希望の新入生(1)
ほかの作品で使っていたページを再利用したら、プロローグの投稿の日付がスゲー昔だったので、笑ってしまいましたwww
私の名前は九谷美夏。ごく普通の女子中学生。
でも、それも今日まで。私は中学校を卒業した。
卒業式そのものは午前で終了していた。けれど、友達と話しながら帰ってきたこともあって帰宅したのは一四時半になってからだった。
「あーあ、中学校も終わりか~。・・・何か寂しい。」
私は自分の部屋に戻るや、ベッドに仰向けに寝転んだ。視界には見慣れた白い天井。
ただそれだけだったのに、面倒くさいと思いながら行っていた中学校が恋しく感じられる。いざ終わって振り返ってみると、楽しいことが沢山あったと気が付いた。
もっと楽しめばよかったのかなと思うと不意に目頭が熱くなり、慌てて目を擦って誤魔化す。
「さて、準備準備!」
もっとも、永遠の別れではないのだ。心に区切りをつけ、勢いをつけてベッドから起き上がった。
この後、卒業式の打ち上げに友達とカラオケへ行く予定が入っている。そろそろ支度を始めないとみんなを待たせてしまうことになる。
私は、お出かけ用の服を入れているクローゼットを開ける。
「んー、どれにしよっかな。」
少し悩んで、お気に入りの服をチョイスした。
「・・・卒業祝いに新しいの買ってもらえるかな?」
ふと思い返せば、昨年末からずっと高校入試の試験勉強に忙殺されて買い物に行く時間がなかった。これから春休みだし、おじいちゃんにおねだりすればいいか。
制服を脱ぎ、それはハンガーに掛けて取り出した服に着替える。
着替え終わると、財布や手鏡などを机の引き出しからショルダーバックに移す。
「あ、コート出さなきゃ。」
まだ三月。日が落ちれば途端に寒くなる。私は、これまたお気に入りの白のモッズコートを取り出してドアの横に掛けておく。これで忘れて出ることはないだろう。
チラッと時計を見ると、時刻は一五時丁度を指していた。
あと一〇分したら出よう。そう思った時だった。
ピンポーンッと、ドアチャイムが来客を知らせる。
体が少しばかり反応したが、『はーい』と一階にいたお母さんが小走りで対応に向かったため任せることにした。
多分宅配物だから行かなくて大丈夫だろうと思い、ふと目についた漫画を本棚から一冊取り出す。
〈あ、最新刊出たんだった。ついでに買ってこよっと。〉
そんなことを考えながらパラパラとページをめくっていると、階段を駆け上がって来る音が聞こえたため何となく本を閉じた。
それと同時にドアが開き、そこからお母さんが顔を覗かせる。
「みっちゃん、お客さん。」
「お客さん?誰?」
家に誰かを招いた記憶がなかったため、私は首を傾げた。
「じゃすた?とか言ってたけど。」
「外人?」
「いや、日本人二人だよ。スーツ着てたよ。」
聞き覚えがない名前だった。まあ、見たら思い出すかも知れない。私はゆっくりとベッドから体を起こした。
「リビングに通したけど・・・。」
「リビングね。」
出発の時間が迫って来ていたけど、せっかく訪ねて来てくれたお客さんに顔も見せないのは失礼と思ってリビングに向かう。
「あ、こんにちは。」
リビングのドアを開けると、二人の訪問者と目があったので挨拶をした。
「「こんにちは。」」
来訪者は二人とも女性で、両者スーツを着用していてどちらもショートヘアーだった。
「失礼ですが、どこかでお会いしたことはありましたか?」
顔を見ればとも思っていたが、見てもピンとこなかったので当たり障りのない訪ね方をする私。
「いえ、初めてです。」
「え、えーっと、どう言ったご用件でしょうか?」
随分と感情を殺した話し方だけど、まさか宗教の勧誘?どちらも女性だし、相手を警戒させないためにそう言う手法をとるところがあるって友達が話していたような気がする。
そう思った私は、少しばかり身構えた。
「HSSはご存じですか?」
HSS。高性能宇宙服の略称で、確かカー何たらって言う特殊な物質に適正のある人だけが扱えるものだったはず。
記憶に間違いがないのなら、だけど。
「はい、名前だけなら?」
疑ってかかっていた私は、あまりに予想外すぎる言葉に、少しだけ理解が追いつかず、疑問形で返してしまう。
「どこで使うかはご存知ですか?」
「宇宙・・・でしたよね?」
この人達は何をしに来たのだろう。彼女らの発言の意図が分からず、私の頭はどんどん困惑する。
「では、どのように動かすかご存知ですか?」
「・・・え?」
何かの企画なのか。そうであるなら演技の下手なお母さんは笑っているだろうと思いそちらを見ると、お母さんも私と同等かそれ以上に困惑を見せていた。
