091:優しい姫
<ウルシュ城 隣接武家屋敷内道場>
「やあやあ我こそはウルシュ国随一の武将クロマルである! いざ尋常に勝負!!」
「あーうー」
呆然とするがあまり、自分でもよく分からない声が出た。
私が不安げに後ろを振り返ると……
『やっちまえー!』
『そこの哀れなカエルさんに大海の広さを見せつけておやりなさい』
『ボディ狙えボディ~』
観客席から無茶振りをしてくる魔王四天王の三人に、思わず溜め息が漏れる。
姫様に連れられ武家屋敷にやってきた私は、偶然そこで仲間達と再会したわけだが、タケル様に事情を説明したところ「まあ、ここらで力を見せておくのも良いんじゃね?」という軽い返事を頂戴してしまった次第だ。
しかし、力を見せると言っても本気で殴るわけにはいかないし、かと言って手加減しながら相手を倒してしまうと、それはそれで相手にとって失礼である。
「さあ、救世主とやらよ! そちらから来るがよい!」
そう言いながら私を救世主とやらと呼ぶクロマルとやらが拳をこちらに向けているものの、その構えからして私との実力差は明らか。
ウルシュ国随一の強者と呼ばれるこの人ですら戦い慣れしていない様子を見ると、この国がとても平和だということがよく分かる。
だが、いつまでも棒立ちのまま居るわけにはいかない。
仕方なく私はゆっくりと構え、口を開いた。
「それでは……私の名はレン、参る!!!」
かけ声と同時に私が虚空に正拳突きを一発放ち、その衝撃で空気が震えた。
その直後、はっとした表情に変わったクロマルが顔と胸元を籠手で防御し、その姿勢のまま硬直する。
「おいおいクロマルー! そんな離れた場所で何やってんだー!」
「まだ救世主様は何もしてねーぞー!」
彼の仲間達はクロマルの行動を笑っていたが、私は正直感心していた。
殺傷力は無いものの私は全力で敵意をもって拳を向け、それを本能的に察知して防御の構えに入ったのだ。
この中でそれを察知出来たのは、私の仲間達と彼だけだろう。
実戦経験さえ積めば、この人はとても強い武将になるに違いない。
しかし不運にも……いや、幸いにもこの世界がそのような力を求めていないのだから、その機会は一生訪れないかもしれない。
……願わくば一生訪れないで欲しい。
そう願いつつ私は道場の床を強く蹴って踏み出すと、クロマルに怪我をさせぬように籠手をめがけて回し蹴りを放った。
そして彼は木の葉のように宙を舞うと、そのまま体勢を立て直すことなく道場の壁にぶつかって前のめりに倒れ、失神した。
……って、やりすぎた!!
「わわわ、ごっ、ごめんなさいっ」
私は慌てて駆け寄り、クロマルを救護班に引き渡してから一礼。
周りはしんと静まりかえっている。
「た、ただいま」
気まずそうに私が仲間のところに戻ると、皆も苦笑い。
「素手で洞窟の岩壁殴って通路造れるんだし、そりゃそうなるよなぁ」
『ちぇー、あんなの気合いで止めろよなー。つーか相手を見ないでガードとかありえんくね? 避けられないじゃん!』
『生身の人にそれは酷でしょう?』
『ボクがあの男に強化魔法をかけまくって派手なバトルを演出すべきだったね。気が利かなくてゴメンよ』
こちらの会話に、ウルシュ国の兵士達はとても困惑している。
これ、救世主がどうとか言う以前に、不信感を抱かれるだけなのでは……。
そして私が不安げに姫様の方を見ると……彼女は目を輝かせていた。
「すすすすすすっ、凄いぞっ! 小便の仕方も分からぬ小娘かと思っておったが、まさかこれほどの手練れとは!!!」
「それを言わないでくれませんっ!?」
私の抗議も虚しく、今度は周りからざわめきが上がり始めた。
「何故姫が救世主様のトイレ事情を……?」
「姫の前で用を足された……?」
「もしや野外で放尿を……」
とても恐ろしい言葉が聞こえた!!
「してませんから!!!」
だが、この言葉足らずの反応が原因で、後に「救世主様はトイレに行かない」という不名誉な噂が立とうとは、この時の私は思いもしなかった。
~~
「レン、おつかれさま」
俺が声をかけると、レンは赤面したまま頬を膨らした。
「タケル様も面白がって見てたでしょう……」
「ははは、ゴメンゴメン」
俺はレンの頭をぽんぽんと撫でた。
「しかしあの姫様すげえな。あの場で咄嗟に機転を利かせて、レンに対する畏怖を吹っ飛ばして下ネタで上書きするとは……」
俺の言葉にレンは驚いた顔になる。
「やっぱりタケル様も気づいてましたか」
「まあな」
先程の対決でレンは相手を一発KOしてしまったわけだが、その直後、周りの空気が一変した。
レンに向けられた目線は、かつて俺たちがスタックの街で強盗団を捕まえた時に、その首領からメリーザに向けられたものと全く同じ……異能への畏怖。
その小さな身体から放たれる規格外過ぎる強さは、かつて人類の災厄として降りかかった恐怖そのものを具現化したものなのだから……。
当然ながらオウカ姫もレンの姿を見て立ちすくんでいたが、すぐに表情を明るく変えてバカ笑いしながらレンのところに向かったのだ。
きっと心の中では怖くて震えながら……。
「ったく、あんな小さい女の子が気ぃ使いすぎだよ。どこの国も姫様ってのは大変だねぇ」
『全くですわ』
かつて姫様の替え玉として活躍したメリーザも俺に同意してウンウンと頷いた。
俺とメリーザを見たレンは少し笑い、それから真面目な顔に戻った。
「だからこそ……絶対に救ってあげたいですね」
「ああ、絶対にな!」
レンの頭に乗っけていた手でそのまま髪をわしゃわしゃすると、俺たちは再び城主サクヤのところへ向かっていった。





