の具がついてない服はあるか。


 ひっくり返し、ハンガーを外し、結局ミラノで購入したグレーのバックスキンのコ―トにプラダの黒のセ―タ―。フラノのスラックスに、靴はどうしても寒冷地仕様のゴツいブ―ツを選ぶ。

 ミント水で口をうがいして、髪を整え香水を少しだけつける。

 

 こんなに身なりに気を使うのは水曜日だけ。

 自宅アトリエのある円山公園駅から地下鉄に乗り、大通り公園駅で降りる。

 クリスマスが近づいた札幌の地下街は、人.人.人。 

雑踏の中、ススキノ方面に地上に出て、英会話教室のあるビルまで急ぐ。エレベーターに飛び乗って腕時計をみると八時を過ぎていた。


 遅刻だ。


 心臓がドキドキしているのは、走ったせいさ。


 譲は自分にそう言い聞かせて、深呼吸をひとつ。


 スクールロビーを抜けて、教室のドアを開ける。


「I'm sorry to be late.」


「Its ok」


カナダ人講師は授業を進める。

 譲は、北川マリアの斜め後ろに座り、素早く今日の彼女の雰囲気を読み取った。


 雪で濡れたセミロングヘア、綺麗なモスグリーンのスーツに黒のロングブ―ツ。長い睫毛に大きな瞳。

 一瞬、マリアは振り返り、譲を見て微笑む、

 彼も笑みを返し、テキストをめくる。が、マリアが前を向くと、再 び譲はマリアの雰囲気を読み取ろうとした。


 日によっては、仕事で疲れていたり、ストレスなのか不機嫌だったりする。逆に、ハッピーだったり、譲に何度も微笑みかけて、意味深げに

している時もあるのだ。


 その度に譲は翻弄され、

 

 何故今、自分に笑いかけたのか?


 聞いてみたくなる。


 授業が終わりに近づくと、教会に通う留学生のトニーが、ドアガラス越しにこちらを覗いた。

 彼は今日、ここでキッズ英会話講師のアルバイト面接を受けたはずだ。トニーは譲に向かって、オ―ケ―サインを出して笑っている。


 採用されたんだな。


 譲も、笑って頷いた。


 授業が終わると、トニーがやって来て


「カシマサン、サイヨウオ―ケ―デス。」


「それは良かった」


 その二人の横を、マリアがコ―トを羽織りながら、譲に軽く会釈した。先にトニーが反応して会釈を返した。

 譲は堂々として見せて、微笑み返した。

 マリアは香水の香りを残し、教室を出た。

 譲はさりげなくその香りを吸い込む。


「コンヤ、オニギリ、クバリマスカ?」


「はい、配ります」


「ゴイッショシマス。」


「本当ですか?助かりますよ」


 二人は、教会ボランティアと狸小路で合流して、3グル―プに分かれ、厳冬の夜の街のホ―ムレスにオニギリ等の食料を渡す。


 トニーは大好きな香島神父と二人になりたかった。運良く、二人で夜回りすることになり、ときめいた。


 「こんばんは、冷えますね」


ホ―ムレスの男はワンカップ酒を飲んでいる。

飲まなきゃ、やってられない。

男の頬は赤黒く焼け、ありったけの衣類を着込んでいる。


「夜、教会へ来て下さい。外で寝るよりは良いでしょう。

食事も用意しています。」


 譲は教会の地図を渡した。

 トニーは初めての夜回りなので、譲の後ろでやり方を学んだ。


 「一旦、地下に潜ろう。足の感覚なくなってきた。」


 二人はシャッターが下り始めたポールタウン地下街へ下りて、体を暖めた。


「サムカッタ」


「熱い焼酎飲みてぇ」 


「ショ―チュ―.ナンデスカ?」


「アハハハ、酒だよ、酒」


「サケ?アルコ―ル?」


譲は豪快に笑って頷いた。


この人、本当に神父なの?と、トニーもつられて笑う。


「これ終わったら、飲まない?」


「オウ、アルコ―ル、ダメ」


「固いな」


 その時、背後に人の気配を感じて、譲は振り返った。


 北川マリアだった。


「香島さん、外人みたいだから、遠くから判ったよ。何してるの?」


 マリアはどこかで買い物していたのか、ベーカリ―の大きな紙袋を下げていた。


 譲の心臓は、一瞬止まりそうなくらい高鳴った。

 マリアが、ここに居る。

 さりげなく譲は、自分の頬をつねってみた。

 とりあえず痛い。

 トニーはそんな譲を心配そうに見上げる。


「ちょっと、散歩しております」

と、譲はごまかした。


「本当に香島さんって、背が高いのね。ねぇ、英会話クラスのクリスマスパーティー参加しますか?上級クラスの人達、あまり参加しないみたいだから。」


マリアは近くで見ると、信じられないくらい美しかった。目が綺麗なのだ。譲は、マリアに見とれてしまった。


「えっ?」


「クリスマスパーティー参加しますか?」


「そ、そうですね、はい、参加しようと考えてます」


「良かった❗じゃあ、私も❗参加する。絶対香島さん、参加してよ、知らない人ばかりだから、つまんないから」


マリアは人懐こく、譲にパーティーの参加を約束させた。

譲は嬉しそうに、ただ頷くばかり。


トニーはそんな譲に、何かを感じていた。


                  続く




 

 






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