「え・・・あのー、特殊な物体と適合できる人がどうとかっていうのは聞いたことがあります。」
「その物体の名前は?」
「すいません。知らないです。」
質問が矢継ぎ早というのもあるが、ずっと無表情のままなので掴み所が無くやりにくい。
それにしても、何故このような押し問答をしなければならないのか。時間がないことが、私に苛立ちを募らせる。
時計を見ると、もう家を出ないと遅れてしまいそうな時間になっていた。
自分からその話しを切り出すのははばかられたので、『急いでますよ』アピールをするべく、わざとらしく時計を見る。
「お急ぎですか?」
「ええ、少し。」
しめしめ上手く行ったと、少なくとも次の言葉を聴くまでは思っていた。
「では、単刀直入に申します。日本宇宙航空高等学校に入学していただきます。」
「日本宇宙校区?」
唐突な話題転換に耳がついていかず、思わず聞き返してしまう。
「日本宇宙航空高等学校です。申し遅れましたが、私たちは日本宇宙飛行士養成機関、通称ジャスタの職員です。」
そう言うと、来訪客二人はスーツの内ポケットから革製の財布のようなものを取り出し、その中から手のひらサイズの紙を抜き出して私に差し出した。
「申し遅れました。私は、佐藤と申します。」
「草戸と申します。」
それは名刺入れだったようで、私は二人から差し出された名刺を受け取る。
「・・・ジャパン、あすと・・・ろ?」
一応、見ておくべきという思いから名刺を見た私は、そこに書かれていた英単語が読解できなかった。
「Japan Astronaut Training Agencyと読みます。頭文字を取って通称はJAsTAですが、ご存知ないですか?」
「いえ、聞いたことないです。」
補足を入れる体を装ってバカにしてきている気がしたが、分からないものは仕方がない。私が正直に答えると、彼女らは少し渋い表情をした。
「少し話を戻しますが、日本宇宙航空高等学校という名前は本当にご存じないですか?」
しつこいなと思いながらも、私は首を縦に振って肯定を示す。
「では、HSS学園というのであればご存知でしょう。」
「そっちは聞いた――」
確信が持てず小さな声で返した・・・次の瞬間。私の脳裏に模試の会場で小耳にした会話が浮かんできて目を見開く。
「!!Bランク大学までなら、試験会場に行きさえすれば入学させてもらえるって言う、あのHSS学園ですか!?」
それは言ってはいけない言葉だったのか、即座に彼女らは眉間にしわを寄せる。
「えぇ、不本意ながらそう言った評価を耳にします。」
気まずい空気になってしまい、私は少し狼狽える。
「え、えっとー、そんな学校の人が《《うち》》に何の用があるのですか?」
とにかくその空気から抜け出したくて、私は半ば強引に話題を戻す。
「先ほど申し上げたのですが・・・。」
その表情には怒りと呆れの感情が加わり、一層気まずい雰囲気になる。
「ご、ごめんなさい。あの、もう一度教えて頂けます・・・か?」
私が謝ると、佐藤と名乗った方の女性が軽く溜息をついてから話し始めた。
「日本宇宙航空高等学校、HSS学園に入学していただきます。」
入学?誰が?いや、私しかいない。
「あの、うち受験してないですよ?」
「先ほどから気になるのですが、『うち』とは何ですか?」
そこへ、草戸さんが割り込んできた。
「あ、すいません。うちって言うのは私って意味です。」
そう言えば『うち』も広島弁だった。高校入試の面接の練習で注意されたのに忘れてた。
草戸さんは私の説明に二度ほど頷くと、何も言わず再び黙り込んだ。
「それでは話を戻しますが、あなたの学力は日本宇宙航空高等学校の受験基準を満たしていません。」
それにしても、彼女らの話し方も振る舞いも癇に障る。
そりゃ私の学力は、秀才と呼べるレベルでは到底ない。でも、少なくとも人並みかそれ以上にはできている自信がある。それではHSS学園の入学試験の基準を満たさないのは事実かもしれないけれども、それを平然と言い切ってしまうのはどうだろうか。ひょっとして、この人は血が流れていないんじゃないのと私は思う。
「ですが、少し事情がありまして。」
そんな私の心情には気を配る素振りもなく、非常に面倒くさそうに佐藤さんは話を続ける。
「あなたは、HSSを動かすために必要なコア・・・公式の表記では核と言うのですが、それと融合しています。」
「私が?」
そこで私は思った。この人達は、日本何とか養成機関という名を騙ってイタズラをしているんだ、と。
だって、私はHSSなんて興味を持ったことは一度もないし、それを見たこともない。だから間違ってもそんなことはないはずだ。
「うち、いまから卒業式の打ち上げがあるけー、もーいいじゃろ?」
そう思うと、わざわざ丁寧に対応することもないだろうと、普段通りの話し方に切り換える。
「あなた、自分の置かれている状況が分からないようですね。」
「話しも聞かさんと、よー言うわ。」
相手にするだけ無駄だ。私はそう吐き捨てて踵を返すと、リビングから出ようとした。
そのとき、背後でバサッという重たい何かを落としたような音がする。
「これで如何でしょう。」
背中越しに掛けられた、今まで以上に抑揚のない声。その声自体には恐怖は感じないが、なぜか背筋に寒気が走る。
「あなたの生年月日、産まれた病院、学歴、成績、なんならこれまで行った病院の記録も全てありますよ。」
この人達は・・・いや、この人達は誰かの手駒か。感情を出したり消したりと全く安定感がないし。
そう、裏で糸を引く彼女らの雇い主だ。それへの恐怖に、私は緊張して振り向くこともできない。
「では、お話を始めましょうか。」
ここは従った方が賢明と判断して、私は自覚できるほどぎこちない動きで椅子に座る。
すると、何様のつもりか知らないが、草戸が私の母に座るように手で促す。母はそれに従って私の隣に腰掛けた。
「先ほど言ったHSSの操縦者が融合している核、ご存じないでしょうが『カーススフィア』と言いますが、これは製造が難しいため数が限られます。正直、一つとして遊ばせておく余裕などないんですよ。」
嫉妬、怒り、軽蔑。彼女らはそれを隠すどころか言葉に乗せて話す。うるさいと一言言いたいところだが、彼女らは馬鹿ではあるが頭は切れる。迂闊に発言をすれば揚げ足を取りに来ると分かっていたので、心を殺して話を聞く。
「ですが、あなたに関しては不可抗力と言いますか。機密事項ですので事情の説明はできませんが、存在しないものとして扱っていました。」
「脅すつもりはないんですけどね。最近、国際テロ組織がHSSの融合者を特定する装置を作ったようで・・・融合者が襲われるという被害が出ています。融合者は厳しい訓練を受けているので、今のところ負傷した者はいませんが。」
佐藤に続けて、草戸が話を始めた。
いずれにせよ、敢えて答えを言わないとはタチが悪い。
心理的に揺さぶりに来ているのは確実・・・だけど、考えたくはないがテロ組織がいるというのは本当のことだろう。そうならば今まで知らぬ存ぜぬで通してきたのに、突然訪ねてきたというのも理解できる。
だからといって、私は行くつもりはなかった。
だってその学校へ行く友達はいないし、何より学力が違いすぎる。
ニッコリ笑顔で断ろうとした、まさにその瞬間。
「それって、娘にも危害が及ぶってことですか!?」
そこまで黙っていた母が、不安になったのか唐突に話へ割り込んできた。
「さあ?可能性の話ですから。」
まるで他人事という態度を取ることで、母の不安を煽る草戸。性格が悪いったらありゃしない。
「みっちゃん、行った方がいいんじゃない?」
母の名誉のためにいうが、断じて騙されやすいわけではない。私のことになると見境がなくなるのだ。しかも、そういったときの判断は正解であることがほとんどだ。
「いや、けど――」
「大丈夫、みっちゃんなら頑張れる!」
「何を?」
「何でも!」
私の考えていることを読んでいる訳ではないが、言い切るので反論しにくい。
「みっちゃん。この人達の話を聞いて、HSS学園?に行った方がいいと、お母さんは思うよ。」
三対一。この流れから、私の母を説得してこの二人組を追い返すのは私の話術では無理だ。
「どうしてそう思うの?」
たまらず問い返した。これまで母の言うことに特段反発したことはなかったが、不条理に従いたくはなかった。
「それはだって・・・みっちゃん、仮に、このまま家にいてその悪い人達が押しかけて来たらどうするん?テロリストなら・・・話し合いは通じんよ?法も道徳も私達を守らないし、お母さんにもどうしようもない。お母さんにとって一番辛いのは、みっちゃんがいなくなることなんよ。」
普段聞かないような、母の真摯な声だった。確かに母を傷つけたくはない。しかし、これから目の前の二人組、もしくはそのような人間を相手に生きていくことを思うと、心が軋むようだった。だが、
「みっちゃん・・・?」
遅かれ早かれこの生活が失われてしまうのなら、母が傷ついてしまう未来を・・・見たいとは思わなかった。
「入学・・・します。」
「では、手続きを始めます。」
佐藤が準備をするためにカバンから書類を取り出している間、私はそっと携帯を取り出して友達に『打ち上げには行けなくなった。ごめん。』とメッセージを送った。